[2022.3] 春に観たい映画5選 ⎯⎯ 春の光がさす街に出て、心湧き立つ映画を観に行こう!
春に観たい映画5選
春の光がさす街に出て、心湧き立つ映画を観に行こう!
文● 圷 滋夫(映画・音楽ライター)
コロナ禍の重苦しい空気に世の中が覆われてから、早くも丸2年が経つが、まだまだ先は見えてこない。それでもライヴや舞台、映画などのエンターテインメントは一律中止ということではなく、それぞれのルールで対応しながら、少しずつ日常の中で楽しむことが出来るようになってきている印象だ。来日公演が無いのは寂しいのだが……。
そろそろ冬の寒さも緩んで春の陽射しが感じられるようになってきたこの頃、心がほっこりしたり、わくわく浮き立ったり、未知の経験を体感出来る作品を、いくつか集めて紹介しよう。
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まずは先週末から公開されている3本から。昨秋に惜しくも亡くなったロジャー・ミッシェル監督(『ノッティングヒルの恋人』『ブラックバード 家族が家族であるうちに』)の遺作『ゴヤの名画と優しい泥棒』は、当時世界にセンセーションを巻き起こしたフランシスコ・デ・ゴヤの名画盗難事件を巡る、後に“泥棒”の遺族によって明かされたまさかの実話を映画化したものだ。
1961年のロンドン、高額で購入され公開が始まったばかりのゴヤの「ウェリントン公爵」が国立美術館(ロンドン・ナショナル・ギャラリー)から盗まれる。ロンドン警視庁は国際的な犯罪組織の関与を示唆するが、それは元タクシー運転手の年金受給者が、イギリス政府に要求する身代金で多くの孤独な高齢者を助けるための犯行だったのだ。そしてその裏にもう一つの秘密が隠されていた……。
偏屈で正義感の強い運転手の人物像が絶妙で、演じるジム・ブロードベントとその長年連れ添った妻を演じるヘレン・ミレンという、イギリスが誇るオスカー俳優同士のやり取りは、小粋な落語の人情噺のようだ。息子との会話やスリリングな法廷場面も含め随所にウィットに富んだ笑いで社会を風刺しつつ、社会的弱者に対する温かな眼差しを感じさせるのはケン・ローチの諸作にも通じるだろう。そのローチ作品でもお馴染みのジョージ・フェントンが担当した音楽が、原題の『THE DUKE』からの連想なのか、デューク・エリントンにも似たビッグバンド・サウンドで気分を上げてくれる。
そして夫婦が内に秘めた家族の繊細な歴史と当時の社会情勢への庶民の怒り(それは今の日本とも地続きで、彼の行動は我々にも切実な希望となるだろう)を絡めながら、巧みなストーリーテリングでコンパクトに描く監督の手腕は流石で、鑑賞後には爽やかな幸福感で満たされるだろう。ちなみに “DUKE” は貴族の位の “公爵” で、盗まれた絵画「ウェリントン公爵」を指すと同時に、イギリスの階級社会とその階層間の分断に思いを至らせる秀逸なタイトルだ。
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