【松田美緒の航海記 ⎯ 1枚のアルバムができるまで②】 『Pitanga!』 ⎯ 赤い実に魅せられて東西奔走⎯
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【松田美緒の航海記 ⎯ 1枚のアルバムができるまで②】 『Pitanga!』 ⎯ 赤い実に魅せられて東西奔走⎯

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(photo by Saori Tsuji)

⎯ ◼️お知らせ 松田美緒の最新作『La Selva』がLP化されます! ◼️ ⎯

『La Selva』 12inch LP is set to release on April 23.2022 for RECORD STORE DAY JAPAN


南米のレジェンド、ウーゴ・ファトルーソと海を越えて制作したアルバム『La Selva』がアナログ化決定!世界同時開催のレコードの祭典の日RECORD STORE DAYの限定盤としてリリース。 以下のリスト掲載のレコードストアもしくはアーティストのライブイベント等にて、4/23 0:00より購入可能です。
https://recordstoreday.jp/store_list/


Pitanga!
⎯ 赤い実に魅せられて東西奔走 ⎯

文●松田美緒

松田美緒『Pitanga! 』(2006年) (photo by Saori Tsuji)

 私の目標だったアンゴラの歌手ヴァルデマール・バストスのアルバムに『Pitanga Madura』というのがあって、彼に「ピタンガって何?」と聞いたら、「とっても美味しい果実なんだ、アンゴラで学校の帰り道によく食べた故郷の味だよ」と答えた。それからブラジルで1作目を作った後、レシフェのカルナヴァルに行った時だったか、ピタンガの木と初めて出会い、その果実を食べた。甘酸っぱくてなんとも言えない甘みと、ヴァルデマールの話していた故郷の味というのが交差して、途端に魅せられてしまった。それからピタンガに関することはなんでも知りたくなった。アマゾン原産、トゥピ語で「赤い実」を意味して、バイーアではアフリカ起源の宗教カンドンベと深いつながりがあり、嵐の女神イヤンサンの供物だという。イヤンサンの色は赤色だからで、儀式ではピタンガの葉が敷きつめられるのだという。バイーアの文豪ジョルジ・アマードの作品にも魔法の実としてピタンガが出てくる。カエターノにも話を聞いたら、ピタンガの葉はクリスマスには戸口に飾られ、ピタンガというとクリスマスを思い出すのだという。トゥピ族の実がアフリカの信仰と結びつき、バイーアの風物詩になり、アンゴラにもたらされ故郷の味になっていることが、大西洋の歴史と混淆の象徴のように思えた。

ピタンガの実
奥の教会が、ホザリオ・ドス・プレトス教会

 ピタンガの赤に魅せられた、いや取り憑かれた私はサルヴァドールの黒人たちが100年かけて造ったホザリオ・ドス・プレトス教会で、それまたイヤンサンの日である水曜日に、黒い聖人像に涙を流し、これは何か前世からの因縁があるに違いない、と教会の門番に「誰かパイ・ヂ・サント(カンドンブレの儀式をする人)に連れて行って」と頼んだ。すると、怪しい呪術師、それも黒も白もやる赤魔術師の家に連れて行かれた。太った呪術師は一通りトランスしてから宝貝を投げ、私の頭を統べるのはイヤンサンで、全ての母である海の女神イエマンジャーも守っていると言う(他のところでは他のことを言われたのでどこまで本当かは不明)。赤色に突進していく闘牛にようになっていた私は、かくなる上はピタンガとともに行くとこまで行ってしまおう、と作ったのがこのアルバム。

 音楽的に、ブラジルの北東部(ノルデスチ)の豊かで底知れない音楽、数え切れない躍動的なリズムがベースになっている。レシフェのカルナヴァル、バイーアでの日々、女神たちへの祈り……。そして、2002年に出会ったハンガリーのロマの音楽家族とブラジルのノルデスチが自分の中で共鳴していた。私はその家族に音楽とは何かを教えてもらい、ママには「あんたは私たちよりジプシーね」と言われていた。知られていないけれど、南米でロマが果たした役割は大きいと思う。ファドの最初の頃の文献にも、ファドはブラジルでロマが踊っていたとされるし、レシフェのカルナヴァルのフレーヴォの信じられない管楽器のスウィングと早弾きに、バルカン半島のロマを思い出す。それで、真冬のハンガリーでも録音することになった。「Romaria(巡礼)」ままさにそのため。「愛の歌」はベーシスト、ペーター・オラーのベースソロに日本語をつけたもの。

ハンガリー、ブダペストの録音メンバー

 そのあとの真夏のブラジルでの録音は1作目と同じくサンタ・テレザで行った。タイトル曲がないのはどうかと思って、録音中に作った「Pitanga!」ではジョアン・リラがシューラとマラカトゥというリズムを弾いてくれ、冒頭ではバイーアの親友のヴィヴィーナがピタンガを語ってくれている。海の女神イエマンジャーに捧げる歌がある時ふっと胸に降りてきて、その祈りで始まり終わるようにした。その祈り「オラソン」はバイーアの友人たちが2月2日のイエマンジャーの日に海辺で歌ってくれている。前作に続いてヴィラ=ロボスは入れたくて、「メロヂア・センチメンタル」はトニーニョ・フェッハグチとの幻想的なデュオになった。「Mãe Preta(黒き乳母)」はアマリア・ロドリゲスが歌ったファドとして知られる「Barco Negro(暗いはしけ)」の原曲。これをやりたいと言ったら、悲痛な歌詞が飛んでいくようなとても明るいノルデスチ風になった。「Paraiba」は生田恵子さんがビクターで60年代に録音したバイアォン。実は戦後、こうした音楽が日本にリアルタイムで入ってきたのだ。都合上、他の作品から音源も入れているから、曲目はしっちゃかめっちゃかしているけれど、遠隔で制作ができる今は、じかに音楽に触れ、土地に触れ、取り憑かれながらでも作る、こんな録音はなかなかできないだろうなと思う。

・追記
 リオでカエターノにアルバムを届けたら、大女優へジーナ・カゼーのパーティに連れて行ってくれて、みんなで食事した時に音源をかけてくれたけど、緊張のあまりご飯を味わえなかったなり。

(ラティーナ2022年3月)

(photo by Saori Tsuji)


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