[2022.3]~滞空時間4thアルバム『Majo』によせて【前編】~インドネシア修行から辿る川村亘平斎の世界
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[2022.3]~滞空時間4thアルバム『Majo』によせて【前編】~インドネシア修行から辿る川村亘平斎の世界

e-magazine LATINA

インタビューと文:岡部徳枝
写真:小暮哲也、川村亘平斎、岡部徳枝

滞空時間『Majo』
(microAction MACD-19 3300円)
作品詳細はこちら

滞空時間
4th Album『Majo』発売記念ライブ
【春の兆しの熱帯夜 赤道直下の音と影】
2022年3月11日(金)
@武蔵野市民文化会館小ホール

▶開場 17:30 ▶︎開演 18:30
▶︎前売 3300円 ▶︎当日 3800円(全席指定)
※アルテ友の会料金 3000円
(武蔵野文化事業団のみ)

【チケット販売】
LivePocket
武蔵野文化事業団

 影絵師、音楽家の川村亘平斎がリーダーを務めるユニット、滞空時間。「架空の島の民謡」をコンセプトに、ガムランやスティールパンなどの音色を織り交ぜながら、あべこべの即興言葉で歌ったり、くすっと笑えるサルやカエルのキャラクターで影絵を演じたり。ファンタジーの物語から飛び出してきたような摩訶不思議感がありながら、どこかで現実の世界とコミットする軸を失わない、その現実と非現実の「間」を漂うパフォーマンスは、川村亘平斎が第二の故郷と語る地、バリ島の芸能性に深くシンクロしているように思える。

 ここでは、2021年6月にリリースされた滞空時間の4枚目のアルバム『Majo』によせて、滞空時間の魅力を探る記事を2回に渡りお届けする。前編は、2016年秋から1年間、川村亘平斎が過ごしたインドネシア・バリ島の話を紹介しながら、本作が生まれるまでの伏線を辿ってみたい。

 川村亘平斎は、大学時代から幾度とバリ島に滞在し、現地で伝統打楽器「ガムラン」、そして影絵人形芝居「ワヤン・クリット」を学んできた。2009年、ガムランを中心に、ヴォーカル、ベース、ヴァイオリンを迎えたメンバー構成で滞空時間の活動をスタート。2012年には、バリとマレーシアで公演を行い、そのライブの模様はDVD『ONE GONG』に収められた。ソロ活動では、2015年頃から、日本各地の民話を影絵作品として再生させるプロジェクトに参加。その地に眠る物語を独自の視点でひも解き、地域の人々と共に影絵芝居を演じることで、新たな息吹を生み出す。地域と芸能、昔と今をつなぐ、影絵師としての新しい可能性を提示し続けてきた。

「キッズアートキャンプ山形2015」での影絵芝居「ヘビワヘビワ」

 そうした活動が称えられ、2016年には、「第27回五島記念文化賞美術新人賞」を受賞。その研修として、1年間インドネシアで暮らす機会を得た川村は、古典影絵の深部を学ぶべく、バリ最高峰のダラン(影絵師)と名高いイ・ワヤン・ナルタに師事。同時に、川村の作品に登場する架空の島「ワラケ島」を探しに出かけたり、カリマンタンの森の中で創作影絵の上演をしたり、新作影絵のヒントを求めて、アンボン、スラウェシ島など、周辺の島々へと渡った。

カリマンタン
アンボン

 筆者は、その研修が終了となる1週間前、2017年11月7日にバリ島を訪れた。川村亘平斎の活動を追い続けてきた写真家・映像監督、小暮哲也によるドキュメンタリー映画『A river flow』に収録されるインタビューを担当するためだ。私の役割は、1年間のインドネシア滞在が終わりに近づいた川村に今の心境を話してもらうこと、そして、川村が「賢者」と呼び、尊敬してやまない師匠イ・ワヤン・ナルタに会い、ダランという存在から放たれるなんらかの言葉を収めること。

 はたして、約1年ぶりにバリ島デンパサール空港の駐車場で再会した川村亘平斎は、「ちーす」と、いつものゆるいノリでありながら、東京で会っていたときとは一味違う、全身で島の息遣いをつかみ取ろうとしているような野性的な佇まいが印象的だった。車に小暮監督と一緒に乗りこむやいなや、川村のマシンガントークが始まって、私たちは息つく暇もないまま取材モードに切り替えられた。聞くと、一時滞在していた家族が日本へ帰った後、友人から借りた大きな屋敷にたった一人で暮らしているという。「ひたすら勉強しまくってインプットの毎日だから、人に会うとアウトプットしたくなっちゃうんですよ」と笑い、屋敷に着くまで、興奮した口調でここ最近のできごとについて話し続けた。

 川村は、バリでの暮らしを「修行」と語った。週に2回、車で40分ほどのスカワティ村へ出かけ、イ・ワヤン・ナルタ(以下:ナルタさん)からワヤン(影絵)の稽古を受ける。さらに、ワヤンの伴奏楽器であるグンデルの演奏についても、同じスカワティ村の凄腕奏者、イ・ワヤン・サルゴ(以下:サルゴさん)からみっちり稽古を受けているそうだ。

 ナルタさんが、影絵芝居の稽古の演目として選んだのは、古代インド叙事詩「マハーバーラタ」の物語のひとつ「デワルチ」。多くのダランを輩出しているスカワティ村で、新米ダランが最初に習う演目は、必要な技術を一気に習得できるよう、あえて難易度の高いものが選ばれるそうで、この「デワルチ」も例にもれず、かなり難しい演目だという。

 ダランは、牛革にパペット(影絵人形)をデザインして作る作業から、劇中でそのパペットを操り、歌って語りを繰り広げる芝居まで、すべて自分一人で行う。登場する数々の人形キャラクターも、声色を変えて一人で演じなくてはならない。しかも芝居の中の台詞は、カウイ語というバリの古語を使うため、川村は新たな言語習得も必要とされていた。カウイ語は神様の言葉ともいわれ、今はバリ人でさえ理解できる人は少ないようだ。稽古ではまず、カウイ語を、川村とナルタさんの共通言語であるインドネシア語に訳す。そして、その言葉の意味を知るために日本語に訳すという二重通訳で行われているようだった。誰もいない大きな屋敷でただひとり机に向かい人形を彫り続け、未知の言語を解読・暗記し、数々の歌と声色を練習する——。孤独におしつぶされそうになるときはないのか。なぜ自分は、ここまでして異国の地の伝統芸能を勉強しているのか? そんなふうに、はっと我にかえるような瞬間はないか。あまりにストイックな暮らしに驚き、尋ねてみた。

 「もちろん、ありますよ。自分でも、ちょっとおかしい、どうかしてるなって(笑)。でも人生の中でここまで勉強に没頭できる時間はなかなかなくて、すごく貴重な時間を過ごさせてもらっているという思いのほうが強い。こんなふうに本格的に師匠についてワヤンを学ぶのは初めてのこと。いざ踏み込んでみたら、そこには果てしない世界が待っていて、たった1年間くらいでは到底学びきれないって途方に暮れることばかりです。ある意味、自分が日本へ帰るという前提があることで、ここまでという線引きができるというか、むしろ日本人である僕は、それを持つことが大事なのかなって。人形を彫っているときは、日本のお気に入りのラジオ番組を聞いてゲラゲラ笑ったり、どこかでそうやってバリの世界に入りこみすぎないように、自分の中でバランスを保ちながら暮らすことが必要だなと思っています」

 蒸し暑く、闇が濃いバリの夜。川村は、初めて「デワルチ」を上演した日のことを話した。ワヤンを学んでいるスカワティ村では、バリ暦の「トゥンパック・ランダップ(鉄を祀る祭日)」にダランのための祭りを行う。それは2017年9月2日のことで、川村はこの日にワヤンのお試し上演を行うことになったようだ。バリでワヤンを上演する際、ダランは必要な呪文を唱えると同時に、通過儀礼を行わなくてはならない。ダランは上演している間、目に見えない世界と交信していて無防備になるため、魔物に狙われやすくなる。その危険から身を守るために呪文と儀礼が必要なのだそうだ。

 「ナルタさんから呪文を教えるって言われたとき、『うわぁ、ついにここまで来たか』って怖さもありました。でも稽古のときからいつも感じていたことだけど、ナルタさんは、僕がいずれバリの地を離れ、日本へ帰るということをわかっていて、『ここから先は、亘平は踏み込まなくていいよ』って結界を張ってくれているような、僕を守ってくれているような感覚があったんですよね。僕自身も超えなくていい一線があると感じていたし、その上でこうやって、バリでワヤンを上演するお許しを得られたのは本当にありがたいことだと思いました」

 ダランは、影絵を上演する前に必ず、神、先祖、土地に祈りを捧げる。今はないものを影に見立てて上演することで過去の存在を呼び戻す。だから川村は、「影絵とは死を考えることかもしれない」と言う。

「約20年前、バリに留学した当時はワヤンの深部に踏み込むことが怖かった。そこまでの技術を持ち合わせていなくて、現実社会に戻れないかもという不安があったんです。でも今は、しっかり現生の拠り所として技術を持っていると思えるから、戻ってこられる自信があった。あの世のことを考えるには、この世のことを積み上げないといけない。技術は呪文と同義なんだと思っています」

 バリのワヤンは、暗闇の中、椰子油の炎を使って上演される。川村はこの日、頭上に燃え盛る炎を浴びながら、そしてナルタさん、サルゴさん始め、スカワティ村の先輩たちに見守られながら、約1時間半にわたる「デワルチ」を演じきった。翌日、街を歩いていると、上演の噂を聞いた地元の人が「ダラン!」と呼び掛けてきたそうだ。ドキュメンタリー映画「A river flow」には、その場面と照れくさそうに御礼を言う川村の姿が収められている。

 それでも川村は、「僕はダランにはなれないし、ダランにはならない」と語っていた。彼が見る「ダラン」は、もっともっと遠く先にあるのかもしれない。

 私が滞在した間、バリはちょうど日本のお盆のような祭礼「ガルンガン」、「クニンガン」の時期で、祖先の霊を迎えるための儀礼がそこかしこで行われているようだった。ある晩、皆で正装し、川村が住む村の儀礼「バリスチナ」を観に行った。大勢の地元の人が集まっていて、まるで村祭りのような和やかな雰囲気だった。それでも、途中から急にどしゃぶりの雨が降り出し、負けじと爆音のガムランが鳴り響き始めると一変、ぞわっとした空気がまとわりついてきた。刀の舞踊が始まり、目の前で続々とトランスしていく人たち。一方で、平然とスマホで撮影している人もいて、自分が今いる世界がどちら側なのか、よくわからなくなっていった。川村は、そんな様子をただ静かに眺めていて、いったい何を思っているか尋ねてみたくなったが、さらっと一言「このガムラン、超かっこいいんですよ」とだけ言うのだった。ひととおり儀礼が終わると、「あの奥のほうでこれからもっと深い儀礼があって、たぶんみんなトランスしていくんですけど、見ていきますか?」と尋ねてきた。「いえ、もう帰りましょう」と答えると、「僕も帰りたい。そこまで人の深いところを見たいと思わない」と頷いた。技術は呪文と同義。この世とあの世の境界線がわかるうちに引き返しましょう、と言われているようだった。

 川村は以前、ワヤンの師匠ナルタさんに「ワヤンとはどういう意味ですか?」と尋ねたことがあるそうだ。師の答えは、「ワヤンとは、現実と非現実の『間』だよ」。その真意について、皆で想像を巡らせ談義しながら、バリ滞在の最終日、ナルタさんの自宅を訪ねた。自称75歳(2017年当時)、小柄でものしずかなおじいちゃん。初めて会うナルタさんは、川村から聞いていたとおりの好々爺だった。

 ダランは通常、儀式などで用いられる主要な物語を10~20話ほど習得していて、それらを上演するが、いつも同じ話ばかりだとお客さんが飽きて帰ってしまうため、創作、外伝をたくさん作るそうだ。ナルタさんはその昔150以上の外伝を作っていて、同じ場所で同じ物語を二度と上演しなかった——そんな逸話が残っている人である。この小さな体の中に、無数の哲学、知識、技術を持ち合わせているんだと思うと、どんな質問も愚問なのではないかと恥ずかしく思えてきた。ただそこに座っているだけで、すべてを語っているような人は、やはりいるものである。だから、ナルタさんが「ダランとは『無』、『空っぽ』ということだよ」と言ったときは、皆で息をのんだ。ナルタさんが私の目をまっすぐに見て語り出したとき、その目の奥に宇宙のような無限の世界が広がっているように感じて、全身の細胞がぶわっと震えた。

「ワヤンを語るときのナルタさんは、村に生えるガジュマルの大樹のように大きく見えた。島のあらゆる命と寄り添いながら生きてきた彼は、まさにこの島の賢者である。彼の知識は、大樹がほかの木々と絡み合いながら根を張るように、ありとあらゆる島の物語とつながっている。何も知らない僕は、その大樹が広げる大きな枝葉の木陰で、熱帯の陽炎を眺めるように、深遠なるワヤンの世界の一端を見ていた」

 川村がバリ滞在時の終盤、2017年10月28日に書いた文章の一部である。(『A river flow』特別解説BOOKより抜粋)。ナルタさんに会って、私はこの文章の意味を深く理解できた気がする。そしてインタビューの最後に、ナルタさんは川村に向かって「ワリス」と伝えた。続けなさい、継承しなさい、という意味だそうだ。島の賢者から放たれた言葉が、川村にどう響いただろうか。それは今、聞くべきことではないように思えた。その答えは、彼の帰国後の活動にただただ続いていくのである。その姿を見る日まで、宿題を解く楽しみを心待ちにするような思いでバリ島を後にした。

【後編に続く】

 後編では、日本帰国後の影絵芝居活動について、また滞空時間の4枚目のアルバム「Majo」が生まれた経緯とその内容について、川村亘平斎に聞いた“続き”の話をお届けする。

(ラティーナ2022年3月)

滞空時間 オフィシャルサイト

川村亘平斎 オフィシャルサイト

川村亘平斎 インドネシア滞在時のエッセイ

ドキュメンタリー映画「A river flow」予告編映像


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