文:編集部
記憶も新しい。2023年4月から5月にサリフ・ケイタ、ルカス・サンタナを突如、招聘しワールドミュージック(グローバルミュージック)ファンをざわつかせ喜ばせた「KYOTOPHONIE ボーダレス・ミュージックフェスティバル」。 同ミュージックフェスティバルが、この秋、今度は、ブラジルから2人の才能、シコ・セーザルとルエジ・ルナを招聘する。 10月7日(土)・8日(日)の2日間開催される今秋の『KYOTOPHONIE』は、今度は、京都市内から、日本三景の一つである京都府北部、天橋立に舞台を移して開催される。
今春から始まった『KYOTOPHONIE』は、2013年から毎年開催する『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』の姉妹フェスティバルとして立ち上げられたボーダレス・ミュージックフェスティバルで、今秋の『KYOTOPHONIE』には、ブラジル以外からも来日があり、世界7カ国13組のアーティストが出演予定だ。
ラティーナでは、ブラジルから来日する2人について紹介したい。いずれも、ブラジル北東部(ノルデスチ)出身の素晴らしい才能である。近年、ブラジルの音楽家の招聘が続いている音楽フェス「frue」が、同時代の洋楽を楽んでいる耳で、同時代のブラジルの音楽家を招聘する視点(バラ・デゼージョ、チン・ベルナルヂス、エルメート・パスコアール、トン・ゼー、クアルタベー、ヤマンドゥ・コスタ etc.)なのに対して、『KYOTOPHONIE』は、これまで、ノルデスチ出身のアーティストで、よりワールドミュージック(グローバルミュージック)的な視点で招聘していると感じる。それぞれのフェスティバルとしての色の違いが出ていて興味深い。
本稿ではまず、低くクールで魅惑的な歌声を持つ「アフロ・ブラジリアンの宝石」と讃えられる歌姫ルエジ・ルナについて紹介する(シコ・セーザルを紹介する記事は、後日公開予定)。
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1987年5月生まれ、バイーア州サルヴァドール出身のルエジ・・ルナ(Luedji Luna)は、これまでに『Um Corpo No Mundo(2017年)』と『Bom Mesmo É Estar Debaixo D'Água(2020年)』という2枚のフルアルバムをリリースしているシンガー(シンガーソングライター)。1stアルバム『Um Corpo No Mundo』と2ndアルバム『Bom Mesmo É Estar Debaixo D'Água』ともに、アプレミディ・レコーズから国内盤がリリースがされた。(※こちら では、高橋健太郎氏による1stアルバムのライナーノーツが読め〼!)(※こちら では、江利川侑介氏による2ndアルバムのライナーノーツが読め〼!) また、ミュージック・マガジン誌の2020年・年間ベスト/ブラジル部門で、2ndアルバム『Bom Mesmo É Estar Debaixo D'Água』は、ベストワンに選ばれている。
■ルエジ・ルナ(Luedji Lina) バイオグラフィー 本名:Luedji Gomes Santa Rita 1987年5月25日生まれ(2023年9月現在、36歳) ブラジル北東部のバイーア州、サルヴァドールで生まれ育つ。父は歴史学者で、母は経済学者。両親ともに黒人運動の活動家であり、公務員であった。そんな環境の中、闘争、政治、革命について両親から学び成長したが、世間で自分の居場所を見つけるのには時間がかかった。音楽は常に身近なものだった、というのも、彼女の父親も音楽を演奏し、サルヴァドールの様々な音楽家と作曲家で構成されたグループ「Raciocínio Lento(ハシオシーニオ・レント|※意味は、“熟慮、熟考”という意味)」の一員だったからだ。 彼女はインタビューで、幼少期に学校で同級生から人種差別を受け、それが彼女に深い影響を与え、その痛みをアートに変えることができたと話していた。ルエジ・ルナが作曲を始めたのは17歳の時で、その頃にはすでに地元のバーで歌うようになっていた。2007年、彼女は、バイーア州立大学の法学部に合格し入学、でも、音楽に専念するために、法学を職業にしないことを選んだ。2011年に、ポピュラー音楽の歌唱を、バイーア州ポピュラー歌唱学校(Escola Baiana de Canto Popular)で学び始めた。 2012年、サルヴァドール市を拠点にする、ブラジル文化の伝統的な芸術的表現の研究、普及、促進に取り組む集団文化プロジェクト「バンド・クマテー(Bando Cumatê)」のメンバーとなった。 2015年、サンパウロに移住。ルエジ・ルナの音楽は、人種的偏見、フェミニズム、女性のエンパワーメント、特に黒人女性のエンパワーメントを題材にし、アフロ・ブラジルの文化を服装で表現し、ブラジルの中のアフリカ性を歌詞で示し、アフリカ起源の宗教や、アフリカ系文化から派生したブラジルの植物や習慣について歌う。彼女の音楽は、アフロ・ブラジルのリズム、R&B、ジャズ、ブルース、そしてMPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)をミックスしている。 2011年以降、彼女は、サルヴァドールの主要なステージでコンサートを行い、また、夜のバーでも歌手としても活動した。2013年には、アライアンス・フランセーズが開催した「フランスの歌のフェスティバル」の地方予選で優勝。同年、クレイア・マケンダ(Kléia Maquenda)監督の舞台「Ponto Negro em Tela Branca」でも歌った。 同じ2013年、サルヴァドールの作曲家コレクティブであるM.O.V.Aの創設メンバーの一人となった。翌年、シングル「Dentro ali」をリリース。同シングルには、自作曲である「Asas」「Eu rio」「Às cegas」も収録していた(「Dentro ali」「Às cegas」は、エミリ・ラパ(Emillie Lapa)との共作)。2015年には、バイーアの新世代作曲家たちとのプロジェクトのアルバム(CD)『UnsZansoutros』を完成させた。このユニットは、サンパウロで開催された「Tributo aos Novos Baianos(ノヴォス・バイアーノスへのトリビュート)」というイベントに、バイーア代表として招待された。他に、シーセロ(Cícero)、ア・バンダ・ボニータ・ダ・シダーヂ(A Banda Mais Bonita da Cidade)などが出演していた。 同じく2015年に、サンパウロとリオデジャネイロでライヴを行った。ギタリストで歌手のエミリ・ラパを伴ってのパフォーマンスだった。サルヴァドールでは、「Fiz uma canção para o vento(私は風のために歌を作った) 」というタイトルの公演で、様々な会場でパフォーマンスを行った。 2017年には、セバスティアン・ノティーニ(Sebastian Notini)のプロデュースで、最初のアルバム『Um Corpo no Mundo』を、YBmusicレコードからリリース。セバスティアン・ノティーニは、ブラジルに移住したスウェーデン人で、注目すべきプロデューサーだが、先ほど紹介した高橋健太郎氏による1stアルバムのライナーノーツが、セバスティアン・ノティーニ について詳しいので、更に知りたい人は、高橋健太郎氏による1stアルバムのライナーノーツ を参考にして欲しい。このアルバムは、主に、ルエジ・ルナ自身のオリジナル曲で構成され、2018年には日本で、2019年にはヨーロッパでリリースされた。ヨーロッパでのリリースと同時に初の国際ツアーを行っている。 ポルトガルでのこのアルバムのリリース・ライヴは、リスボンや、ポルト、マデイラで、2019年7月に行われて、シネスでは音楽フェス「Festival de Músicas do Mundo(世界の音楽のフェスティバル)」に出演した。 2020年には、セカンドアルバムであり、ビジュアルアルバムでもある『Bom mesmo é estar debaixo d'água』をリリースした。全14曲は、ブラジルだけでなく、ケニアなどのアフリカ諸国でも録音された。国内外で高い評価を得た。2020年のWME Awardsでは、ルエジ・ルナは、4つのカテゴリーにノミネートされ、「年間最優秀アルバム賞」を受賞した。 2023年、「Prêmio Sim à Igualdade Racial 2023(人種的平等を推進する表彰)」の授賞式の音楽アトラクションに、BK'、MCソフィア(MC Soffia)、リン・ダ・ケブラーダ(Linn da Quebrada)、カエー・グアジャジャラ(Kaê Guajajara)、リニケル(Liniker)と共に出演した。
▶︎ 1stアルバム『Um Corpo No Mundo(2017年)』 《※リリース時のCDレビューより》 昨年発表されたバイーアのミュージシャンのアルバム(約150枚)中、彼女のこのデビューアルバムがバイーアの音楽批評家により、1位に選出された。その場にいてもそこに属さない身体、そして自分の祖先との関連性がテーマ。黒人の血を持つ彼女がサンパウロにバイーアから移住し、同じ立場にいる移民ハイチ人やアフリカ人を見てインスピレーションを抱いた作品。全体的に派手さはないが、軽いスピリチュアル感、歌詞はアフロ宗教色。カボヴェエルジの音楽を思い出すギター奏法。様々なアフロのリズムが控えめに曲を構成する。ルエジの声は母性的で抱かれて眠りにつきたくなる。【文:北村欧介】
月刊ラティーナ2018年4月号より
▶︎ 2ndアルバム『Bom Mesmo É Estar Debaixo D'Água(2020年)』 作品のテーマは黒人女性の人間性を取り戻すこと。そのために彼女は黒人女性の視点から愛について語る手法を選ぶ。彼女たちに求められるのは抑圧や飢え、闘争についてばかりで、愛をテーマにした物語はこれまでほとんどなかったからだ。詩は自身で書いたものもあれば、同郷サルヴァドールやミナスの詩人のもの、ニーナ・シモンの曲を引用し、そこにポエトリー・リーディングが続く曲もある。愛の概念を語る詩から、指輪も靴もなく家を飛び出す女性、モノとして扱われていると感じる女性、肉体関係があっても一緒にいたくないと言われる女性など、ストーリーも実に様々。音楽家となるきっかけが言葉への目覚めだったというだけあり、彼女の歌詞に対する感覚は極めて鋭敏だ。そんな12の物語を通じて、彼女自身、そして多くのブラジルの黒人女性が直面している孤独感や見捨てられた気持ち、また一個人として生活したいという切実な願いを代弁したのが、本作と言えるだろう。【文:江利川侑介】
上述のライナーノーツより抜粋
▶︎ 「A COLORS SHOW」 出演 2019年には、グローバルに才能を紹介するYouTubeチャンネル「COLORS」(登録者690万人|2023年9月現在)の「A COLORS SHOW」に出演。
▶︎ 「Tiny Desk Concert」 出演 コロナ禍にリリースされた2ndアルバムの発売を挟んで、2021年には、NPR(アメリカの公的・非営利メディア組織であるナショナル・パブリック・ラジオ)のYouTubeチャンネル「NPR Music」(登録者 829万人|2023年9月現在)の「Tiny Desk Concert」に出演。
▶︎ 「Viva Salvador」 出演 このように、着実に、世界的な知名度を上げているルエジ・ルナだが、個人的に、ブラジル国内での彼女の才能への期待の高さを感じたのが、2023年4月3日、バイーア州の州都サルヴァドールの市政474年周年を記念し開催され、全国に生配信された一大コンサート「Viva Salvador」に、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、イヴェッチ・サンガーロというバイーア出身の世界的スターたちと一緒に(4人の連名で!!)出演したのを知ったときだ。大抜擢であるが、堂々とステージに立って、その器の大きさをブラジル中の音楽ファンが知ることとなった。
▶︎ 本誌インタビュー(2018年4月号) 本誌は、2018年4月号で、「AFRO BAHIA 2018 〜アフロ・バイーアの静かなる新潮流〜」という小特集を組み、その中で、ルエジ・ルナにもインタビューを行い、音楽的ルーツやバイーア出身で黒人にルーツを持つ女性歌手としてのアイデンティティについてを中心に、彼女の言葉を紹介した。
—— 生まれ育った環境や自身のストーリーについて教えていただけますか? ■ルエジ・ルナ 私は、サルヴァドール出身です。カブラという地区で生ま れ、ブロタスというところで育ちました。今は、サンパウロとサルヴァドールを行き来しながら生活しています。音楽は、両親が聞いていた音楽にとても影響を受けました。ミルトン・ナシメント、ルイス・メロヂア、ジャヴァンその主な人たちで、それから、グレゴリー・アイザックス、アルファ・ブロンディ、ピーター・トッシュ、エヂソン・ゴメスなど父が聴いていた 80年代のレゲエ全般...... そうして、低音と管楽器に夢中になりました。そんななかで特に大きく影響し、私にとって学びの場となったのは、〈ハシオシーニオ・レント(※サルヴァドールの様々な音楽家と作曲家で構成されたグループ)〉でした。バトゥーカし(太鼓をたたき)に我が家の中庭に集まった、父の職場の仲間たちが演奏し、ブラジルの一番いい大衆歌集を歌うのを聴きながら毎週末を過ごしました。そんな子ども時代を過ごしました。 今、取り組んでいるプロジェクト『Um Corpo no Mundo』では、アンゴラ、カーボ・ヴェルデなどの音楽を参考にして研究しています。マイラ・アンドラーデ、サラ・タヴァーレス、アリニ・フラザォン、そしてバントゥの言葉で曲をつくるバイーア出身のチガナ・サンタナの作品や活動にとても共鳴します。
月刊ラティーナ2018年4月号 —— バイーアで生まれた黒人にルーツを持つ女性であることは、どのように作品に影響を与えていますか? ■ルエジ・ルナ バイーアで生まれたことは、私には恵みをもたらします。アフリカ以外でもっとも黒人度の高い街、サルヴァドール出身で、活動家の親の元で育ち、そういう教育を受けました。70 年代、80 年代に活発に活動していた活動家のもとに生まれた世代で、私はそんな親たちの政治的プロジェクトの一部であり、政治は家族の朝の食卓の中心的な話題でした。政治に無関係な芸術をつくるなんて、不可能なのです。まず、黒人女性としての自らの尊厳と生存を保証するために、そして私も活動します。私たちという存在を守るために、先祖が闘ってきたことに対して責任を感じるし、その闘いがあったから私が私でいることがいま許されるのだから。責任を感じます!
月刊ラティーナ2018年4月号
▶︎ 待望の初来日 このように、2017年のデビュー以来、音楽を通じて自分の言葉も伝え、黒人女性としての自律を求める現在進行形の闘いを続け、ブラジルのみならず、日本で、世界で注目されてきた「アフロ・ブラジリアンの宝石」ルエジ・ルナ。評価と認知が高まるばかりのルエジ・ルナ。2ndアルバムがCD化しているのは、世界中で日本だけのようで、日本でも特に注目されてきたルエジ・ルナが、2023年秋、待望の初来日する。ルエジ・ルナの出演は、10月8日に予定されており、現在の情報では、今回の来日での演奏は、この1回のみだ。2ndアルバム発表後に収録されている上記の 「Tiny Desk Concert」での編成のようなバンド編成での来日になるんだろうか。初来日、天橋立を舞台にするたった1回のコンサート ── 京都に足を運んで観る価値は十分にある。
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▶︎ 新曲はミルトン・ナシメントのカバー ルエジ・ルナが幼少期より尊敬してきた音楽家の1人がミルトン・ナシメント。ルエジ・ルナが今年6月に発表した最新音源(シングル)は、ミルトン・ナシメントの代表曲の1つ「Nada Será Como Antes」だ。「ブラジルの声」ミルトンの歌声と、ルエジ・ルナの歌声を聴き比べることで、ルエジの歌声の魅力を実感することもできる1曲。
▶︎ PV ルエジ・ルナのPVは、映像作品としても魅力的なものが多いので、本稿の最後に紹介したい。
▶︎ SNS INSTAGRAM https://www.instagram.com/luedjiluna/