(無料記事)[2020.10]エドアルド・レオ特集上映−映画で歌え、イタリアの心
文●二宮大輔(京都ドーナッツクラブ)
Text by Daisuke Ninomiya
留学当初はイタリアの音楽が好きになれなかった。私がローマに住みはじめた2000年代後半には、まだぎりぎり大型CDショップが生き残っていて、特に右も左もわからなかった留学したての頃は、新しい音楽を知る場所として、大通りのCDショップを活用していた。店内に流れるBGMや試聴機で聞くイタリアの音楽は、どれもべちゃりと耳にへばりつくような質感だった。少なくとも大手CDショップに出回っているメジャーレコード会社のポップスに関しては、だいたいがミドル・テンポで仰々しく歌われるラブソングという印象だった。イタリア人アーティストの棚を一枚一枚チェックして目にする、何十年も一線で活躍する人気歌手の奇抜な服装や、自分の顔を前面に押し出したCDジャケットにも閉口したものだ。
だがそのネガティブな印象は、数年後にある映画を観て刷新されることとなる。それが2010年のダニエレ・ルケッティ監督『我らの生活』だ。ローマ郊外で建設現場の監督をするクラウディオは、貧しいながらも愛する妻、ふたりの息子と一緒に、幸せな生活を送っている。ところが、建設現場で、足場から転落した不法移民の死体がみつかり、建設がストップの危機に瀕する。そんななか、三人目の子どもを生んだばかりの妻が亡くなってしまう。次々と災難に見舞われたクラウディオは、妻の葬儀でヴァスコ・ロッシの”Anima fragile”(壊れやすい心)を熱唱するのだった。
Vasco Rossi
ヴァスコ・ロッシは40年のキャリアで約4000万枚のCDを売り上げた、現役で活躍するイタリア・ロック界の雄だ。サングラスに革ジャンがトレードマークで、私が忌避した粘着性のあるイタリア人歌手のイメージにかなり近い。そんな彼の代表曲”Anima fragile”は、いまは離れてしまった大切な人に捧げる泣きのバラードで、1980年のサードアルバム収録されている。「人生は続いていく/俺たちがいなくても/もう遠ざかってしまった/一つになれる状況から/それだけで十分だった小さな感情から/もう戻ることのない状況から」
『我らの生活』のクラウディオは、もちろん自らを重ね合わせてこの曲を歌うわけなのだが、一聴したときは、やはりこの直接的な歌詞と、ドラマチックすぎる楽曲のアレンジがあまりにも粘っこくて、なぜよりによってこの曲を歌うのかと首を傾げた。例えばナンニ・モレッティ監督の『息子の部屋』では、息子を亡くした父親が喪失とともにブライアン・イーノの“By this river”を聴く場面がある。そういうセンスを『我らの生活』の制作サイドは発揮できかったのか。
『我らの生活(2010年)』ダニエレ・ルケッティ監督
だが、クラウディオが災難を受け入れつつ日常生活を続けるこの映画の感動的なラストシーンを観て、私は考え直させられた。実際に自分もローマ郊外に住み、現地の人々とつながりができたというのも大きかったかもしれない。私の知り合った彼らは、サッカーチームの試合に一喜一憂し、大声でケンカをし、タバコを吸いながら広場のベンチで何時間も話し込む。それが私の目にはとても人間らしく映った。ゆえに、ローマの郊外で暮らす現場監督の男が悲しみの底で力を振り絞って歌うのは、ブライアン・イーノではなく、ヴァスコ・ロッシでないといけないのだ。究極のところで、イタリア人の心を深く素直に表現するのは、直接的でドラマチックなイタリア語のバラードなのだ。
それに気づいてからは、事あるごとに映画に登場する粘着性のイタリアン・ポップスを見る目が変わった。いや、聞く耳が変わった。ある感情、ある状況にバチリとはまり、作品のメッセージ性を増幅させて人の心を震わせるイタリアン・ポップスが、確かに存在する。
『わしら中年犯罪団』マッシミリアーノ・ブルーノ監督
それから十数年を経て、最近している仕事のなかで、これまた興味深い映画に出会った。私が知人たちと字幕をつけて上映を企画したマッシミリアーノ・ブルーノ監督の『わしら中年犯罪団』だ。中年三人組のクライム・コメディーなのだが、現代から1982年にタイムスリップして、すでに結果を知っているサッカーの試合を的中させて大儲けしようとするストーリーだ。1982年にタイムスリップした主人公が、何の気なしに2001年の大ヒット曲ヴァレリア・ロッシの”Tre parole”(三つのことば)を口ずさむ。すると、1982年の人々が「あら、その歌いいわね」と気に入って歌い出すのだ。この曲は、言ってしまえば商業的な流行歌なのだが、あなどってはいけない。サビの「三つのことばをちょうだい/太陽 心 愛」は、”parole”(ことば)、”sole”(太陽)、”cuore”(心)、”amore”(愛)と、たたみかけるように韻を踏んでおり、高揚感のあるメロディーとともに耳に残るし、聞いていて楽しい。2000年代のヒット曲がまさしく別の時代で愛されるその構図から、イタリア人の心の普遍性を感じ取った次第だ。今ではすっかり、芸術的に価値が低いと思われがちな大衆向けのポップスのなかにこそ、その国の人々の深部に通じる鍵があると思っている。
※『わしら中年犯罪団』を含む4本の新作イタリア映画を上映するエドアルド・レオ特集上映を以下の日程で行います。詳細は各サイトから。
10月16日(金)~10月25日(日)アップリンク吉祥寺
10月23日(金)~10月29日(木)アップリンク京都
10月30日(金)~11月7日(土)アップリンク・クラウド
(ラティーナ 2020年10月)
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