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[2008.9]《今年はジルに抱擁を!》ジルベルト・ジル再考 第7回 もうすぐ来日じゃないか、 ジルベルト・ジル!!!

 本記事は、ジルベルト・ジルの2008年の来日ツアーの際に8回にわたり特集した中の、月刊ラティーナ2008年9月号に掲載された記事となります。
 今年16年ぶりに来日することを記念し、本記事を再掲いたします。

文●花田勝暁

 「ポエチコとポリチコ」。ポルトガル語で「詩人と政治家」という意味だけれど、ジルベルト・ジルから「ポリチコ(政治家)」という肩書きは7月30日をもって外れた。ルーラ大統領は、ジルの3度目の文化大臣辞任の申し入れを承認し、ジルはブラジル共和国の文化大臣の職を辞した。2003年のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァの大統領就任以来、政権に不可欠な大臣として2期にわたり5年と約8ヶ月要職に就いたことになる。サルヴァドールの市議会議員時代から所属していた緑の党からも離れることを明言しており、現在のところ、もう政治に関わる気持ちはない様子だ。ジルの後任の文化大臣は、ジルの下で文化省の最高長官を務めていたジュカ・フェレイラ氏に決まった。
 先ほど「 度目の」辞意申し入れと書いたが、1度目の申し入れを、ルーラ大統領が再選し2期目がはじまる前の2006年末にし、2度目の申し入れを、昨年2007年の末にしたと言われている。ジルは、2007年の半ばから、今回の「バンダ・ラルガ・コルデル・ツアー2008」に繋がっていく「バンダ・ラルガ・ツアー2007」でワールド・ツアーを行っていたので、ルーラの再選の可否に関わらず2007年のワールド・ツアーの青写真が頭の中にあり、1期目の職務を全うし、それから音楽に専念したかったというのがジルの当初の希望だったよう。ルーラ大統領の熱心な説得により、大臣職を続ける覚悟をした。その経緯が頭にあると、辞任の際の共同インタビューでのジルの発言への理解も深まる。

「ここ2年間、コンサートの予定や音楽家としての様々な予定が増えて、大臣の仕事と両立するのが難しくなっていた。これで、ルーラに政府を抜けさせてくれるように頼んだのは3度目だ。はじめてそのことだけに集中して、大統領に会った。より落ち着いた形で、大臣の仕事と自分の心境の変化について話した。大統領は、最終的に理解してくれて、僕は辞められることになった」
 これに対して、ルーラ大統領も、名残惜しそうにこう発言している。
「ブラジルは、ジルを政治家だけにしておくことはできない。彼は偉大な音楽家に戻っている。彼にとって大切なことにプライオリティーを置くだろう」
 ルーラ政権1期目には、政治活動8割、音楽活動2割という割合を決め、自身の活動にバランスをとっていたジルだが、2007年にワールド・ツアーを行った辺りからそのバランスは崩れ、音楽活動の割合が高くなった。大臣の仕事と音楽の仕事の違いについては「大臣としての仕事は実際的なことが多く、現実の生活にインパクトを与えてる。音楽の役割は、人生や人間、自然についてしっかり見極めるのを助けることだ」と話していた。
 今年2008年はじめには、オリジナル曲中心のアルバムとしては11年ぶりのアルバムとなる 『バンダ・ラルガ・コルデル』の録音を済ませ、その後アルバム・リリース/ワールド・ツアーがあり、音楽をしたい気持ちが飽和状態にあったのは想像に容易い。2007年の時点でも「幸運なことに歌い続けられている。以前にこんなにこのことがおもしろかったことはなかった」と発言していて、音楽をしている瞬間が楽しくて仕方がないようだ。そんな風に気持ちの高まった状態で日本にも来てくれるのは嬉しいし、解放されたエネルギーをもってして、必ずや素晴らしい演奏を披露してくれるはずだ。ジルベルト・ジルが、万全の状態を整えて日本にやってくる。そう、もうすぐ来日じゃないか、ジルベルト・ジル!

©Chiristian Rôças

ジルベルト・ジルとブロードバンド・バンドのメンバー
(左からアレックス・フォンセカ、セルジオ・シアヴァソーリ、アルトゥール・マイア、ベン・ジル、クラウヂオ・アンドラーヂ、ジルベルト・ジル、グスターヴォ・ヂダルヴァ)

 今回のツアー「ブロードバンド・バンド・ジャパン・ツアー2008」で来日するバンドのメンバーを紹介しておこう。彼らは、最新アルバム『バンダ・ラルガ・コルデル』の録音に参加したメンバーそのものでもある。

 ベースはアルトゥール・マイア。1962年生まれで、ブラジル音楽史上に残る名ベーシストのルイザゥン・マイアの甥にあたる。ベースをはじめたのは15歳の時だが、それ以前はドラマーとしてバンドに参加していたという。プロのベーシストとして活動をはじめてから、イヴァン・リンス、ガル・コスタなどのバックを務め、バンダ・ブラック・リオ、カマ・ヂ・ガトといったバンドにも参加している。1990年には、ソロ・アルバム『アルトゥール・マイア』を発表し、権威あるシャープ賞を受賞したのも話題になった。誰もが認めるスーパー・ベーシストだ。

アルトゥール・マイア
©Gilberto Gil & Broadband Band

 キーボードのクラウヂオ・アンドラーヂは、まだ若い29歳。1978年生まれだ。14歳の時からプロとして演奏していたという天才肌。ピアノの本格的な教育を受けはじめたのは7歳の時で、プロのヴァイオリニストの伯母が積極的に指導してくれたそうだ。ジルのバンドに入ったのは98年で、まだ19歳の時(!)。現在まで、ジルの他には、ミルトン・ナシメント、マリア・ベターニア、ガル・コスタ、カエターノ・ヴェローゾ、ネイ・マトグロッソ、イヴェッチ・サンガロ、セウ・ジョルジといったトップ・アーティストとの共演を重ねている。

クラウヂオ・ヂ・アンドラーヂ ©Chiristian Rôças

 パーカションのグスターヴォ・ヂ・ダルヴァも若い。79年生まれの29歳。5歳の時から活動をはじめ、11歳で、カルリーニョス・ブラウンがプロデュースしたセルジオ・メンデスの大ヒット・アルバム『オ・ブラジレイロ』の録音に参加しているという早熟の美男子だ。カルリーニョス・ブラウンの秘蔵っ子だった。ジルと出会ったのは、14歳(!)カエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルの共演アルバム『トロピカリア 』の録音に参加した際。カエターノ、ジルとも以後共演を重ねる他、イヴェッチ・サンガロ、マリーザ・モンチ、ミルトン・ナシメント、ジャヴァン、マリア・ベターニア、ガル・コスタをはじめとした多くのアーティストと共演してきた。

グスターヴォ・ヂ・ダルヴァ ©Gilberto Gil & Broadband Band

 グスターヴォとともに現在のジル・バンドのリズムを支えているのは、ドラマーのアレックス・フォンセカ。音楽プロデューサーとしても名高い彼は、1962年生まれの46歳。海外のアーティストとも共演が多いのが彼のキャリアの特徴で、これまでフィト・パエス、ヴィトール・ハミル、クレイトン&クレヂー、ナナ・カイミ、パウロ・ヒカルド、アナ・カロリーナ、マリーナ・リマなど、共演者は非常に多岐にわたる。

アレックス・フォンセカ ©Gilberto Gil & Broadband Band

 残るはギターの2人。ベン・ジルは、名前から分かるようにジルベルト・ジルと現在の妻フローラの息子。1985年生まれで現在23歳。ジルと43歳離れている。5年前の18歳の時からプロのミュージシャンとしての活動をはじめ、ジルの他に、サンドラ・ヂ・サー、ルル・サントス、トニ・ガヒード・クラウヂア・レイチといったミュージシャンと共演している。ジルの息子云々を抜きにしても注目したい新鋭だ。

ベン・ジル ©Gilberto Gil & Broadband Band

 最後に紹介するのは、すでに12年間ジルの片腕としてジルのバンドに参加しているマルチ弦楽奏者のセルジオ・シアヴァソーリ。名前からブラジル人ではないという印象を受ける人もいるかもしれないが、1961年リオデジャネイロ生まれだ。7歳の時からコンサートで演奏していた天才肌で、ハーモニー、インプロビゼーション、アレンジも専門的に学んでおり、ジルのバンドのアンサンブルの要の存在だ。ジル以外にも、カエターノ、ミルトン、ガル、ジャヴァン、マリア・ベターニア、アレハンドロ・サンスといった蒼々たるアーティストと共演している。

セルジオ・シアヴァソーリ ©Gilberto Gil & Broadband Band

 以上がバンドのメンバー6人だけれど、こんな凄腕たち(しかも、写真から伝わってくるように、みんな人間性も素晴らしそうだ!)が、今回のブロードバンド・バンドのメンバーだ。

 9月の来日公演を記念したジルベルト・ジル再考も今回で第7回目となった。これまでのテーマは、「ジル来日決定」「ジルとトロピカリア」「ジルとフォホー、レゲエ」「政治家としてのジル」「ジルとバイーア、ブラックミュージック」「ジルとインターネット」であったが、「ポエチコ(詩人)」というべきジルの深い哲学性にまだ触れられていないのが残念なので、ジルと同時代を生きてきたブラジルの知性の言葉を借りて、少し補足したい。
 芸術家で、ジルのその詩的な面に注目し「ジルミノーゾ」を編纂しているベネー・フォンテレスは、ジルの詩的な面/哲学性を評してこんな風に言っている。

 とても軽やかでありながらたくましく、そして同時に詩美的で、哲学的で、精神的に深く踏み込んだポピュラーミュージックのミュージシャンの中で、ここ40年に渡ってジルがやってきたように自由の境地に達している人は1人もいない。この40年という長い期間、ジルは天性の歌声と二人三脚で唯一無二の作品を生み出してきた。

(『ジルミノーゾ』ライナー・ノーツより)

 また、トロピカリアの頭脳と呼ばれ、最新作『バンダ・ラルガ・コルデル』で、ジルの唯一の共作者である盟友ジョルジ・マウチネルはジルの哲学性をこんな風に評している。

 ジルベルト・ジルは、時空を超越している。クラシックでありモダンで、インテリであり市 井で、独創的なインスピレーションのアーティストだけれど同時に現代の芸術産業に適応しているアーティストで、保守的で革新的だ。
 彼の歌は、前ソクラテス時代の哲学から、家族の生活やポップス、台所の喧嘩の描写までをカバーする。彼のキャリアはずっと、聖人の心がもたらす、炎のような情熱に支えられていて、彼が歌い作曲することは、彼特有の説明不可能で神秘的で完全な濃密さについて気づこうが気づかなくても、人々に活力を与える宗教ミサの役割をする。
 その上、この事実に非常に自覚的で、ジルベルト・ジルは聖なる精神についての特別な歌を曲した。たくさんの神の名が宿る寺院の、ギターと歌の「考える人」は、一体いくつのテーマを扱っているんだろう。
 ジルの速度は、世紀級で、同時に時空をも超えていて、ほとんど「道(タオ)」の世界を歩んでいる。

(「ジルベルト・ジル ソングブック」より)

 「道」とは、東洋哲学で宇宙自然の普遍的法則や、美や真実の根元などを表す広義な言葉だ。東洋哲学を本格的に学んでいるジルは親日的でもあり、日本への再来日も待望していた……‼︎

◆◆

 繰り返すけれど……もうすぐ来日じゃないか、ジルベルト・ジル!
 ジルベルト・ジルの生のパフォーマンスを通じてジルの「音楽」を感じられる時が近づいている。魅力の裾野は無限大に広がり、ルーツは天性の才能と独特のルーツが複雑にこんがらがった、「ジルの宇宙」ともいえる「音楽」の世界だ。
 ジルのパフォーマンスには、年老いて益々エネルギーがこもっている。声は伸びやかに、動きは滑らかに……不思議なことに、現在のところジルは老う程に、その全てのパフォースンスの魅力が増している!今年、66歳を迎えたにも関わらず、そのバイタリティーは衰えるところを知らない 。
 しかも、現在のフル・バンドである上記のメンバーを引き連れてのジャパン・ツアーだ。10年ぶりの来日公演へ準備は万全。観るもの全てを、誰も決して真似できないパフォーマンスで魅了してくれることだろう。
 ジルベルト・ジル、いよいよステージに登場。

(月刊ラティーナ2008年9月号掲載)













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