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[2023.3]フーベル(Rubel)というブラジル ─ アルバム『As Palavras Vol. 1 & 2』 解説

文●ヂエゴ・ムニス(Diego Muniz)

 よりブラジル的でよりポピュラーに ⎯⎯ フーベル(Rubel)の3作目のスタジオアルバム『As Palavras Vol. 1 & 2〈邦訳:いくつかのことば Vol. 1 & 2〉』は、こういう印象を受ける。
 フォーク (『Pearl』2013年) でデビューし、2 番目のアルバム (『Casas』2018年|
「2018年ブラジル・ディスク大賞」関係者投票で1位) で MPB とヒップホップをミックスしたフーベルは、ポピュラーであると同時に実験的なファンキ、フォホー、パゴーヂ、サンバ、ヒップホップ、MPBの融合を探求した。

Rubel 『As Palavras Vol. 1 & 2』

 この数年間のブラジルでの生活の感覚を記録しようと、ブラジル音楽のさまざまな側面にアプローチし、その代表的な音楽家と共演しました。ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)、ガブリエル・ド・ボレル(Gabriel do Borel)、リニケル(Liniker)、ルエジ・ルナ(Luedji Luna)、BK、バーラ・デゼージョ(Bala Desejo)、チン・ベルナルヂス(Tim Bernardes)、シャンヂ・ヂ・ピラーリス(Xande de Pilares)、メストリーニョ(Mestrinho)、MCカロル(MC Carol)といった音楽家です。

 『As Palavras Vol.1&2』は、フーベルが4年間続けた、ブラジル文学やブラジルの歌の歴史についての徹底的な研究の成果でもあります。歌詞は、彼の自伝的、個人的な経験、つまり愛情、別れ、出会いだけを扱っているわけではありません。この新しい旅の中で、フーベルは、(イタマール・ヴィエイラの本から着想を得た「Torto Arado〈曲がった鋤(すき)〉」や、保守的な中年男がカーニバルを通して救済を見出す風刺的なマルシャ「Na Mão do Palhaço〈ピエロの手の中に〉」のように)他の作家の書いた登場人物の物語や、新たな感覚でブラジルの現実を体験することができる音楽を記録しています ── 暴力、情熱、皮肉、愛情のバランスに注意しながら。

 このアルバムは、伝統と現代の対話を提示しています。収録された20曲は、2つのサイドに分かれています。1つ目の側面は、ファンキ、ハステイリーニャ(Rasteirinha ※)、モダンなパゴーヂなどの現代的なリズムとと美学をベースに、より陽気で楽観的なブラジルの側面に触れることができる10曲が収録されています。

※ Rasteirinha
ハステイリーニャは、2012 年にブラジルで誕生した音楽のサブジャンル。ファンキ・カリオカに似ていますが、より自由なリズムで、おおよそBPMが96と、遅いビートを刻む点が異なる。

 一方で、サイド2は、歴史や伝統との対話が多く、マルシャや、サンバ、街角クラブ(Clube da Esquina)にインスパイアされた曲(ミルトン・ナシメントがゲストVo)、ルイス・ゴンザーガ(Luiz Gonzaga)の再解釈を2曲収録しています。結果的に、サイド2の曲目は、よりメランコリックで濃密なものになりました。昼と夜のように、晴れやかな面と陰鬱な面が補完し合っているように感じられます。

 ミルトン・ナシメントやガブリエル・ド・ボレルといった共演があまり考えられなかった音楽家たちとの接近は、その二項対立をより強固にしていると同時に、何が伝統で現代か、何が真面目で冗談か、何がクラシックでポピュラーか、何が聖で俗か、という境界を曖昧にしているようにみえます。この矛盾は、近年の政治的混乱の中で、ブラジル人であるということについての混乱の経験に直接的に語りかけるものです。

 自国のアイデンディーや、ブラジル人であることの意味を定義できる象徴についてブラジルが分裂し混乱している中で、『As Palavras Vol. 1 & 2』は、この国でまだ愛することができるものを思い出すという野心的なミッションを提示しています。フーベルによる提案の1つは、ブラジル音楽そのものです。国を創るためのツールとしてのブラジル音楽 ── リズムの力と言葉の力です。

Rubel photo by João Kopv

楽曲解説

サイド1

Forró Violento (instrumental) 

 アルバムの冒頭を飾る「Forró Violento (instrumental)|〈暴力的なフォホー〉」は、メストリーニョ(Mestrinho)のサンフォーナ、フェリピ・パチェコ(Felipe Pacheco)による弦楽、ドーラ・モレレンバウムの指揮による合唱団と、不協和音を組み合わせて、生々しくも乾燥したサウンドスケープを表現しています。

Grão de Areia

「Grão de Areia〈砂の粒〉」は、フーベルが最初に注目された楽曲「Quando Bate Aquela Saudade〈いつかの郷愁に心打たれるとき〉」を想起させるサンフォーナのイントロで始まりますが、すぐにパゴーヂに変わって驚かせられます。フーベル、アナ・カエターノ(Ana Caetano|Anavitória)、ト・ブランヂリオーニ(Tó Brandileone)の共作曲で、シャンヂ・ヂ・ピラーリス(Xande de Pilares)と一緒に歌っています。アルバムの、ゲストを迎えたパートの始まりの曲です。

Não Vou Reclamar de Deus

「Não Vou Reclamar de Deus〈私は神様に文句を言わない〉」は、アナ・フランゴ・エレトリコ(Ana Frango Elétrico|)によるプロデュース。WhatsApp(※メッセージアプリ)の音声メッセージのような、身近な雰囲気のあるオーディオ品質の声とギターだけで始まりますが、1970年代のホベルト・カルロス(Roberto Carlos)からインスパイアされたビッグ・バンドによるサンバ・ソウルのサウンドへ繋がります。

Toda Beleza

 ルーカス・ヌニス(Lucas Nunes|Bala Desejoのメンバー、Caetano Veloso最新作『Meu Coco』のプロデューサー)がプロデュースした「Toda Beleza〈すべての美しさ〉」は、バーラ・デゼージョが参加した愛とセックスについての歌です。親密で告白的な歌詞は、サンバヘギ、MPB、ソウルをミックスした オルケストラ・フンピレズ(Orkestra Rumpilezz) のメンバーが演奏するパーカッション・アレンジとは対照的です。サルヴァドールで録音されたこの曲は、オルケストラ・フンピレズの創設者で指揮者だったマエストロ、レチエレス・レイチ(Letieres Leite)へのオマージュでもあります。

Put@ria!

 ガブリエル・ド・ボレル(Gabriel do Borel)がプロデュースした「Put@ria!〈ビッチ〉」は、MCのBKとMCカロル(MC Carol)が挑発しあう露骨な歌詞で、禁断のファンク・カリオカの世界に光を当て、フーベルが新しい姿を見せます。

Rubelía

「Rubelía〈ブベリア〉」は、スペイン出身の歌手ロザリア(Rosalía)へのオマージュとして、フーベルが、デーカプス(Deekapz)と共同でプロデュースした曲。ロザリアは、本作に大きな影響を与えたうちの1人です。レゲトン、ファンキ、ピザヂーニャ(Pisadinha※)、ヒップホップを組み合わせたダンス・インストルメンタルの小曲です。

※Pisadinha:2000年代にバイーアで生まれたリズム。

Posso Dizer

 作曲は、フーベルとマームンヂ(Mahmundi)とカルロス・フフィーノ(Carlos Rufino)の共作、プロデュースはフーベルによる「Posso Dizer〈私は言える〉」は、トラディショナルなサンバですが、6弦ベースの歪んだ音や、ゴスペルやファンクのビートに由来するドラムの変化など、モダンなパゴーヂの要素を取り入れて、現代的なアレンジで録音されています。

Vinheta As Palavras I

「Vinheta As Palavras I」は、フーベルとアナ・カエターノとの間のWhatsAppでのやりとりのオーディオで、「Força(力)」という言葉の力についての小曲になりました。

As Palavras

「As Palavras〈ことば〉」は、フーベルが歌詞を書き、作曲はチン・ベルナルヂス(Tim Bernardes)で、アルバムのタイトルの由来になっています。音の空白と音のコラージュを使用した実験的な楽曲です。

Forró Violento

 サイド 1 の最後に、冒頭のインストルメンタル小曲「Forró Violento〈暴力的フォホー〉」が、今度は歌われて、戻ってきます。朗読されるのは、娘を養うことができない妊婦が夫と銀行に強盗に入り、警察に撃たれてしまうという悲劇の詩です。

サイド2

Torto Arado

 サイド 2は、「Torto Arado〈曲がった鋤(すき)〉」で始まります。これは作家のイタマール・ヴィエイラ(Itamar Vieira)の同名の小説から直接フーベルが翻案した楽曲で、リニケル(Liniker)とルエジ・ルナ(Luedji Luna)が Vo で参加しています。この曲は、同小説のあら筋を繰り返し歌い、同書の読者には心を揺さぶる中心的なポイントを、まだ読んでない人にとっては同書を読みたいと思わせるようなポイントを訴えます。

Lua de Garrafa

 フーベルとミルトン・ナシメントと共に作曲した「Lua de Garrafa〈月というボトル〉」は、友情とクルビ・ダ・エスキーナを誉め称える歌で、フーべルの個人的な経験と、ミルトン・ナシメント自身が経験した物語を語る歌です。

Na Mão do Palhaço

「Na Mão do Palhaço〈ピエロの手の中に〉」は、自殺寸前の保守的な中年男性が、カーニヴァルの奇跡によって救われたという風刺的なマルシャです。作詞作曲はフーベル。

Doutor Albieri

「Doutor Albieri〈アルビエリ博士〉」は、愛を理解し合理化することの難しさを歌うサンバ・ジャズです。メストリーニョのフォホーマナーのサンフォーナのサウンドに、エレクトロニック ビートとジャズの要素が加わります。作詞作曲はフーベル。

Samba de Amanda e Té

「Samba de Amanda e Té〈アマンダとテのサンバ〉」は、60年代から70年代にかけての古いサンバをイメージさせます。着想は、多くの友人が親になるのを見たルーベルの内省から生まれました。 歌詞は、私たちが次の世代にどのようなブラジルを残していくのかを問いかけます。作詞作曲はフーベル。

Amor de Mãe

「Amor de Mãe〈母の愛〉」は、MPB の伝統的作法に基づいた、シンプルで愛情深い曲です。自身の母親への手紙で、感謝の気持ちを伝えるとともに、ありがとうをあまり言わなかったことに対する謝罪の歌です。作詞作曲はフーベル。

Vinheta As Palavras Ⅱ

 「Vinheta As Palavras I」は、フーベルとアナ・カエターノとの間のWhatsAppでのやりとりのオーディオでしたが、「Ⅱ」は、フーベルとドーラ・モレレンバウムとのWhatsAppでのやりとり。ブラジル人のポルトガル語の発音が話題になっています。

Assum Preto & Forró no Escuro

 アルバムの最終盤の2曲は、ルイス・ゴンザーガ(Luiz Gonzaga)による「Assum Preto〈黒つぐみ〉」と「Forró no Escuro〈暗闇の中のフォホー〉」のカバーです。どちらも、ブラジルの抱える深い真実を映し出すことができる曲だとして選ばれました。「Assum Preto」では、ドーラ・モレレンバウムによるアカペラの歌唱で、意表を突いた表現がなされています。

Toda Beleza(Pelos Loirinhos)

 アルバムの最後を締めくくる曲は、サイド1の4曲目だった「Toda Beleza〈すべての美しさ〉」のホームレコーディングで、曲が出来た瞬間をスマートフォンで録音したもの──つまり、言葉の誕生を捉えた録音です。


アルバム全編


(翻訳●花田勝暁)


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