[2021.08]本日はウィルソン・ダス・ネヴィスの命日【ブラジル音楽の365曲】[8/23〜8/29]
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[2021.08]本日はウィルソン・ダス・ネヴィスの命日【ブラジル音楽の365曲】[8/23〜8/29]

文:花田勝暁(編集部) 

8月27日「O Samba É Meu Dom」

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 8月27日は、ドラマー / 作曲家 / 歌手として、皆に、特に音楽家から愛された音楽家、ウィルソン・ダス・ネヴィス(Wilson das Neves|1936年6月14日 - 2017年8月27日)の命日です。4周忌です。エスコーラ・ヂ・サンバ、インペリオ・セハーノのメンバーとして、サンバ・シーンの名手たちとも、活動を共にしました。

 プロのドラマーたちからドラムを学び、音楽理論の授業も受け、音楽家を目指したウィルソン・ダス・ネヴィスは、テレビ局お抱えのオーケストラに10年間参加した後、1964年にバンド「Os Ipanemas」(メンバー:Wilson das Neves、Astor Silva、Neco、Rubens Bassini、Marinho)を結成し、同年にアルバムを録音。1965年には、音楽理論を一緒の授業で学んだモアシール・サントス(Moacir Santos)のアルバム『Coisas』に参加しています。1968年には、エルザ・ソアレス(Elza Soares)とアルバム『Elza Soares Baterista: Wilson Das Neves』をリリース(すごいアルバム名!)。
 翌1969年に、初のソロアルバム『Som Quente É o Das Neves』をリリースしました(1976年にも同名のアルバムを発表したが、内容は別もの)。1970年にもソロ作『Samba Tropi - Até Aí Morreu Neves』をリリース。

 そのキャリアを通じて、ブラジルのポピュラー音楽界で最も重要な人物たちと録音を残してきました。
 シコ・ブアルキ、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、マリア・ベターニア、ガル・コスタ、ナナ・カイミ、カルトーラ、カンデイア、ホベルト・ヒベイロ、ジョアン・ノゲイラ、マルチーニョ・ダ・ヴィラ、クララ・ヌネス、ベッチ・カルバーリョ、エリゼッチ・カルドーゾ、エリス・レジーナ、エグベルト・ジスモンチ....などなどなど。
 1990年代後半からは、ビッグバンドの「オルケストラ・インペリアル(Orquestra Imperial)」にも参加していました。

 1996年に発表したアルバム『O Som Sagrado de Wilson das Neves』では、最も親密だった作詞家のPaulo César Pinheiro(パウロ・セザール・ピニェイロ)とタッグを組み、楽曲を制作しています。このアルバムで、歌手として賞も受賞しました。

 2013年からは、ラッパーのエミシーダ(Emicida)との親密なコラボレーションするようになっていました。2016年のリオのオリンピックの開会式にも登場しました。

 2017年8月27日に、長年の癌との闘病生活の末、亡くなりました。81才でした。

O samba é meu dom
Aprendi bater samba ao compasso do meu coração
De quadra, de enredo, de roda, na palma da mão
De breque, de partido alto e o samba-canção
 サンバは私のギフト
 ハートのリズムに合わせてサンバを叩くのを覚えた
 練習場に合わせて、エンヘードに合わせて、ホーダに合わせて、手拍子に合わせて
 サンバ・ヂ・ブレッキに合わせて、パルチード・アルトに合わせて、サンバ・カンサォンに合わせて

O samba é meu dom
Aprendi dançar samba vendo um samba de pé no chão
No Império Serrano, a escola da minha paixão
No terreiro, na rua, no bar, gafieira e salão
 サンバは私のギフト
 サンバに合わせて足を動かすサンバ・ヂ・ぺを見てサンバを踊るのを覚えた
 私の心の炎であるインペリオ・セハーノで
 広場で、ストリートで、バーで、サンバ・パーティーで

O samba é meu dom
Aprendi cantar samba com quem dele fez profissão
Mário Reis, Vassourinha, Ataulfo, Ismael, Jamelão
Com Roberto Silva, Sinhô, Donga, Ciro e João Gilberto
 サンバは私のギフト
 サンバを歌うのを職業にした人たちから習った
 マリオ・ヘイス、ヴァソウリーニャ、アタウルフォ、イズマエル、ジャメラォンから習った
 ホベルト・シルバ、シニョー、ドンガ、シロ、ジョアン・ジルベルトから習った

...

「O Samba É Meu Dom」(作詞作曲:Wilson Das Neves、Paulo César Pinheiro)


8月26日「Rio Amazonas(アマゾン川)」

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 8月26日は、ドリ・カイミ(Dori Caymmi)の誕生日です。まず、彼のバイオグラフィーを紹介します。

 1943年8月26日、リオ生まれで、今日で78歳です。作曲家、アレンジャー、ギタリスト、歌手。父は、ドリヴァル・カイミ(Dorival Caymmi)。ドリヴァル・カイミの3人の子どのの中では真ん中、ナナ・カイミ(Nana Caymmmi)の弟で、ダニーロ・カイミ(Danilo Caymmi)の兄。

 子どもの頃は、ピアノを習い、音楽理論や調性のレッスンを受けていました。ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)、バーデン・パウエル(Baden Powel)、バーニー・ケッセル(Barney Kessel|米国人ギタリスト)、それに父のドリヴァル・カイミの演奏を聴いて、独学でギターを習得しました。編曲の面では、トム・ジョビン(Tom Jobim)、ルイス・エサ(Luiz Eça)、エウミール・デオダート(Eumir Deodato)らのアレンジを得意としていました。

 演劇の分野では、『Opinião』、『Arena Conta Zumbi』(1965年)、『Calabar』、『Gota d'Água』の音楽監督を務めています。

 多数のソロアルバムを発表しており、『Dory Caymmi(1972年)』、 『Dori Caymmi (1980年)』、『Dori Caymmi(1982)』の3枚のアルバムをブラジルで録音。セルジオ・メンデス(Sérgio Mendes)と仕事をするようになり、1989年にアメリカに移住し、アメリカで『Dori Caymmi (1988年)』、『Brazillian Serenata(1991年)』 、『Kicking Cans(1992年)』、『If Ever(1994年)』(最後の2作は、クインシー・ジョーンズのレーベル、Qwest Recordsからのリリース)をリリース。

 その後、1997年に『Tome Conta de Meu Filho, Que Eu Também Já Fui Do Mar...』、『Cinema: A Romantic Vision(1998年)』、『Influências(2001年)』、『Contemporâneos(2003年)』、『Mundo de Dentro(2010年)』、『Poesia Musicada(2011年)』といったアルバムをリリース。この後のアルバムでは、父の曲や、先人の作曲家の作品をカバーしました。

 アレンジャーとして、トム・ジョビンには「Águas de Março」と「Matita Perê」(いずれもアルバム『Matita Perê』(1973年)に収録))で貢献。シコ・ブアルキ(Chico Buarque)、マリア・ベターニア(Maria Bethânia)、ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)、エドゥ・ロボ(Edu Lobo)、エリス・レジーナ(Elis Regina)に、姉弟のナナ・カイミ、ダニーロ・カイミらのアルバムでもアレンジを行なってきている。テレビ番組にも数々の音楽を提供してきました。

 2002年には、パウロ・セーザル・ピニェイロと共作した「Saudades de Amar」でラテングラミーの最優秀ブラジリアン・ソング賞を受賞。2004年には、姉弟のナナ・カイミとダニーロ・カイミと録音した『Para Caymmi 90 anos』で、同賞の最優秀サンバアルバムを受賞しました。

 ドリ・カイミは、エドゥ・ロボ(Edu Lobo)や、Marcos Valle(Marcos Valle)、フランシス・ハイミ(Francis Hime)らと並んで、ボサノヴァの第2世代のミュージシャンの1人です。ドリヴァル・カイミの息子であるドリは、父親や、トム・ジョビンのような家に出入りしていた音楽家から影響をうけました。ドリ・カイミは、ギタリスト、プロデューサー、作曲家として活躍する多才な音楽家です。

 研究者のジュリオ・セーザル・サマルサロ(Júlio César Smarçaro)によると、ドリ・カイミの作品は3つの時期に分けられます。

 第1期(1972 - 1982年)は、自身の名前を冠した最初の3枚のアルバムを制作した時期で、メロディ、歌詞、ハーモニーの構成やオーケストラのアレンジにボサノヴァ的な美学が感じられる曲があります。1972年に発表された「Minha Doce Namorada」や「Depois de Tanto Tempo」といった曲がそうです。
この時期のもう1つの特徴は、ミナス出身のクルビ・ダ・エスキーナ一派の影響を受けた曲作りで、モーダルなハーモニーや、弦を緩めたギターの変則チューニングを用いています。これは、「O Cantador」、「Lenda」、「Evangelho」という曲に顕著で、ミルトン・ナシメントの作品に近づいています。ミルトンに捧げた「Nosso Homem em Três Pontas」という曲もドリは作っています。

 演劇『Opinião』や『Arena Conta Zumbi』の音楽監督を務めたことで、同時代のエドゥ・ロボと同様に、ドリの曲は、社会的・政治的な傾向を持つプロテストソングに近づきました。

 アメリカに渡ってから、また新たな第2期の制作活動が始まりました。『Brazilian Serenata』(1991年)は、「Amazon River」、「Mercador de Siri」、「Ninho de Vespa」、「Flower of Bahia」などが収録された、彼の代表的なアルバムです。作曲家であり、アレンジャーでもあることから、ギターやクワイアの声の開放感を重視したサウンドになっています。聴覚の周波数帯を満たす楽器編成で、音楽を聴く際の開放感を演出します。映画のサウンドトラック作曲家やオーケストレーターとしての実践がソロ作品に盛り込まれています。

 この時期は、ミナス一派からの影響から離れ、「Flower of Bahia」ではカポエイラ、「From the Sea」ではバイアォン、「Irresistible (Jogo de Cintura)」ではサンバなど、多様なブラジルのリズムを取り入れています。この時期、父ドリヴァル・カイミが歌ったバイーアと、トム・ジョビンが歌ったリオデジャネイロを組み合わせた独自のサウンドを発展させました。

 第3期は、すでに、歌手、ギタリスト、アレンジャーとして確立されて以降の時期です。『Tome conta de meu filho, que eu também já fui do mar... 』では、父ドリヴァルの歌、特に浜辺の歌(canções praieiras)を、ギターを中心にしたリアレンジしています。ドリヴァルとドリが最も似ているのは、ボサノヴァの歌唱とは異なる、声量と体格を活かした、非常に緊張感のあるスタイルの歌唱方法です。ドリも、ダニーロもナナも、ボサノヴァのレパートリーを再解釈する時にも、ドリヴァルから継承した歌唱スタイルで歌っています。

 2006年には、ジョイス・モレーノ(Joyce Moreno)との共作アルバム『Rio-Bahia』を発表。2011年のアルバム『Poesia Musicada』、2014『Setenta Anos』は、作詞家のパウロ・セザール・ピニェイロ(Paulo César Pinheiro)とコンビを組んだアルバムで、2人の共作のみで占められました。

 ドリ・カイミの代表曲の中から「Rio Amazonas(アマゾン川)」と聴きます。パウロ・セザール・ピニェイロとの共作曲です。

Nas águas
Do rio Amazonas
O meu coração se banhou
No fundo encantado
Do lado de lá
A voz da Iara chamou
Ouvi chamar
 アマゾン川の水の中で
 私の心は深く魅了され包まれた
 川の向こう側では、イアラの声が聞こえてきた。

Seu canto
Cruzou o Amazonas
No bico de um sabiá
Nas asas do vento
Essa voz se espalhou
Em cada palmeira-bandeira hasteada no ar
  イアラの歌はアマゾン川を越え
 ツグミのくちばしで
 風の翼で
 その声は、旗を立てたすべてのヤシの木をなびかせて
 空気を伝う

Brasil
No bananal, Brasil
No Pantanal, Brasil
No Rio-Mar
Lá no sertão, Brasil
No litoral, Brasil
Meu coração, Brasil
Pôde escutar
 ブラジル
 バナナ畑で、
 パンタナルで、
 河口で
 セルタォンで
 沿岸で
 私の心で、
 その歌を聴くことができる
 
Um sabiá, Brasil
Num pé de pau-brasil
Que me ensinou, Brasil
O meu cantar!
 歌鳥(サビアー)が
 パウ・ブラジルの木の下で
 私に教えてくれた
 歌を!

...

「Rio Amazonas」作詞作曲:Dori Caymmi / Paulo César Pinheiro



8月24日「Gitã」

※タイトルは、ヒンドゥー教の聖典の1つ「バガヴァッド・ギーター(Bhagavad Gita)」から来ているようです。

 先週、バイーア生まれのブラジリアン・ロックのアイコン、ハウル・セイシャス(Raul Seixas|1945年6月28日 - 1989年8月21日)の曲を2曲紹介して、その中で、ハウル・セイシャスとパウロ・コエーリョが共作パートナーであった時期があると記しました。パウロ・コエーリョは作家デビューする前に、作詞家としても活動していた時期がありました。

 今日は、『アルケミスト - 夢を旅した少年』(O Alquimista、1988年)、『ベロニカは死ぬことにした』(Veronika decide morrer、1998年)らが広く読まれているパウロ・コエーリョ(Paulo Coelho|1947年8月24日 - )のバースデイです。今日で74才です。

 ハウル・セイシャスとパウロ・コエーリョが共作した曲の中から、代表曲の1つ「Gitã」を紹介します。

 この曲が出来上がった時の経緯を、パウロ・コエーリョが、ハウル・セイシャスの伝記映画の中で話していました。

 パウロは、「Gita」という曲が生まれた日、ハウルと一緒にバイーア州のヂアス・ダルヴィラ(Dias d' Ávila)という街で休暇を過ごしていました。

 パウロがハンモックで寝ていたら、ラウルが興奮してやってきて、こう言ったといいます。

「パウロ、君は『バガヴァッド・ギーター』という本を知っているかい?」
[※ヒンドゥー教の聖典の1つ「Bhagavad Gita」。700行の韻文詩からなるヒンドゥー教の聖典のひとつ。ヒンドゥーの叙事詩『マハーバーラタ』第6巻にその一部として収められており、単純にギーターと省略されることもある。ギーターとはサンスクリットで詩を意味し、バガヴァンの詩、すなわち「神の詩」と訳すことができる。]

 そう言われて、パウロは詩を考え始めました。
 ハウルはその詩と一緒にメロディーを歌い始めました。
 "私は星の光、私は月の光の色、私は人生の諸々("Eu sou a luz das estrelas, Eu sou a cor do luar, Eu sou as coisas da vida")"

 そこで、ハウルは歌うのをやめてこう言いました。
 「 "coisas da vida(人生の諸々)" のところは、メロディーを失わないようにして、後で修正しよう」
 それに対して、パウロは、こう言いました。
 「いいや、 "coisas da vida(人生の諸々)"がいいんだ 」

 そうやって、2人は一緒に作曲しました。1曲全部、その場で完成しました。
Eu, que já andei pelos quatro cantos do mundo procurando
Foi justamente num sonho que Ele me falou
 世界中を探検して旅をした、私
 私は、夢の中で彼が話かけてくれた様子とまさに一緒でした。

Às vezes você me pergunta
Por que é que eu sou tão calado
Não falo de amor quase nada
Nem fico sorrindo ao teu lado
 あなたは時々、私に聞く
 どうして私はそんなに無口なのか
 どうしてほとんど愛について話さないのか
 どうしてあなたの横で笑っていないのか

Você pensa em mim toda hora
Me come, me cospe, me deixa
Talvez você não entenda
Mas hoje eu vou lhe mostrar
 あなたは私についていつも考えている
 私を食べて、私を吐いて、私はそこに残す
 おそらく私をわかっていない
 でも、今日、私はあなたに見せよう...

Eu sou a luz das estrelas
Eu sou a cor do luar
Eu sou as coisas da vida
Eu sou o medo de amar
 私は星の光
 私は月の光の色
 私は人生の諸々
 私は愛の恐怖

...

「Gitã(ギーター)」作詞作曲:Raul Seixas / Paulo Coelho



8月23日「Como eu quero(どんなに私は愛しているか)」

 昨日は、映画監督グラウベル・ローシャ(Glauber Rocha|1939年3月14日 - 1981年8月22日)の没後40年の命日でした。没後40年の特集上映などあるといいです。

↓こちらは、中原仁さんによるローシャ論

 ブラジルだけで900万枚のアルバムを販売。2016年に惜しまれつつも解散した3人組ポップス系音楽ユニット、キッヂ・アベーリャ(Kid Abelha)。1981年に、結成し、すぐに人気ユニットとなりました。当初はメンバーの脱退や交替があり、よく知られるパウラ・トレール(Paula Toller|vo)、ブルーノ・フォルトゥナト(Bruno Fortunato|gt)、ジョージ・イスラエル(George Israel|sax, gt)になったのは、1986年にレオニ(Leoni)が脱退してから。
 「キッヂ・アベーリャ」って、変わった編成だなあと思っていましたが、結成当初はもっと普通のバンドっぽい編成だったんでした。

 多くの曲の作詞も担当してきた美しき女性voのパウラ・トレール(1987年には、ブラジルの最も魅力的なセクシー・シンボルとしてノミネートされたりもしていました。同年、映画監督のルイ・ファリアス[Lui Farias]と結婚 )は、グループの人気を牽引した存在で、グループ在籍中から、ソロでも活動していた。
 本日は、そのパウラ・トレール(Paula Toller|1962年8月23日)のバースデイです。今日で59才です。

 ルイ・ファリアスと結婚する前に、レオニやエルベルチ・ヴィアナ(Herbert Vianna| バンドOs Paralamas do Sucesso のvo)と恋仲にありました。

 キッヂ・アベーリャの最大人気曲の1つは、デビューアルバム『Seu Espião』に収録された「Como eu quero(どんなに私は愛しているか)」です。ライヴアルバムで再録され、それらの録音も人気があります。可愛いラブソングかと思ったら、セクシーな描写もあるような...

 この曲は、レオニとパウラ・トレールの共作曲です。

 このライヴバージョンでは、ギタリストのエドゥガルド・スカンドゥーハ(Edgard Scandurra|ロックバンド「Ira!」のギタリスト)がゲスト参加しています。
Diz pra eu ficar muda
Faz cara de mistério
Tira essa bermuda
Que eu quero você sério
 あなたは私に黙っているように言う
 あなたは謎の顔をする
 そのショートパンツを脱いで
 だって、私はあなたが欲しい、真剣に
 
Tramas do sucesso
Mundo particular
Solos de guitarra
Não vão me conquistar
 成功のプロット
 一人の世界
 ギターソロ
 それらは私を獲得しない

Uh! eu quero você
Como eu quero!
Uh! eu quero você
Como eu quero!
 ああ、私はあなたが欲しい
 どんなに私はあなたを愛しているか
 
O que você precisa
É de um retoque total
Vou transformar o seu rascunho
Em arte final
 あなたが必要なのは
 完全な出直し
 私はあなたのデッサンを
 アート作品に仕上げる
 
Agora não tem jeito
Cê tá numa cilada
Cada um por si
Você por mim e mais nada
 今はもう、どうしようもない
 あなたは罠にはまってしまった
 それぞれがそれぞれの罠に
 あなたは私のために、他の何ものでもない

Uh! eu quero você
Como eu quero!
Uh! eu quero você
Como eu quero!
 ああ、私はあなたが欲しい
 どんなに私はあなたを愛しているか

Longe do meu domínio
Cê vai de mal a pior
Vem que eu te ensino
Como ser bem melhor
 自分の領域から離れて
 あなたは悪いことから悪いことに向かっている
 私があなたに教えるから来て
 どうすれば良くなるかを

...

「Como Eu Quero(どんなに私は愛しているか)」作詞作曲:Leoni / Paula Toller

(ラティーナ2021年8月 )

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