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[2014.8]ジルから、師ジョアンへ〜 『ジルベルトス・サンバ』は、ブラジル音楽の歴史を要約する

 本記事は、ジルベルト・ジルのアルバム『ジルベルトス・サンバ』のリリース時に組まれた「特集 ボサノヴァ」内で掲載されたジルベルト・ジルへのインタビュー記事(月刊ラティーナ2014年8月号)です。今年16年ぶりに来日することを記念し、本記事を再掲いたします。

文●花田勝暁

── あなたの新しいアルバムを待っていた人々にメッセージをお願いします。

ジルベルト・ジル(以下GG) もう50年以上活動してきて、これが53枚目か54枚目のアルバムです。これだけの年月が経ち、長い年月を経た老齢の特徴である柔らかさと和らぎによって生じた穏やかさと、人間性の成熟が、作品に表れています。老いに対して挨拶(サウダソゥン)している一作であると言えるかな。大体そのような感じですね。

 ジルベルト・ジルの最新作『ジルベルトス・サンバ』は、ジルが同郷の師であるジョアン・ジルベルトへオマージュを捧げたアルバムだ。ジョアンが歌ったレパートリーから代表的な曲を、ジルの弾き語りを基本とし、新しいハーモニーとリズムで再解釈する。「ボサノヴァ」回帰ではあるが、ジルベルト・ジルというブラジル音楽の歴史を体現してきた音楽家が、50年以上の活動を経て到達した境地は、穏やかでありながらも前を向いた創造的なエネルギーに満ちていて、72歳を目前にした時期のインタビューであったものの、ジルの口から「老いに対して挨拶」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
 2008年に、文化大臣の職を自ら辞したタイミングで、『バンダ・ラルガ・コルデル』を携えて来日公演を行って以降の活動を駆け足で振り返りたい。『バンダ~』以降、本作まで国内盤のリリースもなく、ジルの活動が注目されていたとは言い難い状況であった。
 2009年に録音・リリースされた『バンダドイス』は、ジルの弾き語りに、息子のベン・ジルが伴奏を加えた声とギター2本によるライヴ録音作品だった。2010年にはスタジオ録音の新作『フェ・ナ・フェスタ』を発表。2000年代前半に行ったフォホー回帰から更に意欲的に進化し、バンドのスタイルでフォホーに現代性を加える試みであった。同年にはその勢いで、同作を基本としたライヴ・アルバム『フェ・ナ・フェスタ・アオ・ヴィーヴォ』をリリース。フォホーの古典的名曲と、ジルによる新たなオリジナルのフォホーが、現在のジルの感性の下で奏でられた。2012年の『コンセルト・ヂ・コルダス&マキナス・ヂ・ヒッチモ』は、ペトロブラス・オーケストラとバンドの面々をバックに、キャリアの代表曲をリオの伝統ある市立劇場で演奏した際の模様を収録した(2012年5月28日収録)ライヴ録音作品。全曲のアレンジとバンドのチェロとして、ジャキス・モレレンバウムが参加し、ジルとジャキスが本格的に共演した作品でもあった。このライヴのアンコールで、ジルは、ジョアン・ジルベルトがルイス・ボンファに捧げた「ボンファに捧ぐ」を今練習しているけど、それは弾かないと言って会場を笑いに誘った後、ジルがジョアン・ジルベルトに捧げる新曲「ジョアンに捧ぐ」を演奏した。この時、すでに本作『ジルベルトス・サンバ』の構想ははっきりしていたことになる。

── いつから本作を作ろうと考えていましたか。

GG 三年前、オーストラリアのアボリジニーたちとドキュメンタリー映画『ヴィラムンド (Viramundo)』の撮影中に思いつきました。ある夜ホテルで、ジョアン・ジルベルトのデビュー当時のレコードに入っているヒット曲「十字架のもとで」を弾き始めたらほかの曲も思いつき「ドラリッシ」「あひるのサンバ(オ・パト)」「デザフィナード」を自分のスタイルにアレンジして弾き始めました。その時、ジョアン・ジルベルトの永遠の名曲たちのコンプリート・アルバムを作ろうと思い始めて、昨年末にレコーディングを行い、やっと三年後の今年、2014年の年明けに(ブラジル国内で)リリースしました。

── ベン・ジルとモレーノ・ヴェローゾをプロデューサーに迎えたのはどうしてですか?

GG 気持ち的な理由が一番であったような気がします。息子のベンは私の仕事をとてもよく理解していて、ここしばらく、私とコラボレーションをしてきました。『バンダ・ドイス』の次に『コンセルト・ヂ・コルダス&マキナス・ヂ・ヒッチモ』も一緒にやりました。ここ最近とても貴重なコラボレーションを一緒にやってきています。そして彼は私の息子であり、とても近い存在です。モレーノ・ヴェローゾはカエターノ・ヴェローゾの息子で、ベン・ジルともとても親しい関係です。以前、『クァンタ』を録ったとき、レコーディングでとても興味深いコラボレーションをやったので、また一緒に作業したいと思っていました。それでベン・ジルと一緒にプロデュースに関わってもらいたく、アルバムの実現に向けて、二人にプロデュースを依頼しました。彼らとは音楽的に親密な関係があり、私が作っている音楽をとてもよく解っていて、楽曲に詳しく、私の音楽に対しての熱心であるということが主な理由でした。それに二人とも近代的及び現代的な音楽に理解がある傾向があり、彼らなりのコンテンポラリーな視点から、全体の評価ができるであろうと。これら数々の理由から彼らをプロデューサーとして迎えることになりました。


プロデュースと同時にギターなどの演奏でも参加したベン・ジル(撮影:本田健治)

── では『バンダ・ドイス』での経験は、本作に影響を与えたということですね。

GG もちろん。先程申し上げたようにベン・ジルは私の仕事をとても良く理解しています。それも当然です。彼は私の息子であって、私の音楽の世界の中で、私の音楽が溢れている環境の中で育っています。ジルベルト・ジルの詩のバイオグラフィー『ジル・ルミノーゾ』の出版の際に、その本に付けるレコード作成をベネ・フォンテレスと一緒にしていた頃から、ベンは私の音楽にとても強い興味があり、レパートリーのギターアレンジを手掛けてくれました。随分前から父親のギターの弾き方の特徴、ギターのアレンジの創作に興味を持っていて、共同作業を積み重ねていく中で、ジルベルト・ジルの作品との親密性が生まれ、お互いの創作作業に刺激され、互いの音楽に興味が深まっていきました。『バンダ・ドイス』は親子の親密性が最も表れた瞬間であって、『バンダ・ドイス』での息子との音楽的出会い以来、彼からとても大きな影響を受けています。

『バンダドイス』で親子 2 人だけでステージに立つジルベルト・ジルとベン・ジル


── ドリ・カイミとダニロ・カイミをアルバムに招待したのはどうしてですか?

GG ドメニコ・ランセロッチから始まり、ホドリゴ・アマランチ、ダニロ・カイミなど、スタッフやミュージシャン全員の参加は、モレーノ・ヴェローゾとベン・ジルが決めましたが、ドリ・カイミの場合はいくつかの理由があって、私が招待してほしいとベンにお願いしました。何故ならば、ドリ・カイミともっと交流して親しくなりたい気持ちと、彼とコラボレーションを実現しなければならないという強い気持ちがあったからです。それでようやく今回の本作で、コラボレーションが実現しました。ダニロ・カイミはベン・ジルが招待しました。ベンはダニロの娘、アリッセ・カイミと親しく、且つダニロの音楽がとても好きなので招待することになりました。

ドラム/パーカッションのドメニコ(撮影:本田健治)

── ジョアン・ジルベルトに捧げられたアルバムですが、本作では、ジョアン・ジルベルトだけではなく、バイーアの四世代の音楽家を意識できます。ドリヴァル・カイミ、ジョアン・ジルベルト、あなたとカエターノ・ヴェローゾ、ベン・ジルやモレーノ・ヴェローゾらです。本作の録音を通して、あなたはバイーアの音楽について改めてどんなことを考えましたか?

GG 四世代の音楽家を意識していると言っても良いと思います。そうですね。確かにバイーア音楽アカデミーが存在しています。バイアーノ(バイーア出身)としての特徴性を備え、バイーア・カルチャーを発信しているアーティストたち、ドリヴァル・カイミ→ジョアン・ジルベルト→カエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジル。そしてモレーノ・ヴェローゾとベン・ジルもその四世代目と言って良いでしょう。しかしモレーノとベンの場合はどちらかと言えば、リオ・デ・ジャネイロと最近のロック&ポップロック・ムーヴメントの「クウトゥーラ・ポッピ」(Cultura pop) との繋がりの方が強く、且つ二人はバイーア音楽に囲まれて育ってきています。バイーア出身のアーティストで、例えば、ガル・コスタ、シモーネ、オス・ノヴォス・バイアーノスも忘れてはなりません。最近のバイーア出身世代ではダニエラ・メルクリ、イヴェッチ・サンガロ、カルリーニョス・ブラウンがいます。モレーノとベン・ジルは、これらのブラジル音楽アーティストたちとの繋がりが強く、バイーア音楽の要素がとても強く残っているので、ドリヴァル・カイミから受け継いできたそのアカデミーの最先端にいる二人と言っても良いでしょう。

── ジョアン・ジルベルトに本作は届いているのですか?

GG はい、届いていると言うより送りました。ジョアンはほとんど人付き合いのない方で、孤立して隠居生活を送っていると言ってもよいほどです。彼の手元に物事がどんな経路で届くのかよく分かりません。親しい方々を通じてアルバムを送りましたが、彼がアルバムを聴いたのか全く予想がつきません。そして聴いたのであれば、どのような反応であったのか。反応に対し
てもまだ何も窺っていないのです。

── カエターノ・ヴェローゾがアルバムにテキストを寄せていますが(CDのブックレットに掲載されている)、これは最初誰のアイディアだったんですか?

GG 本作のコメントをカエターノにしてくれるようにと提案したのは妻のフローラで、彼女自身が依頼しました。ぼく自身とアルバムについてとても面白く興味深いコメントをしてくれました。

── ブラジルでのツアーはどうですか?

GG 観客の反応はとても良いです。観客は本作のレパートリーで、ジルベルト・ジルとジョアン・ジルベルトとの間のアイデンティティーに気付いてくれていると同時に、それぞれの楽曲に対してジルベルト・ジルのオリジナリティーも分かってくれています。ドメニコ・ランセロッチのパーカッション、メストリーニョのアコーディオン、ベン・ジルのギター、エレキギター、フルート、パーカッション等で各曲を華麗に仕上げてくれています。そして観客の大体全員が、ジルベルト・ジル・ファンでありながらも、偉大なミュージシャン、ジョアン・ジルベルトを感じるためにコンサートに来てくれています。観客はジョアン・ジルベルト、ジルベルト・ジル、二人のファンでもあり、この組み合わせが彼らにとても興味を持たせています。

アコーディオンのメストリーニョ(撮影:本田健治)

 次のページには、ジルがインタビューで語った各曲へのコメントを掲載するとともに、本作について言及するブラジル/日本の音楽関係者のコメントを掲載する。バイーア音楽/ブラジル音楽の歴史と、音楽家ジルの全キャリアを内包し、誕生と同時に永遠の輝きを放つ傑作『ジルベルトス・サンバ』は、これ程に愛を持って受け入れられている。
 インタビューを終わるにあたって、ジルは、日本のリスナーへのメッセージを残した。

GG 日本のブラジル音楽リスナーは、様々な視点からブラジル音楽を熱狂的に受け入れ、熱心に聴き、ブラジル音楽を生活の中に取り入れています。ブラジル音楽をとても愛していて、特にジョアン・ジルベルトへ傾倒し、とても愛している方々なので、本作がその期待に応えていればと思います。そしてまた日本へ行く機会があれば、この楽曲たちをお届けしたいですね!


モレーノ・ヴェローゾへの質問
Q『ジルベルトス・サンバ』の録音の際のエピソードを教えていただけますか?
A スタジオで初めてジルと会う日、彼はただ音を出してみて編成を確認して、この後のための準備をすると思っていました。でも、実際には、その日を活用して、3 曲録音しました。その後、ホドリゴ・アマランチを「チン・チン・ポル・チン・チン」のアレンジをするために呼んだら、彼はトライアングルを手に持ってきて「ぼくのこの曲のアレンジはトライアングルを演奏するだけだ」と言ったので、「あなたと私」のために管楽器のアレンジを頼みました。2 曲ともとてもいいものに仕上がりました。ペドロ・サーは録音の初日から声をかけていたんですが、録音の最終日にやっと予定があって「デザフィーナド」でエクスペリメンタルなギターを弾いています。素晴らしい演奏です!ベン・ジルと一緒に、このアルバムを完成させられたのは、非常に光栄でした。


ジョアン・ジルベルトをルーツに持つ彼が、師匠とは対照的な音楽の気質によって、その遺してくれたものを紐解いていることほど、ジルを多く物語ってくれるものはないだろう。ジルが演奏するジョアンの曲を聴くことは、私たちの音楽や人生の冒険全体に触れることを意味するのだ。(カエターノ・ヴェローゾ、本作ブックレットより)

50 年のキャリアを持つ弟子は、師匠をコピーしたくなかった。しかしジルの中にいるジョアンと、ジョアンの中に存在しうるジルの間の、心地よい緊張感の間を冒険している。(ルイス・フェルナンド・ヴィアナ、「Folha De SP」より)

『ジルベルトス・サンバ』は、ジョアンに夢中の弟子であるジル自身が、マエストロになったということを示している。12 曲の収録曲で、約100 年の間のブラジル音楽の軌跡を要約している。(マウロ・フェヘイラ、「Notas Musicais」より)

ジルが原点に戻ったと書いたが、ここには懐古趣味はみじんもない。過去、現在、未来をひとつに結んで静かに流れる大河のような、とても味わい深い作品だ。(中原 仁、本作ライナーノーツより)

その耳に染み渡る甘やかさ、暖かさ、優雅さ、自由闊達さを聴いてほしい。生き物のような歌とギター、楽曲たちを聴いてほしい。そして透けて見えるのはジル自身の辿ってきた道、そしてそれはブラジル音楽そのものの豊かな鉱脈、文化。そしてオマージュだけど懐古じゃない、刺激に満ちている。これは間違いなく歴史に残る傑作です。(Saigenji、本誌 14 年 8 月号より)

『ジルベルトス・サンバ』は、ジルベルト・ジルが長いキャリアを経て辿りついた最終的な答えであり、彼の最高傑作と呼んでもいいのだろう。(宮田茂樹、本誌 14 年 8 月号より)

『ブラジル(海の奇蹟)』が、2014 年版にアップデイトされたような嬉しい感覚。こんなにも素敵な作品が、この夏に鳴ることに感謝。(中村智昭、本誌 14 年 7 月号より)

ジルベルト・ジル本人による各曲へのコメント

①十字架のもとで(Aos pés da cruz)
とても美しい特別なサンバで、1930~40年代の伝統的なサンバです。ジョアン・ジルベルトが初期アルバムで、更に素晴らしく録り直している一曲ですからレコーディングしようと思いました。トリビュートをインスパイアさせられた曲で、アルバムを作ろうと思わされた最初の一曲でした。リオでもブラジル全国でもサンバ・パワーが伝わるとても代表的なサンバでもあります。

②僕のサンバ(Eu sambo mesmo)
ジョアン・ジルベルトと同じ時期に活躍していたブラジリアン・バンド・ヴォーカルたち、例えば「アンジョス・ド・インフェルノ」、「クァトロ・アーゼス・イ・ウン・コリンガ」、「オス・ナモラードス・ダ・ルーア」、「バンド・ダ・ルーア」たちによってパワフルに作り上げられた特別なサンバ。ブラジル音楽が、軽快なアメリカ音楽、アメリカン・ジャズの影響をとても受けている時期のサンバです。そしてこの歌詞自体が、愉快なコメントでもあり、サンバの凄さとサンバを広める途轍もないパワーを持っていることを示しています。ですからとても特別な曲であって、一般の方もですが、特にミュージシャンをサンバの世界に引きつけ、魅了するメッセージ性が強く、虜にさせる力を持っています。

③あひるのサンバ(オ・パト)(O pato)
「オ・パト」はジョアンの代表的なヒット曲の一つです。4種類の鳥たちがミュージシャン気取りの人間性を持って登場し、音楽バンドが結成される本当にとても面白い一曲です。子供らしく無邪気でありながらも音楽的視点からはとても美しい一作であって、ジョアン・ジルベルトの大ヒット曲。ジョアンがデビューして間もなくの、音楽人生を歩み始めた頃の一曲で世界中にこの曲の愛好者がいます。面白く、とても貴重な一曲です。

④チン・チン・ポル・チン・チン(Tim Tim por Tim Tim)
「チン・チン・ポル・チン・チン」も特別なサンバです。アロルド・バルボーザはとても偉大な作詞家でありながら詩人でもあり、ブラジルのライフ・カルチャーを語ってきました。素晴らしい歌詞です。愛の難しさが詰まっているラブソングです。男女の恋愛関係が崩れてしまい、愛が終わってしまった曲。恋愛関係が終わってしまう場面での繊細な言葉選び、そして物事の順序を守らなければならない厳しさをシンプルに分かりやすく、とても素晴らしく表現しています。曲のハーモニーもとても美しく、とても偉大なサンバ。そんな偉大な作品をジョアン・ジルベルトが素晴らしく録り、私も更にこの曲をジョアンへのトリビュートとして録り直したいと思わされた一曲です。

⑤サンバがサンバであったときから(Desde que o samba é samba)
この曲はカエターノ・ヴェローゾの名曲で、ジョアン・ジルベルトの最近のレパートリーの中でとても素晴らしくカヴァーされています。最初のバージョンは私とカエターノが『トロピカリア2』で録っています。その後、ジョアン・ジルベルトが彼なりに取り入れてアレンジしました。今回、特にギターフレーズのとり方と、低いトーンで声の深みを出し、三つ目のバージョンが出来上がりました。サンバ・アンソロジーの一曲です。

⑥デザフィナード(Desafinado)
ジョアン・ジルベルトが収録した曲の中で「デザフィナード」は「シェガ・ヂ・サウダーヂ」と「あひるのサンバ(オ・パト)」と並んで最も代表的で、人気が出たヒット曲であると言っても良いでしょう。トム・ジョビンとミルトン・メンドンサの要求性のある歌詞で常識を覆し、曲のメロディー、ハーモニーはとても新鮮で画期的であり、ブラジル音楽を尊敬し愛する方々、アメリカやヨーロッパのジャズアーティストたち、ジョアンの世界中のファンが「デザフィナード」は大胆且つ鮮烈さを表している曲だと述べるでしょう。このとても大胆で興味深い曲はジョアンの顔となる代表的な一作ですね。

⑦奇跡(Milagre)
「奇跡」はドリヴァル・カイミがキャリアの頂点にいた頃の一曲。バイーアの景色、バイーア文化に深く繋がっている登場人物より伝わる表現力の力強さ。ドリヴァル・カイミが描く海の世界、バイーア沿岸部の文化、釣り、生活習慣、そのカルチャーが表現されています。バイーアの宗教でとても重要な日を、バイーアのフォーク界で代表的な三人の登場人物が物語っています。作詞のクオリティーの高さは言うまでもなく、曲の韻律の美しさ、そのメロディーとハーモニーは別格です。ドリヴァル・カイミの作品の中で最も美しい曲です。

⑧ジョアンに捧ぐ(Um abraço no João)
この曲はとても自然に作曲したインストゥルメンタルです。タイトルの決め手となったのは「ボンファに捧ぐ」でした。「ボンファに捧ぐ」はジョアンの2枚目のレコードに収録されているインストゥルメンタルのショーロ。ジョアンがボンファに敬意を表したように、今回私がジョアンへショーロを作曲、敬意を表し、そのオマージュの続きをと思い、ジョアンは「ボンファに捧ぐ」というショーロを作曲し、私は「ジョアンに捧ぐ」というショーロを作曲しました。

⑨ドラリッシ(Doralice)
「ドラリッシ」はドリヴァル・カイミの名曲。ボサノヴァでは革新的な一曲ですよね。ジョアン・ジルベルトが収録したバージョンはジョアンのキャリアで最も特別な一曲です。ドリヴァル・カイミが恋愛関係の駆け引きをよく表しているとても重要な名作ですね。人生での女性との甘酸っぱく面白く、刺激的な関係を表していると同時にカイミより数々の女性たちへのオマージュ曲。「ドラリッシ」がその中の一人である。

⑩あなたと私(Você e eu)
ボサノヴァで最も美しい曲に入る一曲です。カルロス・リラとヴィニシウス・ヂ・モライスのサンバです。カルロス・リラはトム・ジョビンと並んで、ボサノヴァ界の重要な作曲家と言えるでしょう。そしてこの二人はホベルト・メネスカルとホナルド・ボスコリとも並んでボサノヴァ界では偉大な二人です。この曲はジョアン・ジルベルトの初期のレパートリーで一番美しい一曲と言えるでしょうから今回絶対収録しようと思いました。カルロス・リラへのオマージュでもありますね。個人的にとても影響受けていて、とても尊敬している人です。

⑪バイーア生まれ(Eu vim da Bahia)
「バイーア生まれ」は私自身の曲です。ジョアン・ジルベルトが唯一カヴァーしたジルベルト・ジル作であるので選曲に入れたい気持ちが。このアルバムのレパートリーが全てジョアン・ジルベルトの歌った曲で、ジルベルト・ジルが歌う以上、当然この曲もレパートリーに入れました。ジルベルト・ジルの曲をジョアン・ジルベルトが歌い、またそれを私が歌うことに。ジョアン・ジルベルトがジルベルト・ジルを唯一カヴァーした特別な「バイーア生まれ」をもっと細かく且つハーモニーにバリエーションをつけた形で録りました。

⑫ジルベルトス(Gilbertos)
モレーノとベンに新曲を作ると約束した時、私自身の作詞作曲でこのアルバムの為に一曲作ろうと決心しました。レコーディング終了間際、他の11曲のレコーディングを済ませ、終了前の週末の段階で、この曲を作曲しました。現在まで辿り着いたMPBのプロセス、師匠から弟子へと受け継がれていく
関係を表すのにとても独創的なジャンル、サンバ・ヂ・ホーダを選びました。ブラジル・サンバの起源と言ってもいいバイーアのサンバ・ヂ・ホーダを。この曲は、ブラジル音楽歴史上、偉大な数々の師匠たちと弟子たちとの関係、その永遠の継続性を伝えている一曲です。師匠たちへのオマージュですね。

(月刊ラティーナ2014年8月号掲載)


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