[2022.2]【連載 アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い⑰】 幾度もの歌詞変更、監督との対立も多かった映画の中で - 《A felicidade》
文と訳詞●中村 安志 texto e tradução por Yasushi Nakamura
前回のジョビン名作に関する記事では、ジョビンの名曲「Se todos fossem iguais a você」とともに、映画『黒いオルフェ』についても少しご紹介しました。
この映画は、ブラジル、イタリアとともに共同制作国となったフランスにおいて、1959年のカンヌ映画祭で最高位であるパルム・ドールを受賞し、更に翌60年の米国アカデミー賞においても外国語映画賞に輝き、広く知られることになりました。
あのオバマ元米国大統領も、自叙伝(Dreams of my father)において、ニューヨークで勉強していた学生時代、母と異父妹のマヤが来訪したとき、母が新聞に出ている『黒いオルフェ』の興行広告を目にし、「自分が大学生になって間もない頃、初めて観た外国の映画だ。16歳の頃だった」と告げられ、3人で意気投合、タクシーでリバイバル上映中の映画館に出かけたこと、50年代ブラジルにおいて作成されたこの映画のキャストがほとんど黒人といった点もインパクトが強かったこと、母親がトイレに行った隙に、妹が「これはお母さんにお似合いの映画だ」と漏らしたこと、などを回想しています。
⬆オバマ回想録の中で、母子3人で「黒いオルフェ」を
観に行った時の話(英語原文)
歌は、冒頭でシンプルに「悲しみには終わりがない、幸せには(終わりが)ある」と述べ、オルフェの妻エウリジセがいとも簡単に亡くなってしまう展開にも集約されるように、貧しきスラムの人々の人生のはかなさを語る象徴ともなっています。人間の情熱を、とても脆弱な1枚の羽根になぞらえ、風が止まれば舞うことができないと喩えるなど、ストレートな表現を用いて、物語の主人公2人の悲劇を演出しているようにも感じられるあたりは、ジョビンとのコンビで数々の名曲を生み出した詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスお得意の技かもしれません。
ここから先は
世界の音楽情報誌「ラティーナ」
「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…