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[2023.9]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~12】 “ユーラシア・ルート” からのブラジル音楽〜Yotam Silberstein, Soyuz, Enji

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

 ブラジル音楽が世界中で奏でられていることは、日本の音楽シーンを見渡してみても明らかなことであり、ラテン音楽やスカ、アフロビートなどと同様に世界各地に様々な形での〝フォロワー〟を生んできた。90年代にクラブ・ジャズ隆盛の流れでダンサブルな60~70年代ブラジル音楽の掘り起こしが過熱化した時にも、本国のものと同時にヨーロッパ各地で盛んに奏でられていたブラジリアン・フュージョン系の良作がDJたちによって再発見され、東欧、バルカン、北欧などの〝お国柄〟が強く反映されたハイブリッドな試みも数多かったが、近年の現代ジャズ・シーンの周辺にもそれに似た妙味を感じさせる作品が増えてきている気がする。今回はイスラエル、ベラルーシ、モンゴルという3つの国にルーツを持つ音楽家のアルバムをピックアップし、意外な〝ユーラシア・ルート〟から浮かび上がってくるブラジル音楽の興味深いヴァリエーションに注目してみたい。

 まず、イスラエル出身の現代ジャズ・ギタリストとして活躍を続けるヨタム・シルバースタインの最新作『Universos』(Jazz&People)は、近年に強めてきたブラジル~南米音楽への傾倒ぶりをカラフルかつ良い意味で肩の力の抜けたリラクシンなノリで表現した快作。ブラジル出身で米国の名門サニーサイドから発表したリーダー作も秀逸だったピアニストのヴィトール・ゴンサルヴェス、同郷のドラマーのダニエル・ドールとのトリオで、軽快なフレーヴォのマーチング風リズムに乗せて疾走する冒頭の「Brooklyn Frevo」から実にゴキゲン。全体的にはブラジリアン・ジャズ色を強めたゴンチチのようなタッチで〝軽音楽〟的ではあるが、ブラジル音楽の多彩なリズムやエッセンスがしっかり効いていて飽きが来ず、いつまでも聴いていたくなる心地よさに満ちている。また、中盤に収められた「Candombe par Ruben Rada」では、ヨタムとのデュオ作も素晴らしかったアルゼンチンのカルロス・アギーレが打楽器奏者として客演し、ラスト曲ではこちらもブラジル音楽にも造詣が深いハーモニカ奏者のグレゴア・マレがゲスト参加。イスラエルも70年代からブラジリアン・フュージョンやMPBのカバーなどが盛んに奏でられた国だが、そうした流れを今に継承した好例とも言えそうだ。


 ウクライナの隣国のベラルーシといえば、最近はロシア寄りのスタンスで国としての印象は極めて良くないが、最近にはポスト・パンク系バンドのMolchat Domaがワールドワイドな注目を高めたりして、音楽においては見過ごせない動きがあった。そんなベラルーシを拠点に活動を続けるソユーズ(Soyuz)が英国のMr.Bongoから昨年にリリースした『Force Of The Wind』は、神秘的なジャケットのアートワークから想起されるイメージをそのまま具現化したような、70年代のロー・ボルジェスなどに代表されるクルビ・ダ・エスキーナ一派やアルトゥール・ヴェロカイらに通じるような幽玄にしてサイケなブラジリアン・サウンドを展開。緻密なコードワークやハーモニーの多用によってそれらの音を消化しながら、一時期の良質な北欧ネオアコ勢などを思わせるような独特のひんやりとした空気感を漂わせて独自のノリを醸し出している点も素晴らしく、3曲目ではロシア出身の電子音楽/シンセ・ポップの才媛であるKate NVことケイト・シロノソヴァをボーカリストとして効果的に起用している点も聴きもの。もともとスラブ系の国々にはブラジル音楽との相性の良さを示した佳作が多いものの、ベラルーシから放たれたこの瑞々しくも美しい傑作は格別のインパクトを放っている。


 そして、そうしたヨーロッパ周縁~ユーラシア圏におけるブラジル音楽受容の新たな形を示したものとして聴いても興味深いのが、モンゴルからドイツのミュンヘンへと拠点を移して現代ジャズ・シーンにおいて異彩を放つ女性シンガーソングライターのエンジ(Enji)が発表した最新作『Ulaan(ウラン)』(Squama)だろう。モンゴルの伝統的なオルティン・ドーをルーツに持ち、同郷のモンゴル人コントラバス奏者らとともに独自の音を模索し続けている彼女だが、『ウラン』では現代ブラジル音楽の先端を常に示し続けるクラリネット奏者のジョアナ・ケイロスとブラジル出身のドラマーを迎えたクインテット編成で、よりハイブリッドかつ色彩感を増した新境地を大胆に展開。北アジア的な感覚を宿したエンジの歌声と、ミニマル音楽やショーロなどの要素も豊かに内包したケイロスのクラリネットが絶妙に絡み合い、ジャズを媒介としながらもそこには収まり切らない孤高の境地へと到達している。ある意味では、近年のビョークのアコースティックな編成による楽曲にも通じるところもあり、ミュンヘン経由でモンゴルとブラジルの才媛が合流した結果に生まれた不思議な音世界は、アジア音楽ファンもブラジル音楽ファンも未聴の領域へと連れ去る刺激的なものとなっている。

吉本秀純(よしもと ひですみ)●72年生まれ、大阪市在住の音楽ライター。同志社大学在学中から京都の無料タウン誌の編集に関わり、卒業後に京阪神エルマガジン社に入社。同名の月刊情報誌などの編集に携わった後、02年からフリーランスに。ワールド・ミュージック全般を中心に様々な媒体に寄稿している。編著書に『GLOCAL BEATS』(音楽出版社、11年)『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』(シンコーミュージック、14年)がある。

(ラティーナ2023年9月)


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