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[2025.1]【映画評】『アンデッド/愛しき者の不在』〜メランコリックな北欧ホラーに潜む人間存在の深遠なドラマ

『アンデッド/愛しき者の不在』
メランコリックな北欧ホラーに潜む
人間存在の深遠なドラマ

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文●あくつ 滋夫しげお(映画・音楽ライター)

『アンデッド/愛しき者の不在』
2025年1月17日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国公開
配給:東京テアトル
©MortenBrun

 家を出て歩きだした初老の男を、カメラは異様に高い位置から捉える。しかしすぐに男から離れてその先に広がるオスロの街全体を、まるで(ビルの上に立ったブルーノ・ガンツのような)神の視線でゆっくりと舐めてゆく。そこに木々のざわめきや鳥の鳴き声が重なり、やがて別の建物に入ってゆく男を、印象的な構図の中で再び見つめる。何気ない曇天の情景からどことなく不穏な雰囲気が滲み出るこの映画の冒頭の描写に、本作が長編デビュー作というテア・ヴィスタンダル監督の才気を感じるとともに、物語のその先の展開に対する期待が大いに高まる。そしてこの居心地の悪い不安と期待は、序盤でこの街に起こるスピリチュアルな超常現象までじわじわと高まってゆく。

 タイトルの “アンデッド” とは、生ける屍のことだ。本作では原因不明の現象によって三人の死者が生き返るが、作品のスタイルはいわゆる “ゾンビもの” とは全く違い、目を背けたくなるような場面はあるものの、定番の血肉が飛び散るような殺戮はほぼ描かれない。また生き返った三人の家族やパートナーが交差することはなく、目の前に再び現れる愛する者と対峙した時に、それぞれが示す異なった反応に観客は思いを馳せることになる。そもそも三人は息を吹き返したもののほとんど動かず、何も話さないので感情をはっきり読み取ることが出来ない。そこには当然喜びもあるが、同時に戸惑いや葛藤も生まれ、本作はそんな異様な事態に直面した人々の心の動きを追ってゆく。

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