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[2022.11]【中原仁の「勝手にライナーノーツ」㉘】 Russo Passapusso, Antonio Carlos & Jocafi 『Alto da Maravilha』

文:中原 仁

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 まだ地元バイーアでもオルタナティヴな存在だった2013年夏に初来日、フジロックに出演し東京でもライヴを行なった、バイアーナシステム。2017年、バイーアのカーニヴァルで大ブレイク、今ではバイーアのアフロ・ミクスチャー・ポップをリードする存在のバンドとなった。

BaianaSystem 2013/7/29 at 渋谷WWW

 バイアーナシステムの頼もしいフロントマンが、来日公演でも抜群の声の存在感を発揮していたフッソ・パッサプッソ(1983~)。2014年、初のソロ・リーダー作『Paraíso da Miragem』を発表(「2014年ブラジル・ディスク大賞関係者部門9位)。そして2022年11月7日、バイーアのレジェンド2人組、アントニオ・カルロス&ジョカフィとの完全ジョイントによる新作『Alto da Maravilha』をデジタル・リリースした(11月発売のため「2022年ブラジル・ディスク大賞」投票の対象外)。
 
 アントニオ・カルロス(1945~)、ジョカフィことジョゼ・カルロス・フィゲレード(1943~)は、共にサルヴァドール生まれのシンガー・ソングライター。60年代末にコンビを結成し、71年に「Você Abusou」が国内外で大ヒット。全盛期は70年代だが現在まで活動を続けている。フォーキーな要素とアフロ・バイーアの音楽をミックスし、西アフリカ伝来の言葉を巧みにメロディーに乗せたサウンドは、マルセロ・D2などのサンプリング源としても使われた。

Antonio Carlos e Jocafi 2022 

 フッソ・パッサプッソはサルヴァドールのレコード店で働いていた頃からアントニオ・カルロス&ジョカフィのファンで、2017年、バイアーナシステムのライヴに2人を招き、『O Futuro Não Demora』(2019年)では2人を含む大勢で共作した曲「Água」を、ジョカフィの歌をゲストに迎えて録音。もう1曲の共作「Salve」にはBネガォンが参加した。

「Água」
BaianaSystem, Antonio Carlos & Jocafi, Orquestra Afrosinfônica

 その頃から制作を始め、ついに完成した『Alto da Maravilha』は全曲、アントニオ・カルロス&ジョカフィ(以下ACJと表記)のオリジナルで、13曲中10曲がフッソとの共作だ。フッソの初ソロに続き、サンパウロの才人クルミンらがプロデュースしている。参加したミュージシャンの中には大御所のパーカッション奏者、ジャルマ・コヘーアもいる。
 
 アルバムは、アフロビートも取り入れた「Aperta o Pé」で始まる。フッソがACJを迎えた本作への意気込みがストレートに伝わる。
 
「Alabá」以降、カンドンブレの儀式での歌など西アフリカ伝来の言葉が歌詞に登場。ポストモダンな音づくりのボトムを、ACJの音楽性と言語感覚が支えている。
 
「Pitanga」はバイーア風味のサンバソウルで、自然環境がテーマ。アルバムのジャケットの絵は、この曲のミュージック・ヴィデオの一部だ。

「Pitanga」Russo Passapusso & Antonio Carlos & Jocafi 

 「Veneno」でのフッソの節回しには、彼が敬愛する故シコ・サイエンスからの影響が聴き取れる。
 
 「Vapor da Cachoeira」は中間部のハイライト曲。ヘコンカヴォ・バイアーノ(バイーア・ヂ・トードス・オス・サントス湾岸地域)の町、サンバ・ヂ・ホーダの伝統があるカショエイラがテーマで、冒頭の子供たちの歌声や中間部のコーラスの歌詞の起源がサンバ・ヂ・ホーダだ。メロディは異なるが「Marinheiro Só」の歌詞も引用している。ヘコンカヴォ地域のさらに内陸の町、フェイラ・ヂ・サンタナ生まれのフッソにとっても、サンバ・ヂ・ホーダは近しい音楽だったのだろう。
 
 「Forrobodó」では、バイーアにおける北東部音楽を代表する歌手・吟遊詩人、ブーリ・ブーリことアントニオ・ヒベイロ・ダ・コンセイサォンをフィーチャーする。リズム、サウンドとも低域を強調。時おりマンギビートがオーヴァーラップしてくる。
 
 ロック色を強めたメッセージ・ソング「Tapa」、ACJとクルミンが共作した「Ponta Pólen」と続いたところで、これぞACJ!な「Mirê Mirê」。バイアーナシステムとの共演ライヴ・アルバムもあるジルベルト・ジルがゲスト参加、先行シングルでリリースされた。昔からACJの歌で聴いていたような気になる曲だ。これもハイライト・トラック。
 
 「Truque」では、ACJがマリア・クレウザ(アントニオ・カルロスの元夫人)との共演で70年代に録音した曲「Diacho de Dor」でのコーラスをサンプリングしている。
 
 「Olhar Pidão」には、バイーアで生まれレシーフェで育ったポスト・マンギビート世代のカリーナ・ブールが参加して歌う。
 
 コメントをはさんで最後の「Catendê」は、ACJの原点とも呼べる曲、そして歌声。2人が大活躍していた時代から約半世紀後も、彼らが今を生きていることが伝わるエンディングだ。
 
 親子世代を超えたACJとフッソ・パッサプッソのコラボレーション、いやこれはもう、新たなトリオの誕生と言っても良いかもしれない。このトリオはアルバムのリリース・ライヴを行ない、11月13日にはサルヴァドールで開催された音楽フェスに出演した。
 


(ラティーナ2022年11月)


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