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[2021.06]【島々百景 第61回】 ベレン ブラジル【文と写真 宮沢和史】

文と写真●宮沢和史

 歌や踊り、エイサーの演舞など、沖縄の伝統芸能・行事を現代的にアレンジし、若手の歌い手や踊り手達とともに複合的な舞台を作り上げ、海外で暮らす沖縄系日系人たちやホスト国の国民に披露したいと、一昨年の2019年から準備をし始め、2020年の秋には具体的にブラジル・アルゼンチン・ペルー・ボリビアの都市を周ろうと計画していたのだが、COVID-19の世界的大流行によって頓挫をきたした。南米を何度も何度も旅してきた自分にとってこのプロジェクトはひとつの集大成であり、今後も展開させていきたいと思っていただけに落胆を隠せない。しかし、多くを引き連れて南米を旅するという状況が今はどうにも想像しがたい。一年半もの間、人々が行き交わない世界なんて以前なら全く想像できなかったし、想像しようとも思わないわけだが、今となっては多くの人が一斉に地球上を馳け廻る姿が全くイメージできないから不思議だ。

 感染者数や死者数の増大に苦しんでいたはずのアメリカやイギリスの昨今を見ているとワクチンの有効性というのは火を見るより明らかだが、なんで我が国は一年半もの時間があったにも関わらず、自前のワクチンが開発できなかったのだろう? サリドマイド事件など薬害事件の経験がトラウマとしてあるからだろうか? 1960年から日本ではポリオウイルスによる小児麻痺が社会問題になっていて、4年後に迎えようとしている東京オリンピックへの悪影響を食い止める意味でも早急にこれを克服する必要があった。当時、国産の生ワクチンはまだ存在せず、早急に輸入しくてはならない状況に陥ったが、海外のワクチンを国内で承認するには当然充分な時間と労力が必要になる。当時の厚生大臣、古井喜実氏は責任をすべて独りで負う形でソビエト連邦から1300万人分のワクチンを輸入し、充分な承認がないまま、これを使用しポリオに打ち勝ち、オリンピックを開催への道を開いた。大変危険なカケではあるが、厚生大臣の判断によって、多くの国民の命は救われ、国家の威厳が保たれた格好だ。さらにオリンピックの年の開催前に集団赤痢とコレラが発生したが、日本政府は水際である空港や東京湾で働く人、地域住民らに予防接種を受けさせ、赤痢の集団感染も封じ込め、なんとかオリンピック開催にこぎつけた。当時、このオリンピックが持つ意味合いというのは敗戦国が復興し、先進国の仲間入りをしようとする国家新体制のお披露目の祭典であっただろうから、このような病気が蔓延する島国であると印象付けることは何がなんでも避けたかっただろう。早急に判断し、必死に行動した政府のこの対応を要するに “危機管理能力” と呼ぶわけで、いくら薬害問題のトラウマがあるとはいえ、ものづくり日本をうたう我が国がこの一年半で新型コロナワクチンを開発できず、しかも、オリンピックの2ヶ月前になって海外のワクチンをようやく承認している現状が情けないし、心底悲しい…。いつからこんな腑抜けた国家に成り下がったのだろう?

 去年南米での感染者数が深刻になっていく様子を見て「南米プロジェクトは3年以上先になるだろうな」と感覚的に思った。アルゼンチンはどこよりも先にロックダウンし、長期にわたって生活規制を敷いたにも関わらず、2020年の秋にかけて増加し、2度谷間はあったものの今年の3月頃からまた急増している。ブラジルの感染者数は高止まりしていて予断を全く許さない。とはいえ、アメリカ合衆国やイギリスのようにワクチン接種が盛んな国の1日ごとの感染者数グラフは急激に右肩下がりに移行している。もしかしたら2023年には南米プロジェクトツアーが実現できるかもしれない、と一縷の望みを抱いている。来年の2022年に世界中の沖縄系日系人が沖縄に里帰りする大規模なイベント “世界のウチナーンチュ大会” が開催される予定であるから、その時の日本と海外、特に南米諸国との相互関係を体感すれば、しかるべき時期が見えてくるように思う。コロナ後のエンターテインメントの世界では華やかな舞台活動が再開できる日を心待ちにしている演者たちがコロナ禍において創作し、修練したものを大いに発揮し、以前にも増して良いパフォーマンスを披露することが大いに期待できるが、それを取り巻く環境はかなり疲弊しているのではないかと危惧している…。

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