見出し画像

[2021.09]弦楽とのトリオ編成で聴かせる新しい三枝伸太郎サウンド

画像2

文●鈴木一哉

 作曲家、ピアニストとして幅広い活動を展開する三枝伸太郎が、新たなプロジェクトであるトリオ編成によるファースト・アルバム『TRIO』を発表した。彼本来の音楽性を反映する究極のアンサンブルであるオルケスタ・デ・ラ・エスペランサ(以下、本稿中ではエスペランサとして言及される)のメンバーでもある2人、吉田篤貴のヴァイオリン、島津由美のチェロと彼自身のピアノからなる三重奏であり、現在性に溢れる三枝のオリジナル作品と並んでタンゴ名作を原曲の旋律を尊重しつつ独自のサウンドの深度を持った一味違う編曲・演奏で聴かせてくれる点が注目だ。

画像1

三枝伸太郎 『TRIO』(EM-001 / インパートメント)

 彼名義のアルバムとしては、エスペランサのファースト「Orquesta de la Esperanza」(2015)、小田朋美との「わたしが一番きれいだったとき」(2018)、エスペランサのセカンド「FLOWERS」(2020)に続いての4作目に当たるもので、フィジカルなCDは新たに立ち上げたネットショップ(https://esperanzamusic.stores.jp)からの直販のほか一般のCDショップでも購入可能であり、ハイレゾ音源が e-onkyo と mora からダウンロード販売されている。

 なお、CD本体には付属していない三枝自身による曲目解説はインパートメントのサイトで読むことができる。本年5月14日には代々木上原ムジカーザでアルバム発売記念コンサートが開催された。本インタビューはそれからほどない時期にオンラインでおこなわれました。
(※諸事情により掲載が大幅に遅れてしまいました。大変申し訳ありません)


 ここで、三枝の今後の予定などの重要な情報を先にまとめておこう。
まず、オルケスタ・デ・ラ・エスペランサの9人編成でのライヴが 9月27日(月)に渋谷・公園通りクラシックスで開催される予定である。大編成ゆえライヴの機会は稀少であり、ライヴならではの空気感に満ちたサウンドを身体に浴びる体験はかけがえのないものだ。また、演劇ユニット、unrato(アン・ラト)の公演『楽屋』(10/16~24@赤坂レッドシアター)の音楽を担当する。さらに、涼風真世のデビュー40周年記念アルバム『Fairy ~A・I~ 愛』(ビクター・エンタテインメントより9月8日リリース)では、全曲で三枝がアレンジとピアノを担当しており、三枝作曲の新曲「A-YU-MI(歩み)」が収録されている。なお、三枝が音楽を担当したWOWOWのオリジナル・ミュージカル・ドラマ『FM999 999WOMEN'S SONGS』(全10回)は、既に全話の放送が完了しているが、9月24日(金)に第1話の再放送が予定されており、当然、続いて第2話以降も再放送されると思われる(オンデマンドでは全話が視聴可能)。

 それでは、続いて、トリオのファースト・アルバムに関連する話題を中心に、ロング・インタビューをおとどけします。

画像3

画像4

画像5

写真提供:conpas.me

── このトリオの演奏は、昨年のエル・チョクロでのライヴ(2020年10月3日)を、配信の形で初めて聴かせていただきました(注:この直後の10月9日にアルバムの収録がおこなわれている)。

三枝伸太郎 このメンバーではそれが初演です。

── アルバムのタイトルは「TRIO」ということでよろしいでしょうか?

三枝伸太郎 そうですね。

── アルバムは、「三枝サウンド」というべき三枝さん固有の響きの深さに溢れていて、既成のタンゴ作品についてもこれまでの聴感が一新されています。今じゃないと聴けない音というか、三枝さんの個性が音楽の現在性とシンクロしているなと感じられました。編成的な面でいうと、バンドネオンを入れていないところがサウンド的にすごく成功しているなと思いました。入れちゃうと、このサウンドは出ないなと。

三枝伸太郎 そうですね。一般的にタンゴと言えばバンドネオンで ── ある人にとってはタンゴっていうのはピアソラだったり、バンドネオンの目立つ部分だったり、フォー・ビートが鳴っているときのグルーヴの感じだったりとか ── タンゴってこういうものだよねっていうイメージがそれぞれあると思うんですけど、それを全部抜いた状態でやりたかったんです。今回に限らず、エスペランサでもそうなんですけど、僕が自分でやっているものは基本的にそういうことをずっと考えていて、何かやろうとするときに、そのジャンルだったりで「これってこうだよね」って普通に思うことを一回全部はずすっていうことを結構大事にしています。今回も、ピアノ・トリオというクラシックの編成ですけど、それもそういう意図から来ていますね。タンゴっていうものから連想されるのとは全然違う編成でまずやるっていう。

── 確かにタンゴでこの編成というのはあまり無いですよね。
(注:例えば、1950年代にエンリケ・マリオ・フランチーニ(vn)とエクトル・スタンポーニ(pf)のデュオにホセ・ブラガート(vc)が参加する形で実現した例がある)

三枝伸太郎 ヴァイオリン、ピアノ、ベースとかだとあると思うんですけど…。
(注:例えば、パブロ・アグリ(vn)、クリスティアン・サラテ(pf)、ダニエル・ファラスカ(cb)のトリオが2002年にアルバム『プレパレンセ』を録音し、近年も活動している)

── ベースを編成に入れないというのもキモの一つかなと思います。

三枝伸太郎 ベースがいる、いないっていうのは、結構サウンドとしては大きいんですよね。

── その上で、ヴァイオリンの吉田篤貴さんとチェロの島津由美さんの音色が非常にアレンジにあっていると感じました。これもサウンドに大きく影響していますね。

三枝伸太郎 つきあいが長いので、2人ともどういうキャラクターなのか良く分かった上で書いているというのはあると思います。今回のメンバーは、── 僕は含めなくてもいいかもしれないですが ── わりとタンゴも演奏しているんですけれど、でも(タンゴのみの)専門家ではないっていう方たちなんで、その辺も面白いかなと思いました。タンゴっぽい弾き方というか、(メロディーの)タンゴっぽい歌い方みたいなのをどこまで入れるのか、その辺のバランスが、結構やっていて面白くもあるし、難しくもあるみたいなところですかね。

── アルバムの収録曲は、三枝さんのオリジナル5曲とタンゴのスタンダード5曲という構成になっています。まず、タンゴのスタンダード曲についてのお話からお聞きしましょうか。この選曲はどのようになされたのでしょうか?「ナランホ・エン・フロール(花咲くオレンジの木)」「ウノ」「ケデモノス・アキ(いつまでもここに)」といった曲は、和声的な部分とかを編曲でいろいろといじりやすいということがあって選んでいるということはありませんか?

三枝伸太郎 最初は全曲をカヴァーにしようと思っていましたが、それだとあまりにも聴きづらいかなあと思うところがあって、半分オリジナルを入れました。去年録音したんですけれど、急に決めて時間がない中で動いたので、紆余曲折がありまして、実は、最初は歌のSayacaさんと録るということを考えていたんですよね。以前、ヴァイオリニストは違いますけどピアノ・トリオとSayacaさんの4人でライヴをやっていた時期があって、今回のアルバムに収録されている曲とかも、そのときに既に譜面は作っているものがいくつかあったんです。でも、いろんな状況があってこの3人によるインスト・アルバムになったという経緯があり、明確な意図があってこの選曲になっているというよりは、Sayacaさんが歌っている曲かどうかというのにわりと選曲は左右されています。もともと歌手が参加していたので結果的に歌ものが多くなっているという感じですね。(編曲については)この曲をやるって決めてから考えるので、いじりやすいから選んだりとかはしていないです。あと、今回、ピアソラ・イヤー(生誕100年)に出したアルバムなんですけど、ピアソラが1曲も入っていなくて、それは、やはりピアソラだとちょっと曲のキャラクターが強すぎて難しいんじゃないかなと思って入れてないっていう感じですね。

── もともと歌を入れていたところから単に歌をカットしたらこの編曲が出てくるというわけではないと思うんですけど…。

三枝伸太郎 そのときに書いた歌の伴奏としての編曲がもとになっているんですが、それを楽器だけで演奏するようにアレンジするに当たって、やっぱりメロディーが聞こえるようにするっていうのが結構大変なんですよね。当たり前ですけど歌だから飛び出て聞こえてくるっていうことはあって、それをそのまま楽器でやろうとしても他の楽器と一緒になったときにメロディーだけ抜けて聞こえてくるということが起こらないわけです。その辺については、いろんなアプローチがあって、もちろんアレンジ上の工夫も必要なんですけど、前に出て聞こえてくるようにメロディーを歌うような演奏をする必要があったりとか、タンゴっていうちょっと特殊なジャンルのものなのでメンバーそれぞれがいろいろ考えてやってますね。今回はもともとの経緯もあってメロディーはほとんどというか全くいじっていないんです。もしSayacaさんが普段通りに歌ったら成立するようなアレンジになっているわけです。で、それだけがルールとしてあって、あとは何をしてもいいことにしていて、ハーモニーも全然違うし、リズムもちょっと変わったリズムになっていたりします。例外はあるといえばあって、例えば「デスデ・エル・アルマ(心の底から)」とかは構成からいじっているんですが、それ以外は基本的にそういう風にしています。

── タンゴのスタンダード曲を取り上げるに当たっては様々なアプローチがありえます。過去のタンゴ演奏を耳コピしてそのまま再現するという場合から、アレンジで曲を完全に解体してしまって、もはや原曲が何かわからないような状態になっている場合まで、色々なスタイルがあるわけです。そうしたタンゴの演奏スタイルの多様な在り方についてはどのようにお考えでしょうか?

三枝伸太郎 人によってそれぞれ考え方はあると思うんですが、おそらく多くの方に同意していただけるかなと思うのは、耳コピしてカヴァーのような形をとるにせよ、完全に解体して新しく創り直すにせよ、どういうアプローチをとるにしても、一回自分の中に入れる ──「身体(からだ)に入れる」とかってよく言うんですけど ── それが必要だということです。何か曲を演奏するときに、当たり前ですけど、練習をしたりとか、場合によっては分析をしてみたりとか、その曲について理解するみたいなニュアンスで「身体(からだ)に入れる」ってよく言うんです。例えば、ただ単に楽譜を見て演奏しているだけだと、自分のものとして出てこないわけです。まあ、本を読んでいるような感じですよね。そうじゃなくて、一回、自分の中にとりこんで、自分の声でしゃべるみたいなことをする必要があるわけです。そのやり方がおそらくそれぞれ違っているということだと思うんですね。僕の場合は、それが、今回のように、アレンジをし直して、この編成でやるということだったんだと思います。

── 続いて、アルバムに収録されている三枝さんのオリジナル5曲についてお聞きしたいと思います。オリジナル曲に関してはタンゴということは意識していませんよね?

三枝伸太郎 もともとは全曲を(タンゴの)スタンダードのカヴァーにしようと思っていたところを、音楽的なバランスを考えてオリジナルを入れたっていうところがあるんで、タンゴとしては書いていないものが入っているんですけど、統一感を持って聴けるようにということは考えていました。だから、その中でヴァリエーションをどうやって作るかっていうことと、あとは、カヴァーなのかオリジナルなのかがそんなにはっきりわからないようにしようというのはありました。カヴァー曲のスタンダードも、その曲を知っている人が聴いたとして、パッと聴いた感じ、ちょっと違う曲に聞こえるようなアレンジにしています。逆に、オリジナルについては、もちろんちょっと新しいサウンドではあるんだけど、ボーッと聴いていたら、スタンダードのようにも聞こえる感じ、というのを狙ってますね。

── 今回、アルバム発売に当たってのPVとして「Boatman’s song」と「Milonga libra」がネットにアップされていましたが、オリジナルの書き下ろしはこの2曲ということになるんでしょうか?

三枝伸太郎 完全な書き下ろしは「Boatman’s song」だけです。「Milonga Libra」は、ちょっと加筆してますが、5年ぐらい前に…もっと前かな? わりと前に書いた曲です。

── 「Boatman’s song」は、どのようなコンセプトで作曲されたのでしょうか?

三枝伸太郎 アルバムを作ろうってなったときに、1曲ぐらいは書き下ろしがあった方が良いと思って書きました。アルバム全体のカラーがこういう感じになるといいなみたいなことで書いたので、アルバムをわかりやすく説明する1曲という感じになりました。聴いていただいたらわかると思うんですけど、まずタンゴのスタイルではないし、どっちかっていうと、もうちょっとポップスみたいなスタイルの書き方をしています。あと、今回、タンゴのスタンダードを入れたのもそうなんですが、1曲を短くしたかったんですね。例えば、今までやっていたエスペランサとかだと1曲が10分ぐらいあったりするんでちょっと長いなあと思って── まあ、長いのは長いでいいんですけど── 頑張って5分以内の曲になったらいいなというのは、わりとアルバム全体で考えていました。今、世の中の音楽がどんどん短くなってるって言われていて、それこそビリー・アイリッシュの曲とか2分ぐらいで終わったりする曲がいっぱいあるんです。ちょっと今の感じは曲を短くしていくっていう方向性なのかなと。で、長くするのは意外と簡単で、短くするのってすごく難しいんだなって思いました。

── レコ発ライヴのMCでは「Boatman’s song」のタイトルに込められた意味についてより詳しくお話されていましたね。

三枝伸太郎 「Boatman’s song」というのは、元々は舟歌と言って、船乗りが歌う唄、渡し船を漕いでいる船頭さんが歌う唄だったりを基にして出来た、クラシック音楽の形式の1つですね。舟歌はこういうものだという決まり事はいろいろあるんですが、要するに、わりと素朴な音楽性を持っていて、ざっくり船を漕いでいるときに歌う曲という感じなんです。なぜそういうのをやりたくなったかっていうと、書いていて「なんかこれ舟歌っぽいな」と思ったというのと、架け橋というか、渡し船みたいなニュアンスなんですけど、今までの先人たちと自分たちとか、自分たちとこれから生まれてくる人たちとか、そういう間を渡すみたいなイメージですね。今回、カヴァーが半分くらい入っていて、すごい古い曲も入っているので、当然ながら僕が生まれる前に書かれた曲だったりして、昔の人は何を考えていたんだろうなというところから始まるわけですよね。しかも、当たり前なんですけど、アルゼンチンは地球の反対側なんで、すごく人間の気質なんかも違うんです。日本人と違ってはっきりものを言う人たちで、感情の起伏も激しい。恋人に振られて死んでやるみたいな歌詞があるんですけど、現実はどうしているかというと、一晩泣いて、翌日には別の女の子をナンパしているわけです。だから、結構違うので、歌詞も言葉通りに受け取っていると何か誤解しちゃったりとかするんですよね。向こうの人は、死んでやるとか恨んでやるとか言っても、もっとカラッとしているんです。そういう恨みつらみを日本人がやると演歌になり、向こうの人がやるとタンゴになったりするんだなと。また、曲が出来てから100年ぐらいたってるわけなんで、当然、今の音楽とは全然異なっているし、元のアレンジと全然違うことをやっているわけなんですけど、なんか、そういうのをちょっと面白がれないかなっていうところで、渡し船みたいなイメージがあったんですよね。それは、過去と現在を渡す船なのか、もしくはもっと先の人に向けての何かなのか、いろいろな意味があって、もちろん地理的なこともあるだろうし、言葉のこともあるだろうっていう意味で、アルバムをひとつ象徴する意味で作りました。それがアルバム全体のコンセプトにもなっていて、タンゴのスタンダードが半分、オリジナルが半分みたいな形式に最終的になっているという感じです。(注:ここでの回答はインタビューでのお話にレコ発ライヴMCでの発言も加味した形で編集させていただきました)

── 「Milonga libra」については、レコ発ライヴのMCでピアソラ流の遅いテンポのミロンガについて言及なさっていましたね。

三枝伸太郎 初演したときは、ギターとピアノとコントラバスという ── もしかするとバンドネオンが入っていたかもしれないんですけど ── ヴァイオリンが入っていない編成で、キンテートのライヴの中で小編成でやるみたいな曲として書きました。やっぱり今回のアルバムの中では一番ピアソラっぽい曲かなあという感じですかね。最初の部分にすごく長い2分ぐらいのイントロがあるんですけど、そこは今回書き足していて、ピアソラっぽさをちょっと減らしたくて入れたっていう感じで、本当に止まりそうだなというのを目指して書いたので、聴きどころですね。

── 「3月のショーロ」は、オルケスタ・デ・ラ・エスペランサのライヴで演奏されているのを聴いた記憶がありますが、エスペランサのアルバムには収録されていませんね。

三枝伸太郎 そうですね。(エスペランサの)ファースト・アルバムのときに録音したんですけど、いろんな判断でアルバムには入れなかったんです。なので、今回、初めて録音したという感じです。

── ショーロということで、ブラジル音楽を意識しているのでしょうか?

三枝伸太郎 ショーロを書こうと思ったんですけど、結果的に全然ショーロじゃないんで ──まあショーロみたいなところもちょっとだけあるんですけど ── だから、「何とかのブルース」みたいなすごくフワッとした言い方ということで許してもらえないかなあって感じです。(2011年の東日本大震災の)311の後だったんで、それにまつわる曲ということで書きました。

── なるほど、だから「3月」ということなんですね。

三枝伸太郎 1番と2番は同じときに書いているんですけど、3番を書こうとずっと思っていて、今回も書こうと思ったんですが、ちょっと時間的なこともあって書けなかったんです。3曲あると1つものを言ったって感じになると思うんですけど、2曲だとなんだか途中で終わっているみたいな感じになってしまっていますね。まあ、これでいいのかなって最近は思ってます。要するに、実際にそういう地震とかがあった時にそれが解決するってことはありえないので、そういう意味では現状に即しているという感じなのかなと思っています。

── あと1曲のオリジナルは「A Lull in the rain」ですね。

三枝伸太郎 それもすごく昔にキンテート編成のライヴのために書いたんですけど、たぶんこの中では1番古い曲ですね。だから、わりと素直にタンゴっぽい曲を書こうと思って書いてます。

── アルバムの録音については、エスペランサのときも担当されていたエンジニアの長江和哉さんがとても素晴らしい仕事をなさっていますね。サウンド面が非常に重視された音楽であるわけですが、録音の方法などについてお話しください。

三枝伸太郎 このアルバムは、10曲を1日で録るというかなり無茶なスケジュールで収録しました(注:2020年10月9日にhimawarinosato hallで収録)。
10曲は無理かもしれないと思っていたんですが、頑張って録りきれたのでよかった。長江さんが素晴らしいところは、エンジニアではあるんですけど、ディレクターとしてディレクションが出来る方であるところです。楽譜も読めるし、音楽的なこと、例えば、和声的なことだったりとか、そういうものもわかってらっしゃるんですね。録音するときに大変なのは、自分が弾いている最中には全体の判断が出来ないときがあることです。そうすると、弾いた後に1回プレイバックを聴いて判断することになって ── 普通のレコーディングのときはそういう風にしているんですけど ── すごく時間がかかるわけです。要するに、弾いた後に同じものを聴くという作業があって、それをやっているとやっぱり10曲とかは1日で録れないんで、ある程度音楽的な判断も長江さんに援けてもらうことが、すごい素晴らしいというか、助かったところの1つですね。これはエスペランサのときもそうだったんですけど。あと、すごく自然な音でいつも録ってくださって、実際に自分が聴いている音にかなり近づけてくださっているなと思っています。これは、いろんな考え方があると思うし、音楽によってもいろいろあると思うんですが、ちょっとフィクションのような音になる場合もあって、実際に鳴っているピアノの音とはちょっと違う、だけど良い音、とかっていう考え方もあると思います。でも、今回の場合はそうではなくて、自分が弾いているときの印象にすごい近いという音をつくってくださっている。あと、今回、ホール録音なんですけど、あまりホール感が出ないようなミキシングになっていて、わりとどこだかわからない感じみたいになっているということを長江さんはおっしゃっていました。

── 口笛が効果的に使用されていましたね。

三枝伸太郎 口笛は同じホールの中では録っているんですけど、ベーシックの3人を録った後に重ねています。

── 音楽の聴き方の主流がサブスクにシフトしている中でアルバムというメディアについてはどのようにお考えですか?

三枝伸太郎 アルバムをCDで出したいなっていう気持ちはあるんですけど、今後、自分のアルバムを作ったときに、フィジカルなものをつくるかどうかというのは結構悩みますよね。今はもうCDを聴いている人がそんなにいなくて、世の中的にそれを求めている人がどんどん減っているので、それは時代の流れかなあ、みたいな。

── むしろLPの方が復権してきている感じです。

三枝伸太郎 (LPは)もしかしたら今の時流にあっているのかもしれないですよね。LPの片面20分で、20分ぐらいだったら割と集中して聴ける長さではあります。あと、レコードだとひっくり返す作業があるじゃないですか。やっぱり、レコードに思い入れがある方は、そういうひっくり返す作業だったりとか、片面20分で両面40分みたいな時間を大事にされるとかあると思うんです。自分はCDの世代で ── 実家にレコード・プレーヤーはあったんですが、あんまりそれで頻繁に音楽を聴くってことはなくて ── CDだと40分は短いなっていう感じですけど…。サブスクとか配信でやる分には、時間の制限がないので、短くても長くてもどっちもできるという意味では、もしかしたら良いのかもしれないですね。僕が凄く好きな現代音楽の作曲家モートン・フェルドマンの弦楽四重奏曲って5時間くらいかかるんですよ(注:弦楽四重奏曲第2番の方)。それで、CDも出ていて僕も持っているんですけど、4枚組とか5枚組とかなんです(注: DVD1枚に音のみをハイレゾ収録というリリースも存在し、それだと曲の途中でのCD交換に煩わされることはない)。だけど、その曲の録音がサブスクにもあって、5時間ぐらいあるんだけど、全く問題なく聴けるわけなんですね。で、(それとは逆に)今の傾向としては作品がどんどん短くなってきているのかなと思います。僕が知ってるとこだと、小田さんがやってるCRCK/LCKS(クラック・ラックス:メンバーは小西遼、小田朋美、井上銘、越智俊介、石若駿)なんかは、最初の頃ずっとEPみたいなサイズのものしか出していなくて、すごい短い作品をある程度短いスパンで出していくみたいな感じだったんで、そういうのが今のはやりなのかもしれないですね。

── 今、コロナがこういう状況なので、聴衆の人数を減らして配信をおこなうというやり方のライヴが増えています。配信についてはどのようにお考えでしょうか?

三枝伸太郎 この前、ツイキャスっていう配信ができるプラットフォームのアカウントを初めて作って、それで(今回のトリオの)レコ発のコンサートを有料配信したんですけど、思いのほか見てくださっている方がいたんです。東京にいない方だとライヴに来ることができないので、そういう人達に選択肢が一つできるというのはいいかなと思うし、今、こういう状況なので、家からあまり出たくない人も見れるっていうのはいいと思います。

── ライヴの配信は、空気を共有する生の音の体験ではないし、録音作品として作りこまれた音源でもない、ある意味で中間的な存在であるわけですよね。

三枝伸太郎 配信をどの程度のクオリティーにするのかっていう意味でいうと、去年の年末にエスペランサの無料配信をやったんですけど、かなり手の込んだ配信にして、そうするとそれなりにコストもかかるので、我々のようなインディペンデントのミュージシャンにとっては、現状、なかなかコストにあわないかなあと思っています。でも、今後、もしかしたら色んなことが改善されて、我々のようなミュージシャンでも気軽にクオリティーのいいものが配信できるっていう可能性はあると思います。納得がいくものを出すっていうところにハードルがあるんですが、今の状況では必要とする人がいるんだったら、(配信を)やることに意味があるかなという感じですね。でも、見に来ていただくのが一番いい音だと思いますけど。

── トリオのアルバムについて他に何かこれだけは言っておきたいことはありますか?

三枝伸太郎 (タンゴの)カヴァーなんでアルゼンチンの人とかにも ── アルゼンチンに限らず世界の人に ── 聴いていただければいいなという気持ちがあります。いつやるかわからないですけど、bandcampとかに出そうかなとは思っています。あと、カヴァーで有名曲がいっぱい入っているので何らかの形で楽譜を出せないかなと。クラシックの人たちがアンコール・ピースとかで演奏するのにちょうどいい長さだと思うんで、わりと使いやすく、しかも、あんまりタンゴくさすぎないっていう感じで、色んな人が演奏してくれたらいいかなと思ったりもしています。まだ動いていないんですが。

── 最近だと、クラウドファンディングでアルバムを制作する場合に、音源以外に楽譜をダウンロードできるリターンが設定されているという形は結構ありますよね。

三枝伸太郎 聴いてくださる方と、楽譜を見て楽器を演奏する方って、また、違うような気もします。その辺はちょっとリサーチしないと分からないところですね。

── 今後、このトリオでのライヴの予定はありますか?

三枝伸太郎 人数が少ないので、エスペランサと比べたら、すごくブッキングはしやすいと思うんですけど、今、情勢がなかなか読めないので、いつやるかなっていう感じですね。

 三枝が音楽を担当したWOWOWのオリジナル・ミュージカル・ドラマ『FM999 999WOMEN'S SONGS』は、海外映画祭でも高評価を受けている映画監督・映像クリエイターの長久允が脚本・総監督を務める全10回からなる連続ドラマである。本年3月26日の初回に続いて全話の放送が完了しているものの、現在はオンデマンドで視聴でき、冒頭で述べたように再放送の予定もある。主人公の高校生を演じる湯川ひなが「女とは?」と悩むと、TARAKOがDJを務めるラジオFM999が脳内に立ち上がって、彼女の悩みに向き合った「女のうた」を毎回3人の女が歌い上げていくという設定で、高校生の現実の生活が突然の異世界的な歌の嵌入により遮断されるという独自のミュージカル仕立ての趣向が斬新だ。第1回から第9回までに合計27人の「女」が登場するわけだが(最終回の第10回についてはネタバレになるので詳しくは触れない)、その人選の個性の幅がとても豊かで豪華である点も話題だった。

── FM999では数多くの歌を一気に書き下ろすことになったと思いますが?

三枝伸太郎 1ヶ月ぐらいで30曲近くを書かなければいけなかったんで、監督と話し合ったときに、そもそも自分が全部やるのかというところから考えました。せっかくだから全部書きたいなと思ったので、曲は全部書かせてもらって、アレンジをいろいろな方にお願いする形になりました。

── 作曲をするに当たっては、それが、自身のアンサンブルのためだったり、クラシック奏者からの委嘱作だったり、劇伴の音楽だったりという様々なシチュエーションによって書き方が変わったりということはありますか?

三枝伸太郎 そんなに変えているつもりはないんですけど、楽譜を書くだけでいいのか、それだけではなくてデモとしてコンピューターで音を作るところもやるかというところで、制作上の違いはあります。コンピューターで音楽をつくるっていうのをあまり本格的にはやっていなかったのですが、FM999では、アレンジャーはそれぞれ違う方ですけど、ある程度の段階までのもの、デモは自分でつくっているので、そういう意味ではすごく新しいことに挑戦したというか…。で、そのきっかけもあって、(DTMを)もう少しちゃんとやってみようかなと思っています。(編集部の)花田さんは、最近、色々とモジュラー・シンセについての情報を(twitterで)あげられているようですが…。

花田(編集部) モジュラー・シンセにはまっていまして、機会があれば、三枝さんのような好きそうな人に、いろんな結果を知ってほしいなと思っています。

三枝伸太郎 そもそも、そういう文化があることを知らなくて、最近、ウェブサイトをのぞいたりしているんです。モジュラー・シンセ、面白いなと。でも、お金はすごくかかりそうだなという。

花田(編集部) とりあえずパソコンでやろうと思えば、モジュラーのソフトがあるので、同じことを大体はできます。凝らなければ…。

── 最後に、今後の新たなプロジェクトなどがあれば教えてください。

三枝伸太郎 年内に出せればと思ってもう一つ作品を録音しました。ヴィオラとアナログ・シンセのデュオになります。この作品をつくるためにコルグのMS20を買ったんですよ。まだミックスはこれからで、いつ出せるかわからないんですが。

(ラティーナ2021年9月)

◆ライヴ情報◆
三枝伸太郎 Orquesta de la Esperanza
9/27(月) Open 19:00 / Start 19:30
@渋谷公園通りクラシックス
 三枝伸太郎(p)
 北村 聡(bn)
 吉田 篤(vln)
 会田桃子(vln)
 吉田篤貴(vla)
 島津由美(cello)
 西嶋 徹(b)
 相川 瞳(per)
 小田朋美(vo)
 (9人編成)
予約¥5,000 当日¥5,500
ご予約&お問い合わせ
09099411921    pianohouse.mmg@gmail.com

続きをみるには

残り 0字

このマガジンを購読すると、世界の音楽情報誌「ラティーナ」が新たに発信する特集記事や連載記事に全てアクセスできます。「ラティーナ」の過去のアーカイブにもアクセス可能です。現在、2017年から2020年までの3.5年分のアーカイブのアップが完了しています。

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…