[2024.3]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜17】Eda Diaz(コロンビア)
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto
コロンビアの音楽といえば真っ先に思い浮かべるのはクンビアだが、最近ではJ・バルビンやカリ・ウチス、もう少し遡ればシャキーラといった世界的なポップ・スターを次々と輩出している国でもあり、そのイメージはもはや世代によって様々だろう。今回に紹介するエダ・ディアス(Eda Diaz)は、フランス人の母親とコロンビア人の父親を持ち、パリとコロンビア第二の都市であるメデジンの間を行き来しながら生まれ育ってきたシンガー兼コントラバス奏者。フランスの音楽院で15年以上にわたりクラシック・ピアノを学ぶ一方で、夏になるとメデジンに帰省して祖母からカルロス・ガルデルのタンゴやラテン、ボレロ、アフロ・コロンビア音楽、バンブーコ、南米各国の伝統的なポピュラー・ソングを教え込まれるという環境の中で育ち、24歳の時にコントラバスに出会ったことをキッカケに自身のオリジナルな音楽を追求するようになっていった。初のアルバムとして発表された『Suave Bruta』は、そんな彼女のコスモポリタンな出自をカラフルかつ独創的な音作りで表現した作品となっており、アフロ・コロンビア音楽の多彩なリズムとヨーロッパらしい先鋭的なエレクトロニクス使い、スペイン語で歌われるが曲によってフレンチな感覚も漂わせる彼女の歌も、他にない個性を放っている。
アルバム・タイトルの『Suave Bruta』はコロンビア・サルサ界の重鎮=ジョー・アロージョのヒット曲に由来しているようだが、エフェクトを多用したベースに多種多様な生楽器、打ち込みのビート、自然音、生活音、先人の録音などをサンプリング使用して構築された音は、かなりオルタナティヴな感覚が強いもの。サウンドの大半を手がけているAnthony Winzenriethは、ジャズ・ギタリストとしても活動している経歴の持ち主だが、17年から続くエダとのコラボにおいてはビョーク、ジェイムス・ブレイク、フアナ・モリ―ナなどから影響を受けてきた側面を発揮しているようで、ライブ動画を観るまでギタリストであるとまったく気付くことができなかった。チョップされたブジェレンゲの打楽器やコーラスを伴いながら起伏に富んだ曲展開で駆け抜けるオープニング曲「Nenita」から、かなりデジタル・プロセスを通過した音ではあるが、どちらかといえば凝った宅録ポップ的であり、メロディアスな路線とダンサブルな楽曲を織り交ぜながら展開していく全11曲は、トータル35分ちょっとの短さながらかなり濃密。バジェナートの名曲「La Casa en el Aire」を弾く陽気なアコーディオンの旋律を引用した「Tiemblas」、公式アルバム紹介文における〝メリディアン・ブラザーズとココロジーが出会ったような〟との形容にも納得なトチ狂ったサルサ調の「Al Pelo」、4つ打ちのキックを伴ってチープなボンバ・エステレオみたいな曲調でアゲる「Tutande」など。ダンサブルな楽曲がまずは耳を惹くが、叙情的なピアノに虫の羽音や変調ボイスなども加わって一筋縄ではいかないメロディアスな楽曲も、ヤエル・ナイムあたりにも通じる無国籍フレンチな歌の魅力とともに聴き逃がせない。
また、歌詞においてはメキシコのオクタビオ・パス、チリのパブロ・ネルーダ、そして自国のガブリエル・ガルシア=マルケスといった現代南米文学を代表する巨匠たちから大きな影響を受け、スペイン語圏で親しまれるデシマ(韻を踏んだ即興的な10行詩)の形式で書かれたものもあるとのこと。コロンビアとフランス、伝統と現代、デジタルと生楽器、メロウネスとマッドネス、高尚さとチープさが奔放に混在したエダ・ディアスの音世界は、カテゴライズが難しいが様々なタイプの聴き手にリーチする多面性と才気に満ちている。17年にひっそりと自主制作リリースされていたEPを聴くと、サウンドの方向性はアンソニーとのコラボが始まった初期の時点で出来上がっていたことがよくわかり、コントラバスの弾き語りというスタイルが基本にある点が、かなりカラフルに進化した『Suave Bruta』よりも明確に伝わってくるのも興味深いところ。いくつかウェブ上にアップロードされているライブ動画と併せてチェックしてみれば、最新作の聴こえ方もまた変わってくるだろう。
(ラティーナ2024年3月)
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