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[2021.04]【中原仁の「勝手にライナーノーツ」⑨】 Pedro Miranda『Da Gávea para o Mundo』

文●中原 仁

───── 中原仁の「勝手にライナーノーツ」─────
近年、日本盤の発売が減少し、日本における洋楽文化の特徴である解説(ライナーノーツ)を通じて、そのアルバムや楽曲や音楽家についての情報を得られる機会がめっきり減った。
また、盤を発売しない、サブスクリプションのみのリリースが増えたことで、音楽と容易に接することが出来る反面、情報の飢えはさらに進んでいる。
ならば、やってしまえ!ということで始める、タイトルどおりの連載。
リンクを通じて実際に音楽を聴き、楽しむ上での参考としていただきたい。
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 1990年代末、テレーザ・クリスチーナ&グルーポ・セメンチのメンバーとしてキャリアをスタートし、リオのラパ地区を拠点とするサンバ・ルネッサンスの立役者の一人となった、パンデイロ奏者・歌手のペドロ・ミランダ。その後、独立してソロとなり、2010年代の後半からはリオ南部のガヴェア地区を拠点に活動している。

 2002年1月、リオのDeckレーベルを訪問したとき、偶然にもテレーザ・クリスチーナ&グルーポ・セメンチのメンバー全員がファースト・アルバム(パウリーニョ・ダ・ヴィオラ名曲集)の契約に来ていて紹介され、数日後、本拠地ラパのライヴハウス「セメンチ」でのライヴに招待してもらった。テレーザの、感情の抑揚を押さえた歌い方が新鮮だったが、曲によってデュエットしリードもとるペドロの明るくふくよかな歌声にも惹かれた。
 店内を埋め尽くした、見るからにアッパーミドル層の若者たちが、ルーツ・サンバをテレーザたちと一緒に大合唱していたことも良い意味の驚きで、サンバの現場に地殻変動が起きていることを実感させられた。
 2003年6月、テレーザ・クリスチーナ&グルーポ・セメンチは初の海外公演を日本で行ない、大成功を収めた。時代は飛んで2017年9月、ソロになっていたペドロはジョイス・モレーノの来日公演のゲストとして来日。前年にリリースしたリーダー作『SAMBA ORIGINAL』が「第28回ブラジル音楽賞(Prêmio da Música Brasileira)」でベスト・サンバ・アルバムを受賞したタイミングだった。2018年6~7月、ペドロは単身で来日。友人の宮澤摩周が率いるグルーポ・カデンシアとの共演で日本ツアーを行ない、全公演が超満員(密!)となった。

 『SAMBA ORIGINAL』では1930年代から2000年代まで多様な時代のサンバを歌い、カエターノ・ヴェローゾとデュエット。古き佳き時代のラパのサンバをアップデートし、アート・リンゼイ、ペドロ・サー、ドメニコ・ランセロッチらも参加していた。
 僕はこのアルバムを「2016年ブラジル・ディスク大賞」関係者投票のベスト10に選び、「サンバの豊穣な歴史の大河がラパのダムから放流されてボタフォゴやガヴェアまで到達した、そんな絵が見えてくる」とコメントしたが、それから4年余りを経て発表した、この最新作のタイトルが『Da Gávea para o Mundo』。"ガヴェアから世界へ" となると、思わずヒザを叩きたくなる。

 ガヴェアはリオ市の南部、レブロン地区と植物園があるジャルヂン・ボタニコ地区に隣接し、ジョッキークラブ(競馬場)やPUC(カトリック大学)がある。アッパーミドル層の居住区で、ミュージシャンも大勢住んでいる。中心地のサントス・ドゥモン広場の前には、かつて月刊ラティーナのリオ通信員をつとめたエイトール・アラウージョが経営するレコード&CDショップTracks、極上のピッカーニャが食べられる著名なレストランBraseiro da Gáveaがある(激推し!)。2000年代に"+2"(モレーノ=ドメニコ=カシン)の制作拠点となったスタジオ、Monoauralも近所。観光地ではないが、僕にとってはリオの中で最も馴染みのエリアだ。
 ペドロはコパカバーナで生まれ、大学はガヴェアのPUC。2017年、ガヴェアのレストランDa Casa da Tátaで、ラパ世代の友人アルフレッド・デル・ペーニョとジョアン・カヴァルカンチ、7弦ギタリスト/プロデューサーのルイス・フィリッピ・ヂ・リマらと一緒に毎週月曜の夜「サンバ・ダ・ガヴェア」と題する、テーブルを囲んで行なう生音ライヴ・セッションを始めた。大勢の歌手や演奏家が聴きに、遊びに、参加しに訪れ、1周年を記念して作った歌本パンフ内の来店客リストには、Kazufumi Miyazawaの名も記されている。

Pedro Miranda e o Samba da Gávea em O Samba é meu Dom de Wilson das Neves e Paulo César Pinheiro

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1周年を記念して作った歌本のカバー

 2018年、ペドロは別の店で水曜の夜、北東部の音楽を歌い演奏する「フォホー・ダ・ガヴェア」のシリーズも始めた。そもそも彼にはハイスクール時代、ルイス・ゴンザーガの音楽を聴いてブラジル音楽の魅力に目覚めたという歴史がある。

FORRÓ DA GÁVEA: Riacho do Navio (Zé Dantas / Luiz Gonzaga)

 さらに「ショーロ・ナ・フア」と題する野外ホーダ・ヂ・ショーロのシリーズが、サントス・ドゥモン広場で開始。これもペドロが中心人物の一人となっている。

Choro na Rua

 こうした、自然発生的な音楽の現場が生まれ広がっている(ここ1年ほどは休止を余儀なくされているが)、ガヴェアの今を形にしたのが、ペドロの通算4作目のリーダー・アルバム『Da Gávea para o Mundo』。今のところ、配信のみでリリースされている。
 プロデューサーは前作に続き、ルイス・フィリッピ・ヂ・リマ。かつてペドロにパンデイロを教えたモレーノ・ヴェローゾが前作に続いてミックスダウンを、モレーノの仕事仲間ダニエル・カルヴァーリョ(ダヂの息子)がマスタリングを行なった。そして何と言っても、ペドロが自ら多くの曲作りに携わっているところが本作の新機軸だ。

 Pの破裂音がユーモラスな「Pó Pará」は、ペドロと元カズアリーナのジョアン・カヴァルカンチ、大御所のリード奏者エドゥアルド・ネヴィスの共作。2018年の日本ツアーでも歌っていた曲だ。エドゥのアレンジがガフィエイラ的なノリを出している。トロンボーンはエドゥの息子で最近、秀逸なリーダー作『A Pegada Agora É Essa』を出したアントニオ・ネヴィス。
 2曲目から4曲目まで、ガヴェアにちなんだサンバが続く。「Vontade de Sair」は、ペドロと大御所ピアニスト、クリストーヴァン・バストスの共作。"広場で僕たちのショーロを演奏して、BGでフォホーを踊って、タータでパゴーヂ" と歌う。
 タイトル曲「Da Gávea para o Mundo」は、ルイス・フィリッピ・ヂ・リマが作曲、ジョイス・モレーノが作詞。現代のガヴェアを描いた歌詞が、40年代のラパを思わせる曲調と編曲に乗っているところが面白い。ジョイスは2012年のアルバム『トゥード』でラパのサンバ新世代を賛美したオリジナル曲「Puro Ouro」を、当時はセグンダ・ラパと名乗るユニットも組んでいたペドロ、ジョアン、アルフレッド・デル・ペーニョ、モイゼイス・マルケスの4人をコーラスに迎えて録音し、2017年の来日公演でペドロをゲストに迎え、2018年のキャリア50周年記念盤『50』でも1曲、ペドロとデュエットした。
 「Samba da Gávea」は、1940年代にアラシ・ヂ・アルメイダが録音した古典。曲が作られた80年前のガヴェアは、どんな街だったのだろうか。ライヴ・シリーズ「サンバ・ダ・ガヴェア」の中心メンバー全員が歌と演奏で参加、40年代を彷彿とさせるヴォーカル・グループ仕立てになっている。メンバーは、すでに名前が出たルイス・フィリッピ、アルフレッド、ジョアンの他、ブルーノ・バヘット、パウリーニョ・ヂアス、チアゴ・ダ・セヒーニャ。

Samba da Gávea - Aracy de Almeida

 「Umbigo」は、影のトリバリスタスにあたるバイーアのギタリスト、セーザル・メンデスが作曲、アルナルド・アントゥニスが作詞。トン・ヴェローゾ(カエターノの末子)の息子の誕生を祝って作った子守唄で、ペドロの3人の子供(女子は双生児)も歌う。
 「Desengaiola」は、ペドロとアルフレッドが共作したサンバ・ショーロ。ブラジル南部出身、20代前半のバンドリン奏者、ルイス・バルセロスのソロをフィーチャーする。
 「Camboinhas」は、ペドロとホドリゴ・リナーレスの共作。北東部のショッチのリズムに乗った曲で「フォホー・ダ・ガヴェア」のメンバーが参加している。打楽器を全て担当するドゥルヴァル・ペレイラは2000年、カルロス・マルタ&ピフィ・ムデルノのメンバーとして来日した。
 「Meu Pecado É Sorrir」は、ペドロとモイゼイス・マルケスが共作したショーロ。大御所のシルヴェリオ・ポンチス(フリューゲルホルン)をはじめ、ダニ・スピエルマン(サックス)、ホジェーリオ・カエターノ(7弦ギター)、エンヒーキ・カゼス(カヴァキーニョ)など「ショーロ・ナ・フア」の中心メンバーとなる名手たちが参加している。
 「De Mirada Em Mirada」は、ペドロとセアラー州の音楽家、ヒカルヂーニョ・マトスとの共作・共演。サンバとショッチをミックス、2人の会話調で進行する歌詞も楽しい。
 締めくくりの「Remanso do Avô」は、ペドロとジャン・ガルフンケルが共作した美しいワルツ。ピアノは、ここまでの曲はクリストーヴァン・バストスが弾いてきたが、この曲だけ現在はポルトガル在住のカルロス・フックスが演奏している。

 ラパを卒業し、居住地のガヴェアを拠点にサンバ、ショーロからフォホーまで、気の向くまま音楽活動を繰り広げてきたペドロ・ミランダの、今そしてこれからが『Da Gávea para o Mundo』にある。この日常が早く戻ってくることを心から願いたい。

<追記>「Samba da Gávea」の記録映画が完成!

Samba da Gávea - "Prendi meu coração nesse lugar"

(ラティーナ2021年4月)

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