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[2023.7]【連載タンゴ界隈そぞろ歩き ⑤】 タンゴとエレキギター その2

文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura

前回に続いてタンゴとエレキギターの界隈を歩き回る。ただし、ちょっと予定が狂って前回予告した内容を全部カバーしてはいない。ピアソラのところに長居をしてしまったのだ。

オールマイティなギタリスト、カチョ・ティラオ

1960年代にアストル・ピアソラが五重奏団を結成して以来、彼のアンサンブルの中でのエレキギターは他の楽器 (主にピアノ) とのユニゾンや三度のハーモニーで主旋律を弾いたり、ピアノの左手やコントラバスとやはりユニゾンや三度のフレーズを弾いて中音域に厚みを持たせるような、比較的地味な使われ方が多かったこと、その任に当たったのはオスカル・ロペス・ルイスであったことは前回述べた。

もちろんギターが目立つ曲もなかったわけではない。例えば1962年のアルバム “Tango para una ciudad” (ある街へのタンゴ) に収録されている “Revirado” では、役割こそバンドネオンのバッキングではあるものの、縦横に動き回るギターなくしては曲が成り立たない。また1964年のアルバム “1944-64 20 años de vanguardia con sus conjuntos” (モダンタンゴの20年) に収められている “Bandoneón, guitarra y bajo” (バンドネオンとギターとベース) では見事なバッキングに加えてソロもある。とはいえ、総じてどちらかといえば裏方的役割が多かったのがこの時期のピアソラのエレキギターだった。

1968年に発表されたオペリータ “María de Buenos Aires” (ブエノスアイレスのマリア) では、ギタリストとしてカチョ・ティラオが参加する。

アコースティック (クラシック) ギター奏者としても素晴らしい技巧と表現力を持つティラオだが、ここではエレキギターに専念している。そのスタイルは一言で言ってオールマイティ。前回オラシオ・サルガンとの共演者として言及したウバルド・デ・リオのように指弾きで弾く局面もあれば、他の奏者と同様ピックで弾く局面もある。例えば Vol.1の2曲目 “Tema de María” (マリアのテーマ) では、冒頭から指弾きのギターのみによるマリアの歌声の伴奏を聴くことができるが、1:18~1:38あたりの完璧なミュートを交えた展開はちょっと言葉を失うほどに見事である。一方Vol.2の6曲目 “Allegro tangabile” (アレグロ・タンガービレ) では絶妙なタイム感によるコードバッキングが印象的。

また、1970年のピアソラ五重奏団によるレジーナ劇場でのライブ録音 “Piazzolla en el Regina” (レジーナ劇場のアストル・ピアソラ)、および同年のアルバム “Concierto para quinteto” (キンテートのためのコンチェルト) に収められた “Primavera porteña” (ブエノスアイレスの春)、後者の表題曲 “Concierto para quinteto” (キンテートのためのコンチェルト) ではいずれも長めのソロを弾いている。前者はジャズ的な音使い、後者はスケールとアルペジオによる変奏的な音使いながら、どちらも火を噴くような凄まじさである (ただしどちらもティラオのアドリブではなくピアソラが譜面に書いたフレーズと思われる)。これらに加え、従来と同様の地味な役割もこなす。まさにオールマイティ。

オスカル・ロペス・ルイスの16ビート

カチョ・ティラオのピアソラのグループへの参加は必ずしも固定的なものではなく、1969年の五重奏団のアルバム “Adiós Nonino” (アディオス・ノニーノ)、そして1972年のコンフント・ヌエベ (九重奏団) による2枚のアルバム “Música popular contempolanea de la ciudad de Buenos Aires Vol. 1, 2” (ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽 第1集、第2集) ではオスカル・ロペス・ルイスが参加している。このコンフント・ヌエベの特に第2集において、ピアソラのエレキギターの使い方は新たな局面に入ったのではないかと個人的には思っている。ポイントとなるのはカッティング (和音を短く切るように弾く奏法) を交えたリズムギターとしての役割、それもいわゆる16ビートと呼ばれる16分音符主体のリズムギターである。

これ以前のアルバムでもリズムギターとしてコードをかき鳴らすような演奏はもちろんあった。しかしながらこのアルバムではその比重が明らかに高まり、しかも曲の雰囲気を決める大きな要素となっているのだ。1曲目 “Vardarito” (バルダリート) から単音フレーズとコードカッティングを組み合わせたギターがかなり目立つ形で登場するが、決定的なのは2曲目 “Oda para un hippie” (あるヒッピーへの頌歌) の1:58あたりからのカッティングで、はっきりと16ビートのリズムパターンを感じることができる。さらに3曲目以降も随所に切れの良いカッティングを主体としたリズムギターが聴かれる。6曲目 “Buenos Aires hora cero” (ブエノスアイレス午前零時) の後半でのトップノート (和音の最高音) の動きを効果的に響かせたカッティングは、この曲の妖しくクールな雰囲気を決定づけている。

さて、この16ビート (日本でしか通用しない言い方らしいが、便利なのでそのまま使う) が生まれたのは1960年代半ばのこと。ジェームス・ブラウンが創出したダンスビートであるファンクミュージックこそが、いわゆる16ビートの起源である (それまでもアフリカや南米で16分音符の粒度を持ったリズムは存在したであろうが、今回の観点ではファンクを起源として差し支えないと思う)。それまでのアメリカにおける黒人音楽の主流だったリズムはスイングやシャッフルなどのハネるリズム (三連符の真ん中を抜いたもの) だったが、ジェームス・ブラウンは一拍を均等に分割し、16分音符を主体としたリズムを導入したのだ。さらに、当時のモードジャズの考え方を取り入れ、何小節にもわたってコードを動かさず、延々同じコード、同じリズムパターンを繰り返すことによる高揚感をもたらした。このあたりのことは「ファンクの歴史(上): ファンク誕生編」 (Dr.ファンクシッテルー・著、KINZTO RECORDS) に詳しい。

ピアソラの音楽がファンクの影響を直接受けたということは考えにくい。そもそもコード進行も曲の構成も全くファンクとは異質のものである。ファンクは一気にジャズ、ロック、ポップス等へと広く波及して行ったので、それらを経由して触れた16ビートを取り入れた、という可能性が高いだろう。しかし一方で、ピアソラの音楽における特徴的なリズムパターンである3-3-2 (1拍目、2拍目裏、4拍目にアクセントを置くリズム) は、タンゴのリズムの刻み方を均等化した面があるとも考えられる。タンゴにおいてフラセオと呼ばれるリズムの伸縮、すなわちテンポは一定に保ちながら一小節の中で1拍目、3拍目を食い気味に、2拍目、4拍目をため気味に演奏するリズム感は、特にフリオ・デ・カロの系譜のアーティストに顕著なものであった。ピアソラも本来その系譜に連なるアーティストではあるものの、3-3-2のリズムは八分音符の粒度でタイミングが規定されており、拍の長さという面では均等さが求められるリズムである。考え方の面ではファンクの16ビートと親和性があり、それが16ビートの採用につながったとも考えられる。

コンフント・ヌエベの中では、ホセ・コリアーレのドラムスがギターと同様に16ビートで演奏している。一方でキチョ・ディアスのコントラバスはあくまで4つ刻みのタンゴに徹しており、全員一丸で16ビートを演奏するファンクとは大きく異なる。タンゴと16ビートの重層構造とせめぎあいこそが、コンフント・ヌエベの大きな魅力のひとつなのだ。個人的には、この後ピアソラがイタリアに渡ってエレクトリックな試みを行った時期よりも、コンフント・ヌエベの方がよほど先進的で過激に聞こえる。そしてその先進性を実現する大きな要素がエレキギターだった。

参考音源

いくつかの音源をプレイリストにまとめてみた。文中に貼り付けたアルバムからも何曲かピックアップしている。なお、6曲目はジェームス・ブラウンが1967年に録音した “Cold Sweat” で、上述の書ではこの曲について、

これはファンクが誕生した瞬間を捉えた,ブラック・ミュージックの歴史に燦然と輝く1曲である。

「ファンクの歴史(上): ファンク誕生編」(Dr.ファンクシッテルー・著、KINZTO RECORDS)

と述べている (彼の代表曲 “Get Up (I Feel Like Being A) Sex Machine” も入れようと思ったが、10分に渡って「ゲロッパ」と続くのも重すぎて何のプレイリストかわからなくなりそうなので、断念した)。7曲目のザ・ジャズ・クルセイダーズによる “Thank You” は1970年の録音で、スライ&ザ・ファミリーストーンのファンクナンバーのカバー。ファンクのジャズ方面への波及の例として挙げた。それらに続けてピアソラのコンフント・ヌエベを並べてあるので、16ビートについて通じるものや違うものを感じて頂ければ嬉しい。

おわりに

結局ピアソラに関しては1970年代止まりで、それ以外のアーティストのエレキギターについても全く触れられなかった。それもまたそぞろ歩きらしいということでご容赦いただきたい。次回はさすがにギターを離れるつもりだが、またいつか今回の積み残しを取り上げたいと思う。


(ラティーナ2023年7月)


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