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[2024.7]キューバ人ミュージシャンの実話に基づいた映画『マンボマン』〜キューバ革命記念日の7/26(金)より配信開始!

文⚫︎太田亜紀 texto por Aki Ota 

『マンボマン』は、UKを拠点にラテン音楽をプロデュースするインデペンデント系レーベル、TUMI MUSICの代表モ・フィニと著名なキューバ人作曲家、エデシオ・アレハンドロが共同で監督を務めた映画。両監督にとってこれが初の長編作品となった。

© 2022 Mambo Man
モ・フィニとエデシオ・アレハンドロ 両監督(Mo Fini y Edecio Alejandro)
© 2022 Mambo Man

モ・フィニ監督は30年以上前からキューバ音楽の普及に従事し、アフロ・キューバン・オールスターズ、オマーラ・ポルトゥオンド、エリアデス・オチョア、カンディド・ファブレ、ジューサといったアーティスト等による記憶に残る名作を世に生み出し、キューバ音楽に大きな貢献をしてきた。いっぽうでエデシオ・アレハンドロは日本でも公開されたフェルナンド・ペレス監督の『ハロー・ヘミングウェイ』(1990年)、『永遠のハバナ』(2003年)など多くの映画やドラマに楽曲を提供し、ハバナ国際映画祭の音楽賞など名高い受賞歴もある。今作はモ・フィニの友人に起きた実話が元になっているとのことで、モ・フィニ自らが原作を書き、エデシオは監督としてだけでなく今回キャスト選びからポストプロダクションまでを担い、二人の愛情がたっぷりと感じられる作品となっている。

作品の舞台となったのはキューバ東部、人口24万人弱の中都市、バヤモ。主人公はここで養豚業や農園を営みながら夜は音楽プロデューサーという顔を持つ通称JC。複数の事業に手を出すもののいずれも自転車操業で、愛する妻と娘のためになんとかやりくりに奮闘する一人のよきキューバ男である。ちょうどアメリカとキューバが雪解けの道を歩み出した頃(オバマ元アメリカ大統領が歴史的なキューバ訪問を実現した頃の話だろうか)が時代設定となっているようで、経済状況が快方に向かうかという矢先に、不運にもひどい干ばつに見まわれ、トマト栽培は全滅。豚を育てる上で欠かせない農機具も故障。もちろんJCには買い替える余裕なんてなく、養豚の税金も収めなくてはならないし、ミュージシャンへの支払いも遅れている。そんな窮地に陥ったJCに古い友人から “おいしい” ビジネスの話が持ちかかる。

JC役のエクトル・ノア(Hector Noas)

主役のJCを演じるのは、キューバ・スペイン合作のコメディ映画『セルジオ&セルゲイ 宇宙からハロー!』(2017年)等、数多くの映画に出演をするベテラン俳優のエクトル・ノア。キューバ国内で多くの映画やテレビ、ラジオ番組に関わった後、スペインに拠点を移した今も精力的に様々な作品作りに関わっている。ベテラン勢の演技に加えて、レコーディング風景にモ・フィニ監督が自らの役で登場したり、バヤモでのライヴシーンには “即興王” と呼ばれるカンディド・ファブレが主人公たちの会話に即興の歌で飛び込んでくるなど、いわゆる素人の名演技も作品に趣を添える。

全編を通して圧倒的に視覚に訴えかけるのがキューバ東部地方の原風景である。キューバに行ったことのない人ならば100年くらい前の映像かと見紛うかもしれない。素朴な農村風景のなかでは馬が人や荷物を引いて走り、農耕には今でも牛が現役で使われている。荒々しい自然や天候、そして農村部のゆったりとした時間の流れに、しばしタイムスリップさせられる。スクリーンに映る車にしろ、農機具にしろ、馬車、牛車にしろ、サトウキビを絞って “グアラポ” というジュースにするための道具にしろ、バヤモの市場で今もなお現役で使われる野菜の重さを計る秤にしろ、何しろものすごい骨董品である。そして古い道具は決まってよく故障する。昨今の日本の傾向とは異なり、経済危機を抱えたこの国では古い道具をひたすら修繕して使い続ける。こうして修理工の腕には日々磨きがかかり(キューバ人は医者でも教師でも皆、同時に修理工であると言う)、数々の巧妙な道具が発明される。こういったキューバの人々の暮らしぶりや考え方までがリアルに描かれている。

しかしなんといってもこの映画における音楽の効果は絶大だ。音楽が各シーンを絶妙に彩るストーリーテラーとなり、登場人物らと肩を並べるほどの存在感を発揮する。JCが営む “サンタ・エレーナ” 農園を外国人観光客の一団が訪れるシーンでは、アルトゥーロ・ホルヘ・イ・ス・クアルテートの演奏が唯一無二だ。「バーカ(牛)、バーカ(牛)」という牛を呼ぶ掛け声といい、口笛といい、耳についてクセになりそうだ。キューバの農村部では大切な客人をもてなすときに豚一頭を丸焼きにした料理をふるまう風習があるが、料理に舌鼓を打ちながらソンのリズムに身を任せるのは夢のようなひとときだろう。彼らのような存在が東部地方だけでなく各地に存在していることを思うとキューバ音楽の底力を思い知らされる。

アルトゥーロ・ホルヘ・イ・ス・クアルテート(Arturo Jorge y su cuarteto)
© 2022 Mambo Man

作中にカンディド・ファブレが歌手人生40年を祝うライヴのシーンがあるが、あれは本当に彼の歌手人生40周年記念ライヴだったそうだ。スクリーン上でその臨場感のあるライヴを楽しむことができる。サルサやソンだけでなく、ヌエバ・トローバの名シンガーソングライター、ダビ・アルバレスも登場し、心に残る歌を聞かせてくれる。主人公らがサンティアゴ・デ・クーバ屈指の音楽スポット、“カサ・デ・ラ・トローバ(トローバの家)” を訪れるシーンでは、エリアデス・オチョアの姉、マリア・オチョア&アルマ・ラティーナがショーを行う。ここでは “ボティーハ” といって壺の形をした伝統的な楽器が使われており、節々でキューバ東部地方ならではの文化を垣間見ることができるのも楽しい。作中にはまた移動中の車のラジオからエリアデス・オチョアやオマーラ・ポルトゥオンド、フアン・デ・マルコス&アフロ・キューバン・オールスターらの至宝の演奏が散りばめられている。彼らは皆、TUMI MUSIC がこれまでにプロデュースしてきたアーティストであり、1本の映画に収めてしまうにはもったいないほど、ビッグネームによる名演が盛りだくさん織り込まれ、モ・フィニ監督なくしては実現し得ない贅沢なサウンドトラックが仕上がっている。

マリア・オチョア&アルマ・ラティーナ(Maria Ochoa y Alma Latina)
© 2022 Mambo Man

さて、映画は後半に向かうにつれて不穏な空気が漂いはじめるのだが、最後まで視聴者の心に愛と希望の光を与えてくれるのが主人公JCの幼い娘の存在だ。JCと娘の何気ないやり取りに製作者のメッセージが込められ、視聴者に本当に価値があるものとは何かを問いかける。音楽の効果も相まってテンポよく、どつぼにはまっていくJCだが、本当に価値があるものは、いつもそこにあった。経済危機、生活難、隣人や家族はいつ何時外国へ移住をしてしまうかわからない。そんな心許ない暮らしのなかで、シンプルで揺るがないものはキューバ農村部でも都市部でも日本でもそれは変わらないのかもしれない。

© 2022 Mambo Man
© 2022 Mambo Man


『マンボマン(Mambo Man)』は、キューバ革命記念日である7月26日(金)よりAmazon Prime Video、Apple TV、Google Play にて配信開始されます。

(ラティーナ2024年7月)


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