[2022.3]早川 純 インタビュー|新作ソロバンドネオン・アルバム『Bandoneon errante / さすらいのバンドネオン』
インタビューと文:花田勝暁
気鋭のバンドネオン奏者、早川純が2018年のソロバンドネオン・アルバム『Caja Magica(カハ・マヒカ)』以来、4年ぶりとなる2ndソロバンドネオン・アルバム『Bandoneon errante / さすらいのバンドネオン』をリリースする。ライフワークとして毎年実施しているソロツアーを通してたどり着いたソロ・アルバム第二弾。
「前作以上にじっくりと時間を掛けてアルバムを制作した」と早川が言う本作は、ライブ感を重視した前作とは趣を変え、緻密なアレンジを施したレパートリを中心に構成されている。
オリジナル3曲の他、モサリーニ関連や1907年フェリシアーノ・ラタサによって作曲されたタンゴ曲、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサ・ノヴァ曲、欧米の映画音楽、新旧日本の名曲など、ジャンルの垣根を越えてバンドネオンの可能性を追求する。
本作にどんな思いを込めたのか、早川純に話を訊いた。
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⎯⎯ 前作ソロ『Caja Mágica(カハ・マヒカ)』(2018年)に比べて、『Bandoneón errante / さすらいのバンドネオン』(2022年)は、選曲における自由さがより増したように思いますが、選曲に関する心境の変化はありましたか? 全体としての取り上げる楽曲のバランスで、意識していたことはありますか?
早川 純 まず、前作と今作で共通して言えることは、CDを作ることありきではなく、ライブツアーを実施することを主軸に活動していて、その結果としてのレコーディングである、ということです。
毎年全国各地を巡りソロコンサート・ツアーを行う中で、その始まりとなった時点での、一般に分かり易く耳馴染みの良いタンゴ(ピアソラ含む)中心のレパートリから、ツアーの折々、自分が弾いてみたいと思う作品を採り上げるようになっていった結果、今回の選曲となりました。
季節感のある作品を採りあげたり、旅先で出会った楠の巨木からインスパイアされたり、個人的な趣味であり、ツアーの移動手段でもある「バイク」に関わる作品だったり、といった感じです。
全体としてのバランスで意識していることは、バンドネオンという楽器の持つ様々な側面・魅力を伝えられるようにという点です。力強さ、しなやかさ、キレの良さ、繊細なニュアンス、哀愁、率直さ、色気など、バンドネオンは楽器としての潜在的な可能性を持っています。それらを自分の音楽性の発露として表現に結びつけて、「聴きたいやつにだけ伝わればいい」というのではなく、コンサートに足を運んでくれた、或いはCDを手に取ってくれた老若男女、不特定多数の人に、実際に感じ取ってもらえる =伝わる音楽を目指しています。
そういう意味で、自分が主宰している Tango-jack や HAYAKAWA TERUGGI TRIO の「独自路線」とはまた違って、「間口は広いけど、音楽的には妥協しませんよ」というようなバランス感覚で取り組んでいます。
⎯⎯ 先達の残したタンゴが4曲収録されています。タンゴに関して、どのような基準で、ソロバンドネオンで取り上げるかどうかを決めていますか?
早川 純 前作『Caja Mágica(カハ・マヒカ)』では、人気のある曲だから、コンサートで求められるから、というきっかけで採り入れたレパートリもありましたが、今回は自分がその作品に魅力を感じ、ソロで弾きたいと思ったかどうかという基準で選曲しています。とはいえ上述のバランス感覚から、ある程度のポピュラリティ、タンゴ「らしさ」を宿した作品から選びました。
実際のところ、「ビクトリアホテル」はダリエンソスタイルの、「白い小鳩」はF.テルの、「酔いどれたち」はJ.J.モサリーニの、「ダンサリン」はL.フェデリコのアレンジをベースとしています。そういう意味で、自分自身のオリジナリティはあまり濃くはないかもしれませんが、自分を示す為の凝りに凝ったアレンジを施すよりは、その曲やアレンジに感動した感覚を伝えたいと採り上げてみました。
⎯⎯ トム・ジョビンの作品「Insensatez」をバージョン違いで収録した意図は? そしてなぜ「Insensatez」だったのでしょうか?
早川 純 この曲は、個人的に以前から好きな作品でした。新型コロナが流行し始めて演奏の機会が激減していた頃、自分のYouTubeチャンネルでこの曲の即興演奏をupしました。この曲の持つ雰囲気が、バンドネオンにとてもマッチしているように感じていますし、ツアーの中でも時折採り上げることがありました。3日間に及んだレコーディングは、みっちりアレンジした作品が中心で、朝から夜まで続きました。肉体的にも精神的にも、敢えて自分を追い込んで集中していく部分がありましたが、そんな中毎日録音の最後に「Insensatez」をパーっと弾き流していたんですね。CDに入れるかどうかもハッキリ決めずに、日課的に実施していましたが、最終的に録った音を流して聴いていた時に、アレンジを一切せずミスもある、そのまんまの音が、アルバムの風通しを良くしてくれるかなと感じて収録しました。
[#8]は初日の1st take、[#15]は最終日の2nd takeですが、それぞれの演奏のテンションの違いが、個人的には面白いかなと思って両方とも収録しました。[#8]の方はレコードのアナログ盤のイメージで、MIXに手を加えてもらい変化を付けました。また、このトラックがコンサートにおける1stステージ・2ndステージのように、アルバムの前半・後半を分ける役割も担っています。
⎯⎯ 録音について教えていただけますか? 1人で多重録音した曲はありますか? どんな質感の音を目指していましたか?
早川 純 前作では「矢車草」というオリジナル曲を多重録音しましたが、今回は全作品、多重録音はしていません。全編、ライブで再現できる演奏に拘りを持って収録しました。
MIXの方向性としては、当初はフランスの師であるJ.J.モサリーニの『Don Bandoneon』のような、不思議な質感の音作りを試してみたいという気持ちもありました。ですが、実際に全曲を録音し終えた段階で、エンジニアの種村氏から逆に、今回の録音の魅力を引き出すには、実験的な音色加工を施すよりは、ナチュラルな質感を残した方が良いと思うと伝えられました。それを受けて、正直それほど悩むこともなく、バンドネオンの純粋で自然な響きの質感を目指す形で落ち着きました。
CDは、演奏家が一人で作り上げるものではなく、エンジニアやデザイナーさんをはじめとしたチームでの共同作業だと考えています。自分の主観にだけ頼るのではなく、それぞれの分野の信頼のおけるプロが意見を寄せてくれることが、より良い作品作りに繋がっていくように感じています。
⎯⎯ アルバムタイトル「Bandoneón errante / さすらいのバンドネオン」や、アルバムジャケットに込めた思いを教えていただけますか?
早川 純 旅が好きで、バイクが好きで、バンドネオンが好きな自分。「旅」は単純に演奏ツアー自体でもありますが、人生における様々な経験もまた、大きな意味での旅に繋がります。自分の音楽は、天から降ってきたわけでもなく、楽器とだけ向き合い続けて生み出されたものでもない。紆余曲折、試行錯誤しながら自分なりに生きてきた結果(経過)だと感じています。そして、これからも続いていくそんな「旅」への思いを込めて、「Bandoneón errante ~さすらいのバンドネオン」とタイトルを付けました。
ジャケットは、新しい人生の価値観を与えてくれた、バイクとバンドネオンのコラボレーションです。…… 実はブックレットにもいい感じのお気に入りカットが掲載されているので、是非お手にとって頂きたいです笑。
僕にとってCDは、ただの音源記録媒体ではなく、トータルで体感してほしい作品なんです。
⎯⎯ 4月からのソロツアーは、バイクで回るのですか?
早川 純 4月は、岡山から始まり周防大島(山口)、松山、高松(2箇所)、丸亀、近江八幡、大船、東京、加須と演奏して回ります。それ以降も全国各地、公演を組んでいく予定ですが、いずれも可能な限りバイクでと考えています。去年も、土砂降りが続いた北陸3ヶ所以外は、沖縄や宮古島まで含め20ヵ所、各地バイクで周りました。
実際には電車移動の方が楽だし、リスクも少ないしかえってリーズナブルなケースも多いんですよ。それならなぜバイクでツアーをするのか。結局それが楽しいからなんですよね笑。「楽しい」ということが、僕が音楽で伝えたい思いでもあります。辛いことも悲しいこともひっくるめて、幸せに昇華できるような音楽を奏でていきたいです。
今回のCDには、愛車SR500をタイトルに冠したオリジナルを収録していますが、もう一台の愛車、MT-09をタイトルにしたオリジナル曲ができる日も決して遠くはないでしょう。今年も全国津々浦々バイクで参りますので、是非一度、お近くのライブ会場を訪ねてみて下さい。
(ラティーナ2022年3月)
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