【連載シコ・ブアルキの作品との出会い⑨】辛い日常を忘れ踊り明かしたワルツ —シコ・ブアルキ&ヴィニシウス・ヂ・モライス作《Valsinha》
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【連載シコ・ブアルキの作品との出会い⑨】辛い日常を忘れ踊り明かしたワルツ —シコ・ブアルキ&ヴィニシウス・ヂ・モライス作《Valsinha》

文と訳詞●中村 安志 texto e tradução por Yasushi Nakamura

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お知らせ●中村安志氏の執筆による好評連載「アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い」についても、今後素晴らしい記事が続きますが、今回もまた一旦、この連載「シコ・ブアルキの作品との出会い」の方を掲載しています。今後も、何回かずつ交互に掲載して行きます。両連載とも、まだまだ凄い話が続きます。乞うご期待!!!(編集部)

 今回は、シコの、素朴で心温まるレパートリーをご紹介しましょう。イパネマの娘の作詞者でもある、ヴィニシウス・ヂ・モライスとの共作で生まれた「小さなワルツ(Valsinha)」です。
 好評を博していたトッキーニョらとのアルゼンチン公演中の1970年末、ヴィニシウスは、大方のメロディーを完成させたものの、まだタイトルもつけていなかった3拍子の自作曲を手紙でシコに送り、歌詞制作を依頼しました。シコが、自分の娘の名付け親になってほしいと、69年にヴィニシウスを招いて以降、2人で歌を作る協力関係は始まっていたようですが、ヴィニシウスの側では、既にジョビンとの素晴らしい共作を見せつけていたシコと、自分も何かいい曲を作りたい、といったライバル心があったとも言われています。

小さなワルツXXX

 わかりやすい歌詞に表れているとおり、慌ただしい毎日の中で忘れていた感情にふと突き動かされ踊り明かす主人公2人、そして、これを見守るかのような温かい周囲の眼差しと情景を描く美しい物語です。短い展開の間に、たくさんの感情や戸惑いが詰め込まれています。ご近所さんや街全体が幸せな光に包まれ大騒ぎした後、穏やかな朝が来た。語らいやパーティなどを楽しむことに長けたブラジルの人々に、馴染み深い光景でもあります。

 1970年年末に送られたヴィニシウスの依頼に対し、シコは、年明けには歌詞を書き上げ、返しました。大部分は現在の歌詞の姿になっていましたが、ヴィニシウスはこれに注文をつけます。70年代当時各地で盛り上がっていたヒッピーによる友愛や平和を訴える運動への賛歌の意を込めて、この曲は「ヒッピーのワルツ」という題名にしたいというのです。シコがつけた「ワルツ」という題名だと、ブラジルの古臭いあのワルツの雰囲気を与えてしまう、君が作ってくれた歌詞も、現代的でヒッピーの要素を湛えている、表題もそうしたほうが良くなるのではないか、と持ちかけました。
 歌の仕上げをめぐり、しばし対立する2人の間で交わされた手紙も残されています。ヴィニシウスが改めて送ったという手紙(71年1月24日付)を見ると、歌詞は君に一任しているが、もしよければ手を入れてみたいとして、上述の題名の変更のほか、「一緒に踊ろうと誘った」という部分については「愛し合おう/彼女はそこで一緒にデートした頃のことを思い出した」とするなど、複数の修正を提案していることがわかります。

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 ↑ヒッピーのワルツという題名にしたいと、ヴィニシウスが提案した手紙

 これに対し、シコが素早く返した返書(71年2月2日付)では、「この歌は、既に現在の歌詞で人前で歌っており、自分も気に入っている。聴衆もアンコールを求めるなど、とてもいい反応だから、もう変えたくない。ヒッピーのワルツという題名もインパクトが強く美しいのだが、最近のヒッピー文化の有様を見れば、人々にとってこれはもはや哲学でも何でもなく、ああいった服装や髪型を用いることに成り下がっているようだ。題名をそうした途端、何かを無理強いしてしまう印象が拭えない。あなたのアイデアは素敵だが、今やコーラスグループのMBPクアトロもこの曲をすぐ録音したいと言ってきている」と、別な理由も持ち出し、「やはり、このままでいかないか」と、丁重に断っています。
 シコは、このほかにも、「そもそも歌の中で最初登場する男性は、ヒッピーとは反対に、詩など一度も理解したことのないタイプで、日々不満をぶつけ、妻を落ち込ませている、そんな設定で始まるが」とした上で、「この抱き合って踊る展開はとても素晴らしい」など、たった数日後に送った手紙で、細かい点についてまで掘り下げて反論していることに、驚かされます。
 既に人前で歌ったという話についても、テレビ番組で実際にシコが歌った記録が残っており、番組においてシコは、ヴィニシウスが同席していないものの、「我が子の名付け親で、師匠であり、結局全てである偉大な友人ヴィニシウスが、詩人だから誰の手をも必要としないはずなのだが、まだメロディーだけできあがった曲に、私が歌詞をつけるよう頼んでくれた。とても誇らしい気持ちでこれを書いた」と、ヴィニシウスをとても立てて曲を紹介しています。ヴィニシウスは、元々職業外交官ですが、シコの発言のほうこそ、なかなか外交的配慮に満ちたものですね。

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↑シコから反論を返した手紙

 最終的に、この曲のタイトルは、シコの提案した「Valsa(ワルツ)」から、「Valsinha(小さなワルツ)」に改めることで決着しました。 filho(息子)→filhinho(息子ちゃん)というふうに、名詞に愛着を含意する感じでつける語尾を多用し、時に動詞にまでこれをつけてふざけてみせたお茶目な詩人、ヴィニシウスの、お得意の解決策だったようです。

著者プロフィール●音楽大好き。自らもスペインの名工ベルナベ作10弦ギターを奏でる外交官。通算7年半駐在したブラジルで1992年国連地球サミット、2016年リオ五輪などに従事。その他ベルギーに2年余、昨年まで米国ボストンに3年半駐在。Bで始まる場所ばかりなのは、ただの偶然とのこと。ちなみに、中村氏は、あのブラジル音楽、ジャズフルート奏者、城戸夕果さんの夫君でもありますよ。

(ラティーナ2021年9月)

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