[2021.04]【TOKIKOの 地球曼荼羅⑨】ベトナム戦下のサイゴンから届いた歌 ─ 作曲家、チン・コン・ソン没後20年
文●加藤登紀子
本エントリーは、4/13(火)までは無料でお読みいただけます。4/14(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。
4月1日はベトナムの作曲家、チン・コン・ソンさん(1930 - 2001)の亡くなった日、今年没後20年になります。
一昨年、ホーチミンのオペラハウスで開かれたメモリアルコンサートに私はゲスト出演。素晴らしいベトナムの歌手たちと共に彼の歌を歌ったのです。没後20年の今年は彼の出身地、フエで盛大な野外コンサートを開くので必ず来てください、と言われていたのでしたが、このコロナ禍で開催が中止になったのでしょう、何もコンタクトがありません。残念です。
『ひとり寝の子守唄』(1969年)
チン・コン・ソンという名前が日本で初めて知られたのは1968年、テレビ局のディレクターがベトナム戦下のサイゴンで行われた反戦フォーク集会の音源を持ち帰り、その中の曲をフォークシンガー高石ともやさんが日本語に翻訳して紹介した「坊や大きくならないで」が最初でした。
私はアルバム『ひとり寝の子守唄』の中でこの曲を歌っています。
その後、1970年の大阪万博の時、チン・コン・ソンの曲を歌って「サイゴンの歌姫」と呼ばれたカーン・リーが来日し、この時、高階真さんが彼女の歌に日本語の歌詞をつけて日本でレコーディング、「雨に消えたあなた」というタイトルでソノシートで発売したのが「美しい昔(ジェム・スワ)」。この歌が素晴らしく、たくさんの歌手に歌われ、私も大事に歌ってきました。
『ハルビンの夏』(1981年)
『Tikiko - Cry』(1997年)
1981年、初めて生まれ故郷で歌った『ハルビンの夏』というライブ盤のボーナストラックとしてスンガリー(松花江)の畔でギターの弾き語りで歌ったバージョンと、1997年アルバム『Tokiko - Cry』にピアノ一本でレコーディングしたものとあります。
この二つの素晴らしい歌との出会いがメーンストーリー。けれど、それだけでは終わらなかったこの二人と私の稀有な出会いがもう一つの物語です。
ここから先は
世界の音楽情報誌「ラティーナ」
「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…