[2021.02]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑦】レモングラスとレモン ―甘い香りを思い出してポーンペイ島で待ち続けた女性のうた―
文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)
前号(2021年1月号)では、チューク環礁の高校生が20年くらい前に作った ≪Cry≫(別称≪50 plus 1≫)という歌をご紹介しました。さわやかな長調のメロディ、C-A-F-Gのコード(I-Ⅵ-Ⅳ-Ⅴ)をレゲエのリズムで刻んだ曲です。素朴な歌詞をよく読むと、クラスメート51人の1人が夏休みを境に去ったというニュースを知って、「僕は赤ん坊を亡くした母のように、彼女を失った男の子のように泣き叫び始めた」「何で君はさよならって言ったの?そのことで彼は気がおかしくなっている」「僕は、土砂降りの雨のような、ポーンペイ(島)の滝のような涙を流して泣いている」と悔やみが続き、「僕たちは、いつか神様と共に会える」と涙を呑む展開…。実は、永久の別れへの嘆き歌なのです。
親族や知人との早すぎる別れは、時間が経っても決して癒されません。パラオの例をご紹介しましたが(2020年12月号)、チューク環礁でも、かつては両親が死去して何年も経ってから「悲しい言葉で歌を作った」そうです。ミクロネシアの人々は故人の面影や残された者の思いを歌に託してきました。耳馴染みの良い≪Cry≫は、そうしたミクロネシアの伝統的な歌のあり方を継承していると言えます。
さて、≪Cry≫で落涙の激しさとしてたとえられたのが、土砂降りの雨やポーンペイ(旧ポナペ)島の滝。ポーンペイ島は人口約34,000人、面積約335㎢、ミクロネシア連邦の首都パリキールがおかれ、南東部の海岸にあるナン・マドール遺跡群はユネスコ世界遺産にも登録されています。島のほぼ中央には、ミクロネシア連邦の最高峰のナーナラウト(Nahnalaud)山(標高798m)などの山々がそびえていて、年間平均降水日が300日、年間降水量は約10,000㎜、湿度は通年78〜91%。40本以上の川があり、パーンチャカイの滝やケプロイ滝など至るところに滝があり、熱帯雨林が生い茂る緑豊かな島です。
ポーンペイ島
写真1 ポーンペイの土砂降りの雨
(於:ポーンペイ島、ミクロネシア連邦 2003年8月7日 撮影:小西一功)
ポーンペイ島の滝
ポーンペイ島南西部のキチ(Kitti)村にも、滝のような涙を流し続けた女性がいました。名前は、マルコーさん。太平洋戦争前の日本統治時代、村に駐在していた日本人巡査と恋に落ちたのですが、彼は日本に送還されました。2003年私がポーンペイ島を訪れたとき、「大正15年生まれ」と言っていたAさんは、マルコーさんが彼を待ちわびてうたった歌の一部を口ずさんでくれました。その歌詞は、「レモングラスに隠れて話しましょう」「キッスをしたのをお月さまが見ていた」「平和になったら二人は結婚して、内地に新婚旅行に行きましょう」というものです。二度と島には戻って来なかった彼を思い、マルコーさんは、あちこちでこの歌をうたって広めたとのことでした。
チューク環礁 Tonoas 島(Dublonまたは夏島)のRさん(1932〜2010) も、1940年代ポーンペイの女性が Tonoas 島に来てうたったのを聞き覚えていました。ただし、Rさんの歌詞では「レモングラスに隠れて」ではなく、「フナギ橋のそば」、「カボボ(ポーンペイ語で結婚)」が「国防」に変わっていました。パラオのHさんも、1950年代に「どこかの島の人から習った」と言います。Hさんの歌詞は、ポーンペイのAさんが覚えていたものとほぼ同じ。残念ながら、ミクロネシアではこの歌はうたわれなくなっていますが、歌手の松田美緒さんが、新たな生命を吹き込みました。
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