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[2020.12]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑤】パラオ共和国における人と歌の命 ―うたうことで蘇る、財産としての歌―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)

 歌が上手い人って羨ましいなぁ、といつも思います…どんな島に行っても、みんなとすぐに仲良くなれるんじゃないかなぁって。これまでご紹介したミクロネシア北西部の島々では、グアムのビリンバオトゥーザンなど一部を除いて器楽はあまり発達せず、歌がさまざまな社会的な場面で重要な役割を果たしてきました。

 今回取りあげるパラオ共和国では、かつては、村の集会に先立って年長の男性が相応しいジャンルの歌をうたい、参加者全員が唱和するしきたりがありました。古典的な集会の歌は一時途絶えていましたが、昨今では公的な行事の幕開けにうたわれるようにもなりました。地位の高い人は歌の知識も豊富で、うたうのも上手くて然るべきとされます。大切な歌は無形の家財だと見なされ、複数の子どもがいたら、最も聡明な子どもだけに教えたそうですよ。

 歌に対する価値観は、デレベエシール derrebechesiil をめぐる音楽行動にも表れます。コロールの町には、日本統治時代に南洋庁が設置されました。デレベエシールは、日本文化の影響を受けて成立した「懐メロ」のようなジャンルの歌。メロディには、ド、レ、ミ(またはミ♭)、ソ、ラ(またはラ♭)からなる演歌調の四七抜き長(短)音階や、ドとソの進行が核をなす賛美歌風の音階が使われ、ほとんどは長調です。南洋風のリラックス・ムードの曲をよく聴くと、歌詞には日本語や日本語混じりのパラオ語が使われています。しかも、「つらい、苦しい、はかない、悲しい、情けない」や「さよなら、さらば、お大事に」などの単語が頻出。実は、デレベエシールのほとんどが失恋の歌で、結婚できなかったことへの不満や、別れを告げた相手への非難、報復と恨み言が連なります。長い綴りのパラオ語よりも、語呂がよい日本語の単語が好まれて使われるようです。

 デレベエシールを作るのは、死んでからも自分の経験や思いを親族や子孫への教訓として残すため。自作できなければ、歌心ある人に作詞作曲してもらうこともあるし、亡くなった家族の歌のレコーディングを歌手に依頼することもあります。歌を聴いて、「これは、自分のおじいさんの歌だ」などと言う若者にも、何度か出くわしました。ライブで先祖の歌をうたった人には、チップを弾むことも。死者の思いが、声になって蘇ったことへの感謝です。逆に、その場に集まった人たちを見渡して、適切な選曲をする歌い手は、知識と才能を有することで評価されます。

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