[2021.09]【新連載シコ・ブアルキの作品との出会い⑩】 海外逃亡中の友人に宛て録音で託した手紙 ―シコ・ブアルキ作 《Meu caro amigo》
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[2021.09]【新連載シコ・ブアルキの作品との出会い⑩】 海外逃亡中の友人に宛て録音で託した手紙 ―シコ・ブアルキ作 《Meu caro amigo》


文と訳詞●中村 安志 texto e tradução por Yasushi Nakamura

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お知らせ●中村安志氏の執筆による好評連載「アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い」についても、今後素晴らしい記事が続きますが、今回も一旦、この連載「シコ・ブアルキの作品との出会い」の方を掲載しています。今後も、何回かずつ交互に掲載して行きます。両連載とも、まだまだ凄い話が続きます。乞うご期待!!!(編集部)

 体制を批判する報道・集会などが禁じられた軍政時代には、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルなどの果敢なアーティストが、実際に逮捕・勾留を経験する中、彼らのうち少なからぬ人々が、身の安全のため、一時期海外に逃れる必要もありました。こうした中、シコは、遠くに逃れた友人に宛てた手紙の形で、世情を風刺する歌を出しました。1976年に出されたMeu caro amigo(親愛なる我が友よ)です。
 シコが軍政批判の意を込めた作品の中でも、特に有名となったCálice(この連載の第1回で紹介)やApesar de você(あなたがどうであろうと)が、直接、権力側に向かって糾弾や恨言を重く述べ続けるのに対し、この歌は、被害者である「親愛なる友人」に向けた思いを親しげに語る形式によって、時代の不条理を間接的に表現している点、スタイルがかなり異なります。


親愛なる我が友正

 早速、歌詞の内容をいくつか拾ってみましょう。歌の主人公は、冒頭で、相手が滞在する場所に直接訪ねていくことができないことを詫びつつ、「今運び屋が来てくれたから/このテープに近況を録音して、この人に託す」と語り出します。
 もう少し後半になると、「電話しようとまで思ったんだけど」「手紙を書きたかったが、郵便局がちょっと・・・」とも述べています。当局が、海外との手紙を検閲するほか、国際電話も簡単にはかけにくいよう高額な料金を設定し、通話内容を傍受してもいたとさえ言われた時代。どうやら歌の主人公は、手紙も電話も考えたのだが、信頼できる人物にテープを託しこっそり運んでもらったほうがいいと判断した模様です。
 次の段落で、「こちらではサッカーをやってる/サンバがいっぱい、ショーロもロックンロールも・・・」と述べるところなどは、いつもと変わらぬブラジルの日常がここにあることを何気なく言いながら、表現の自由を規制する当局が、国民の気持ちを政府から逸らすべく、サッカーやカーニバルに仕向けていることへの皮肉をにじませています。
 「でも僕が言いたいのは、こちらは真っ暗ということ」と締め括る言葉は、「ブラジルにまだ帰ってくるなよ」と友人に呼びかける、暗号化されたメッセージのように聞こえてきます。また、この歌の語り手自身も、逮捕されたりしてはたまらないので、当局の目をごまかしたりご機嫌を取ったり、色々工夫してやり過ごしているのだと、苦労をにじませたメッセージになっていることがわかります。

 この曲は、全体を通じショーロ的な音楽の形式をとっており、フルートにアルタミーロ・カヒーリョ、クラリネットにアベル・フェへイラ、バンドリンにジョエル・ナシメントといった、かなりお馴染みのショーロ・プレイヤーが参加しており、曲のおしまいでは、楽器どうしのかけあいを加速しながら繰り返し、フェイドアウトしていきます。市民にとって身近な伝統的音楽スタイルを忠実に用い、耳に馴染みやすくありながらも、そこで語られる日常っぽい言葉は、よく聞くと普通の者には表現しにくいところを鋭くえぐり出していく。シコはこのようにして、多くの国民の心を代弁する存在となっていきました。
 シコが後年明かしたところでは、この歌で扱われているような手紙の実際の宛先となった人物が、具体的に存在しており、それは、抗議活動で睨まれ、1971年にポルトガルに逃れたブラジルの演劇家アウグスト・ボアル氏なのだそうです。

↑シコが事後談として当時の手紙を朗読している映像(2016年)

 ボアルは、後年(1993年~97年)、リオの市議会議員を務め、演劇文化の発展に尽力したと言われる人物です。2004年になって出した回顧録の中で、彼も、「自分がポルトガルに逃亡中、ブラジルから訪ねてきた母親が届けてくれたカセットテープに、シコのこの歌が録音されていた」と語っています。
 この歌ができるよりも数年前。既に、シコは、フランスのオルリー空港を表題に使ったシコの曲「オルリーのサンバ」(1970年)で、故郷にいる兄弟に「飛行機で行け(逃亡せよ)・・・冒険者が手を出す前に、リオに口づけを」と歌っていました。遠くで暮らす同胞への手紙であると同時に、これを聞く第三者の耳には、痛みや世情が伝わってくる。シコの歌は、こうした様々な形で、多くの国民の共感を得ていったのです。

↑シコとフランシス・ハイミが、制作当時のことも回顧しながら一緒に演奏する様子

著者プロフィール●音楽大好き。自らもスペインの名工ベルナベ作10弦ギターを奏でる外交官。通算7年半駐在したブラジルで1992年国連地球サミット、2016年リオ五輪などに従事。その他ベルギーに2年余、昨年まで米国ボストンに3年半駐在。Bで始まる場所ばかりなのは、ただの偶然とのこと。ちなみに、中村氏は、あのブラジル音楽、ジャズフルート奏者、城戸夕果さんの夫君でもありますよ。

(ラティーナ2021年9月)



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