[2022.11] Bs. As. Tokyo Connection 2022 ~ブエノスアイレスと東京を結ぶ、新たなシーンへ~
文●斎藤充正
アストル・ピアソラの孫であるドラマー、ダニエル・ピピ・ピアソラらとのエスカランドゥルムや、バンドネオンのルシアーノ・フングマンらのラ・カモーラ、自身のセステートやトリオ、そしてアストル・ピアソラ財団キンテートなどで活躍を続けてきたピアニストでアレンジャー、コンポーザーのニコラス・ゲルシュベルグ。
片や、5人組ユニットのLAST TANGOを率い、幅広いジャンルのアーティストたちとも共演を続けるヴァイオリン奏者の柴田奈穂。昨2021年12月には、座・高円寺2にて総合プロデュースを手掛けたピアソラ生誕100周年記念の歌劇『ブエノスアイレスのマリア』を上演し、その模様は2023年1月22日にCDとしてのリリースも予定されている(今回の会場で先行発売されるそのアルバムを一足先に聴いたが、演奏も音質も極上)。
そんなふたりの出会いは2015年9月。柴田がLAST TANGOのセカンド・アルバム録音のためブエノスアイレスを訪れた時のことだ。ゲルシュベルグはアルバムにもゲスト参加、以後も互いに交流を深め、2017年5月にブエノスアイレスでデュオ・アルバム『Bs. As. Tokyo Connection』を録音(うち3曲にはバンドネオンでゲルシュベルグの弟のアレハンドロ・ゲルシュベルグが参加)。そしてアルバムのリリースに合わせて、キンテート(五重奏)編成で11月に国内4か所での公演も行われた。
あれから5年、再びキンテートによる『Bs. As. Tokyo Connection 2022』が実現の運びとなった。参加メンバーはゲルシュベルグ、柴田のほか、早川純(バンドネオン)、鬼怒無月(ギター)、西嶋徹(コントラバス)。西嶋以外は前回と同じメンバーである。また、名古屋では歌手のロベルト杉浦も加わるなど、一部公演にはゲストも登場する。
5年前とはどのような違いがあるのか、今回のコンセプトはどういったものなのか、ふたりに話を聞いた(メールによるインタヴュー)。
ゲルシュベルグ「今年のコンセプトは、アストル・ピアソラ生誕100周年(昨年はCOVIDの関係で開催できなかった)を記念し、21世紀の現在のタンゴのコンセプトを、オリジナル曲と現在のサウンドで掘り下げ続けることです。前回との違いは、この5年間でお互いがタンゴを進化させ、調べ続けてきたことで、人間としても音楽家としても変化してきたことだと思います」
柴田「前回はお試しで一回やってみようという要素が強かったんですが、今回はもう少し踏み込んでいます。前回と一番違う点は、明確にニコラスに音楽監督の肩書きを担ってもらったことです。ニコラスは各地で音楽監督としての実績がありますし、そのことでメンバーに遠慮なく要求しやすくなること、ニコラスがサウンドに責任を持ってくれることにより、バンドのカラーがはっきりし、緊張感の高いステージがやれる、メンバーもニコラスと一緒にやる喜びを味わえると思いました。キャッチコピーにもあるように、ブエノスアイレスと日本の架け橋となるものが作れないかと思っており、今後とも何らかの形で繋いでゆければと考えています」
デュオでなくキンテートという編成を選んだ理由については。
ゲルシュベルグ「キンテートは、デュオと比べてアンサンブルの概念を広げることができます。もちろんアストル・ピアソラのキンテートという先例は、私たちにとって避けて通れない参考文献です。また、他のミュージシャンと交流することで、より豊かな体験ができます。キンテートは小さなオーケストラのようなものです」
柴田「キンテートにした理由は、ピアソラからの影響があることはもちろんですが(ピアソラの曲も演奏します)、そのほうが音楽がより拡大するだろうと思ったことと、キンテートにすることで、シーンが作りやすいと思いました。今回のコンセプトは、ピアソラ没後30年から繋げて聴いていただける、ニコラスと作る新しいバンド・サウンドです。そこにはジャズの要素が入ってくると思います。ピアソラの曲はオーソドックスな形でやって本場のサウンドを楽しんでいただき、そこから次の世代のニコラスの音楽に繋げていき、それが日本でも広がることを楽しみたいです。ニコラスのオリジナル曲と私の曲も少し混ぜつつやる予定です」
ふたりはお互いのことをどう認識しているのだろうか。
ゲルシュベルグ「素晴らしいヴァイオリニストであり、作曲家です。日本で最も優れたタンゴ音楽家の一人であることは間違いなく、優れたプロデューサーでもあります。将来的には日本とアルゼンチンの両方で、一緒にコラボレーションやプロジェクトを続けることができればと願っています」
柴田「素晴らしい作曲家であり、偉大なピアニストで尊敬すべきアーティストです。また、友人としての側面も大きいです。日本での音楽活動を楽しんで欲しいし、日本でフィールドを広げてくれることを望んでいます!」
ピアソラについても改めて訊いてみた。
ゲルシュベルグ「私はピアソラから多大なるインスピレーションを受けました。世界的に見ても、自分自身のタンゴを作るために闘い、唯一無二の革新を行った作曲家として尊敬しています。彼はその天才的な才能と個性で、伝統的なタンゴの型をすべて打ち破ったのです。彼は世界で最も有名な音楽家の一人であり、タンゴが持つ最も偉大なバンドネオン奏者です」
柴田「ピアソラはタンゴの中で変異株ながらも、リズムなどやはりタンゴの流れを組んでいる部分が大きいと感じています。曲の構築、作曲においては、他ジャンルの影響も強く感じます。ピアソラにはあって他のタンゴにない魅力を言葉にするのは難しいですが、“破滅へ転がり落ちていくときの愉悦感”のようなものを内包していることだと思います。また現在の状況から“突き抜けてゆくスピード感”もあります(例えば私の中で『五重奏のためのコンチェルト』は前者、『アディオス・ノニーノ』は後者です)。他のタンゴにも、愉悦感もスピード感もあるのですが、その種類が違うとでも言いますか。曲が内包している感情のスピード感が違うと感じています。これが他のタンゴにない大きなピアソラ・イズムとなっていると思います。この部分を感じて演奏するかしないかで、その人の中にピアソラがあるかないかが決まる気がしています」
最後にそれぞれ、現在進行中のプロジェクトや、今後の計画について。
ゲルシュベルグ「私はエスカランドゥルムと、23年以上にわたって15枚のアルバムと数え切れないほどのコンサート・ツアーを共にしてきました。最近は、バンドネオンと弦楽五重奏(ピアノ付き)のための自作アルバムを録音したり、自分のジャズ・トリオ(最近ライヴ・アルバムを出しました)でも永続的な活動をしています。昨年12月にはリシャール・ガリアーノとコルシカ島でツアーをしましたし、ピアソラの作品を中心にピアノ・ソロのコンサートを行っており、将来的にはレコーディングも行う予定です」
柴田「上々颱風出身の歌い手、白崎映美さんに『ロコへのバラード』を歌って欲しいと始めたプロジェクト『Tango de Gente(人々のタンゴ)』があります。これは、本格的なタンゴ・ミュージシャンでがっつり固めてタンゴ・サウンドを展開するのですが、それをより大衆化するためのつなぎ目が映美さんという存在になります。ポップスやロックと同じようにタンゴを楽しめるものとして定着させたい狙いです」
ピアニスト、音楽監督のニコラス・ゲルシュベルグ出演
2022年 ルナパーク(ブエノスアイレス)ピアソラ100コンサート
「エスカランドゥルム」ニコラス・ゲルシュベルグ ピアノ・編曲
(ラティーナ2022年11月)
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