[2023.10]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~13】 予測不能な底知れなさを秘めている南アフリカ・ジャズ界の異能ギタリスト Sibusile Xaba(シブシル・シャバ)
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto
この10年ほどの間に新世代勢が躍進し、ワールドワイドな注目をますます高めている南アフリカのジャズ・シーン。間もなくその発火点となったシャバカ&ジ・アンセスターズがビルボードライブ東京において初来日公演を行い、エスペランサ・スポルティングにも通じる柔軟にしてしなやかな音楽性で独自の世界を深化させてきたキーボード奏者&ボーカリストの Thandi Ntuli(タンディ・ンツリ)もUS現代ジャズの最重要レーベルである≪International Anthem≫から新作を控えていてトピックに事欠かないが、個人的に最も強い関心を持ち続けているのが常にシーンの中核にいながらも異彩を放ち続けるギタリスト&シンガーの Sibusile Xaba(シブシル・シャバ)だ。本稿では改めて彼の歩みを追いながら、IzangoMa名義での最新作へと話を繋げていきたい。
84年に南アのクワズールー・ナタール州で生まれた彼は、ズールー人のフォーキー・ブルースとでも呼ぶべきマスカンダやンバクアンガ、ジャズをベースに伝統音楽などを取り入れながら確立されたマロンボなどに影響を受けつつ独自のスタイルを築いていったようだ。最初はマスカンダの代表的な音楽家の1人であるMadala Kunene(マダラ・クネネ)に師事し、マロンボの先駆者である鬼才フィリップ・タバネからも多くを学びながらジャズ・ギタリストとしても腕を磨き、14年にはアンセスターズにも参加するドラマーのTumi Mogorosi(ツミ・モゴロシ)が英国の名門レーベル≪Jazzman≫から発表したリーダー作『Project Elo』に参加。先に彼がギタリストとして参加した他の音楽家の作品を挙げておくと、フィリップ・タバネの息子で打楽器奏者として活躍する Thabang Tabane が18年に発表した『Matjale』、英国のクラブ・シーンの重鎮であるコールドカットが中心となって南アの才人たちと共演したプロジェクトとして話題を集めたケレケトラ!が20年に発表した『ケレケトラ!』があり、これらの作品ではジャズからファンク色の強いものまで柔軟に弾きこなすギタリストとしての腕の確かさが堪能できる。
その一方で、ソロ名義で発表するアルバムはどちらかと言えば先に説明したマスカンダなどにルーツを持つ彼のシンガーソングライターとしての側面を色濃く打ち出したものであり、17年に発表されたCD2枚組の初ソロ作『Open Letter To Adoniah / Unlearning』は、ジャズ・ギタリストという先入観を持って接すると戸惑うものの、ズールー人の音楽を継承したシャバの雄大なサウンドと個性に圧倒される大作だった。ベースとドラムを従えたトリオでのCD1、盟友タバン・タバネを含む2人の打楽器奏者とのCD2と、どちらも一発録りのライブ録音でスピリチュアル・ジャジー・アフロ・フォークとでも呼ぶべき世界を展開した本作は、やや聴き手を選ぶ作風かもしれないが、あらゆる意味で規格外な彼の魅力を生々しく記録している。そして、フランスの越境的なジャズ系レーベルである≪Komos≫から20年に発表した『Ngiwu Shwabada』は、もう1人のボーカリストを迎えながらほぼギターの弾き語りに近いスタイルで、曲の長さも初作よりはコンパクトにまとめ、ギターワークでもジャズ色の強い側面を覗かせながら、より研ぎ澄まされた境地を示した傑作。やや埋もれてしまった感はあるが、今からでも耳を傾けてみてほしい。
そして、ジャイルス・ピーターソンが主宰する≪Brownswood≫から今年に入って IzangoMa 名義でリリースされた初のアルバム『Ngo Ma』は、シャバが16年から継続して取り組んできたというモザンビークの若い音楽家たちとの総勢15名が参加するコラボ・プロジェクトで、これまでとはまた全く異なった音を大所帯で展開している。シャバは本作ではギターを全く弾かず、ピアノやシンセなどの鍵盤類を弾きながらリード・ボーカルを担当しているが、同じくブラウンズウッドから20年に発表された南ア・ジャズの要人が集った全曲新録のコンピ盤『インダーバ・イズ』でも共演していたマルチ奏者のAshley Kgabo(アシュレイ・クガボ)と彼が中心となって繰り広げるサウンドは、南ア発の未来派スピリチュアル・ジャズと呼ぶべき奔放なもの。荒っぽいリズムの打ち方もまた魅力的なヴィンテージな音色のドラム・マシン、ジャマイカのナイヤビンギにも通じる打楽器群、コズミックなシンセ使い、流麗なソロからフリーキーな演奏までと多彩なホーン陣が奏でる音は、旋律のところどころも含めてサン・ラからの影響が強く感じられるが、まったくオリジナルな世界を確立している。また、シャバの歌の持ち味がカラフルなサウンドを得て明快に引き立っている点も聴きどころで、アルバム終盤には南ア・ジャズの偉大な先駆者の1人であるジョニー・ダイアニに捧げた楽曲を収めているのも大きなポイント。作品ごとにあまりにも異なる側面をみせ、容易にカテゴライズできない個性を媚びることなく発揮し続けるシャバだが、ルーツなどを踏まえてみればその基本的なスタンスは一貫しており、今後もまだまだ次には何が飛び出してくるのか予測不能な底知れなさを秘めている。
(ラティーナ2023年10月)
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