[2021.05]圷 滋夫【特集 私の好きなブラジル映画】
選・文●圷 滋夫(あくつしげお/映画・音楽ライター)
日本で “ブラジル映画” と言えば、まず『セントラル・ステーション』(98)や『シティ・オブ・ゴッド』(02)、または『蜘蛛女のキス』(85)、音楽好きならブラジルが世界に誇る巨匠たちのドキュメンタリー『ジョアン・ジルベルトを探して』(18)、『アントニオ・カルロス・ジョビン』(12)、『ヴィニシウス 愛とボサノヴァの日々』(05) や、カエターノ・ヴェローゾが音楽を担当し『黒いオルフェ』(59)のブラジル濃度を高めて刷新した『オルフェ』(99)、ジルベルト・ジルが音楽を担当したノルデスチが舞台の大人のファンタジー『私の小さな楽園』(00)、そして映画好きはシネマ・ノーヴォを代表する監督グラウベル・ローシャの『アントニオ・ダス・モルテス』(69) や『黒い神と白い悪魔』(64) 等を挙げるでしょうか。最近でも話題となった怪作『バクラウ』(19) や、滋味深い『ぶあいそうな手紙』(19) も印象的で、少し考えただけでも本当に多種多様な傑作を思い浮かべる事が出来る。そんな人それぞれ掘れば掘るほど、深みにハマる沼のような世界です、ブラジル映画は。
父を探して
父を探しにまだ見ぬ世界へ飛び出した少年が、多くの試練に遭遇しながら成長する姿を描いたアニメ作品。台詞もナレーションも一切無く、子供が落書きしたようなキャラクターが、切り絵やコラージュまでも取り入れた斬新なスタイルの中で躍動する。まるで絵本が動き出したようなアナログ感覚の温かさが印象的で、分かりやすさとイマジネーション豊かな芸術性、さらにその根底には鋭い社会批評も併せ持つ。過酷な労働と貧富の格差、独裁政権と忍び寄る戦争の恐怖、経済優先で破壊される自然等が、子供の視点からさりげなく描かれている。台詞の代わりに存在感を示すのが音楽で、万華鏡のように連なる鮮やかな色彩に絡んで豊かな自然の音や生き物の声を創作楽器を含む数々のパーカッションで模し、少年の感情も見事に音楽として表現している。演奏にはナナ・ヴァスコンセロスも加わり、あの声も随所で聞く事が出来る。世界最大規模のアニメ映画祭アヌシーで最高賞と観客賞をW受賞、アニー賞でも最優秀インディペンデント長編作品賞を受賞している。
彼の見つめる先に
目が不自由でクラシックが好きな高校生のレオと、いつも彼の世話をしている幼馴染の女の子ジョヴァンナ。そんな当たり前だった二人の日常に転校生のガブリエルが加わることで、各々の淡い気持ちが少しずつ形を現し始める。過保護で心配性なレオの両親やレオをからかうクラスのイジメっ子は定番キャラで特に目新しさは無いけど、何より3人の無垢で瑞々しいキラめきが本当にまぶしい胸キュン青春映画だ。まるで『君の名前で僕を呼んで』(17)の前日譚とでも言うべきひと夏のトキメキが描かれるが、『君の名前で〜』がスフィアン・スティーヴンスならば、本作はマルセロ・カメーロ「Janta」で、サイケデリック・ファーズではなくベル・アンド・セバスチャン「トゥ・マッチ・ラブ」とデヴィッド・ボウイ「モダン・ラブ」で踊ってみせる。盲目と同性愛を扱いながらも特にその部分を強調することなく当たり前のこととして、重苦しさを感じさせずに少年の性の目覚めを爽やかに描いている。ベルリン国際映画祭批評家連盟賞とテディ賞をW受賞。
ヴィック・ムニーズ ごみアートの奇跡
一年で最も華やかなリオのカーニヴァルが終わり、大量のゴミが溢れ出た祭の後の街が浮かび上がる。そして美しいイパネマ海岸があるその街には、世界最大のゴミ処理場も存在するのだ。本作は写真家ヴィック・ムニーズが、赤ん坊の死体が混ざっているような巨大なゴミの山で働く人々との共同作業で新作を創り、ゴミを作品に変容して得たお金を彼らに還元するという、アートを社会事業と結びつける過程を追ったドキュメンタリーだ。ムニーズは「アートは人を変えられるか?それは許されるのか?」という深い迷路に踏み込んでゆく。そしてムニーズ自身の考察も作品自体もユニークで面白いのだが、被写体になる彼らの生い立ちや生活はさらに強烈だ。カメラは作品の完成前と後の彼らを克明に捉え、人生を見つめ直して豊かに変化する表情を映し出す。その姿には劇映画には無い真実の感動が有り、深く胸を打たれる。本作はベルリンやサンダンスなど30以上の映画祭で受賞し、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされている。
(ラティーナ2021年5月)
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