[2022.2] 「ラ米乱反射」電子版 第13回 ホンジュラスに初の女性大統領誕生 ⎯ 「希望の星」シオマラ・カストロ ⎯ 「民主的社会主義国家」目指す
文 ● 伊高浩昭(ジャーナリスト)
2022年1月27日、ホンジュラス新大統領にシオマラ・カストロ(62)が就任した。この国初の女性大統領である。かつては軍部が、最近では12年余り保守・右翼主義の国民党(PN)が牛耳ってきたこの国に、久々に希望の陽が差し始めた。
◎概観
▶︎国名「オンドゥーラス」の由来
コロンブスの第4回にして最後のカリブ海航海(1502年)、スペイン船団はカリブ海西岸沖で、錨を下ろすべき適度な深さの海底がなかなか見つからなかった。やがて見つかり、「良い深さ(オンドゥーラ)だ」と船員が叫んだ。「オンドゥーラス」と複数形にして、国名とした。これを英語式に読めば「ホンジュラス」となる。
コロンブス来航から520年後の今年、この国は「民主主義の適切な深さ」にようやく到達したのだ。
▶︎栄えたマヤ文明
メキシコ南東部から中米中央部にかけてのメソアメリカ(中部米州)には、マヤ文明が栄えた。ホンジュラスにもマヤ遺跡がいろいろあり、いまも発掘作業が続いているが、発掘された代表的な大型遺跡が、北西部のグアテマラ国境近くにあるコパーン遺跡だ。遺跡は重要な観光資源になっている。
▶︎国情
面積は日本の3分の1弱。人口900万人。首都はテグシガルパ、北部には大都市サンペドロ・スーラがある。
通貨は「レンピーラ」。スペイン植民地時代にスペイン侵入軍に抵抗し戦った先住民族の英雄だ。
大多数は混血民族。カリブ沿岸にアフリカ系民族「ガリフナ」の共同体がある。
主要輸出産品はコーヒー、繊維、バナナ、椰子油、エビ、メロンなど。油椰子栽培のために進む自然破壊が問題化している。
ラ米ではハイチ、ニカラグアに次ぐ貧困国。国民の76%が貧しい。これが対外移民の大量発生を生む圧力になってきた。米国には70万人が移住、その送金が留守家族や国庫を潤している。
社会問題には麻薬取引が重大問題。ポリフィリオ・ロボ元大統領(国民党)の息子や、フアン=オルランド・エルナンデス前大統領の兄弟は、麻薬取引有罪で米国で長期刑に服役している。
米国の麻薬捜査局(DEA)は、エルナンデス前大統領の身柄も狙っている。
▶︎「マラス」
青少年暴力団「マラス」も大きな問題だ。かつてカリフォルニア州など米西部に不法移住したホンジュラス人は、その後、強制送還された。その子どもたちは米国人でもホンジュラス人もないような中途半端な立場に置かれた。
そのころ(1954年)、アマゾニアに獰猛な大蟻マラブンタが大量に出現し住民が恐慌状態になるフィクションを描いたハリウッド映画「マラブンタが出現するとき」(原題「剥き出しの密林」、主演チャールトン・へストン)が人気を博した。
アインデンティティー探しに悩み苦しんでいた米国帰りの青少年は、「獰猛なマラブンタ」に閃きを得て結集し、自らを「マラス」と呼び、暴力を恣にするようになる。そのマラス一世の息子や孫の世代が現在のマラスだ。
彼らは団結と忠誠の象徴として、また獰猛さを醸すため、体中に入れ墨をした。
マラスは、隣国エル・サルバドールでも問題化している。
▶︎日本の中米援助拠点
日本の青年海外協力隊が数多く駐在している。日本の中米援助の中心だ。
▶︎略史
1524から1821年までは、スペイン植民地「ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)」だった。1821年9月15日スペインから独立(メキシコと同時期)したが、今度はメキシコの支配下に置かれた。1823年7月1日メキシコのイトゥルビーデ帝政崩壊に伴い、メキシコから独立。
グアテマラ、エル・サルバドール、ニカラグア、コスタ・リカと共に「中米連合」結成した。1838年11月5日「中米連合」から独立した。中米連合は1841年に消滅した。
▶︎バナナ共和国
1900年ごろから米バナナ産業に支配される。短篇作家O・ヘンリーは「バナナ共和国」と呼んだ。今日、独裁、腐敗、経済停滞、などで「どうしようもない国」への蔑称としても使われる。
▶︎「サッカー戦争」
1969年7月、翌70年のサッカーW杯メキシコ大会出場権をかけた隣国エル・サルバドールとの中米予選でのファン同士の敵対行為が、積年の両国間の問題を浮かび上がらせ、戦争に発展(通称「サッカー戦争」)。
ホンジュラスに住み着いていたサルバドール人13万人が追放された。
▶︎コントラ出撃基地
1979年7月、隣国ニカラグアで「サンディニスタ革命」成る。81年初め登場したレーガン米政権は、ホンジュラスを反革命ゲリラ軍「コントラ」の出撃基地にし、ニカラグアに攻め込ませた。9年近い内戦でニカラグアは疲弊した。
▶︎米軍基地
首都テグシガルパと大都市サンペドロ・スーラの中間のコマヤグア市にある「パルメローラ空軍基地」は、米軍の中米・カリブ地域最大の前進基地。1940年に建設された。始まる。今はホンジュラス軍と共用。2021年には、民間航空機も離着陸できる国際空港にもなった。
▶︎ハリケーン「ミッチ」襲来
1998年ハリケーン「ミッチ」が襲来、甚大な被害が出た。死者は5000人に及んだ。
◎現代政治
▶︎2009年クーデター
自由党のマヌエル・セラーヤ大統領(2006年1月~09年6月)は、1期4年での大統領交代制を変えるため、連続再選を可能にする改憲を志し、政界から警戒された。セラーヤのホンジュラスはまた、08年1月、故ウーゴ・チャベス大統領のベネズエラ政権が運営していた「カリブ連帯石油機構」(ペロトカリーベ)に加盟した。
この「左傾化」を警戒したオバマ米政権のヒラリー・クリントン国務長官は09年6月、セラーヤが軍部と対立した機を捉えて、同軍部と軍事クーデターを画策、セラーヤを追放した。それから保守・右翼暫定政権と保守右翼政権が計12年半続いた。
このクーデターは、軍部がセラーヤ大統領を早朝邸宅に訪ね、パジャマ姿の大統領をパルメローラ基地に連行し、米軍機でコスタ・リカの首都サンホセ空港に放置して達成された。追放されたセラーヤの妻がシオマラ・カストロ現大統領である。
外国に身柄を連行して放置する手法は、2004年に米仏加3国が連繋して、当時のハイチ大統領ジャンベルトゥラン・アリスティドを西アフリカに連行放置した「成功例」を踏襲した。
▶︎国民党の強権腐敗体制
国民党のフアン=オルランド・エルナンデス前大統領は、強引な憲法解釈により連続2期、政権を務めた。汚職、麻薬汚染、不正選挙にまみれ、3期目を狙ったが、相手にされなかった。いまは麻薬取引疑惑により、米当局に目を付けられている。
▶︎新党結成
クーデターで追放され、自由党を離れたセラーヤは捲土重来を期し、2011年に新党「自由・再建党」(LIBRE=リブレ)を結党。セラーヤ夫人シオマラ・カストロは2013年の大統領選挙に出馬、勝ったはずだったが、開票不正でエルナンデスが勝ったことになった。
次の2017年には、シオマラの代わりにサルバドール・ナスララが出馬、これまた不正に敗れた。
▶︎2021年11月28日の大統領選挙
スペインからの独立200周年の2021年にシオマラは2度目の出馬、得票率53%の圧勝。投票率は70%と高かった。今年1月27日就任、穏健左翼政権が発足した。
42分間の就任演説で「女性大統領出現まで200年かかった。我々は鎖と因襲を破壊しつつある」と強調した。
▶︎選挙公約
①国連と連繋した腐敗掃討委員会の設置②台湾に替えて中国との国交樹立③憲法現代化(制憲議会開設による新憲法制定)④弾圧法廃止⑤独占・寡占規制⑥女性自立政策-など。
「民主的社会主義国家」建設を理想とする。新大統領は詳しく説明していないが、一党独裁型でない「複数思想・政党制で平等性の高い公正な国」を理想としているかに見える。
▶︎問題点
麻薬汚染国家、暴力・貧困国家。世界の透明性順位は180国中157位。貧困による移民流出圧力が強い。
国会対策:国民党が利権を守り、エルナンデス逮捕を避けるため、独自の国会議長を擁立してしまい、シオマラ派議長と2人になった。早晩、正統性争いが始まるだろう。
▶︎ラ米女性大統領の系譜
アルゼンチン;イサベル・ペロン(副大統領から昇格)、クリスティーナ・フェルナデス(連続2期、現副大統領)。
ブラジル;ヂウマ・ルセーフ(連続2期、2期目に国会クーデター=弾劾=で追放)。
チリ;ミチェル・バチェレー(2期8年、現国連人権高等弁務官)。
ボリビア;故リディア・ゲイレル(下院議長から暫定大統領に昇格)、ジャニーネ・アニェス(クーデターで非合憲、現在拘置され係争中)。
パナマ;ミレイヤ・モスコーソ。
コスタ・リカ;ラウラ・チンチージャ。
ニカラグア;ビオレタ・チャモーロ。
ホンジュラス;シオマラ・カストロ現大統領。
▼就任式に出席した主な外国要人
ボリッチ・チリ次期大統領の出席は、シオマラを穏健左翼路線と捉えていることを物語る。ハリス米副大統領は移民問題、麻薬問題をシオマラと話し合ったもよう。シオマラは中国との国交樹立を望んでおり、台湾副総統の出席は「ありがた迷惑」か。
▼他の要人
ラ米一の大国ブラジルのルーラは次期大統領として復活する公算が大きく、その出席は重要だ。
▶︎今年のラ米大統領選挙
①コスタ・リカ:2月6日実施。(決選は4月3日)。25人が出馬したが、得票率40%以上の候補がいないため、上位2人が決選に進出する。それはホセ=マリーア・フィゲレス元大統領(67歳、国民解放党)と、ロドリーゴ・チャベス(60歳、民主社会進歩党)に決定した。
②コロンビア:5月29日。(決選6月19日)。グスタボ・ペトロ元ボゴタ市長が有力。
③ブラジル:10月2日。(決選10月30日)。ルーラ元大統領有力。
④ハイチ:未定。
▶︎「ジャーナリスト」の地位
ラ米では、「博士」、「医師」、「技師」、「弁護士」、「将軍」、「教授」、「師匠」などが社会的敬称として重んじられている。ホンジュラスでは、「ペリオディスタ」(ジャーナリスト)も敬称の仲間に加えられている。珍しい例だ。
(ラティーナ2022年2月)
【本稿執筆者・伊高浩昭氏のラ米専門ブログ:「ラテンアメリカ報告 伊高浩昭」(https://guaravaul202002.blogspot.com/)】
ここから先は
世界の音楽情報誌「ラティーナ」
「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…