[2022.7]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ㉔】 「楽園」の創造 ―ポリネシアのイメージと音楽文化―
文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)
1891年フランスの画家ポール・ゴーギャン Paul Gauguin(1848-1903)は、「文明の影響から逃れるため」に、フランス領ポリネシアの中心地・タヒチに向かいました。しかし、その頃、すでにタヒチは南太平洋でも最も西洋化が進んだ地域でした。タヒチで制作した作品が売れず、滞在資金も尽きたゴーギャンは、フランスに帰国したもののパリの美術界で孤高となり、再びタヒチに戻って文筆活動をしました。
ゴーギャンは、かねてからマルケサス諸島の木彫り彫刻(2022年4月号)に関心があったらしく、1901年にはタヒチから1500km 北東にあるヒヴァ・オア島に移住し、1903年そこで急死したのでした。ヒヴァ・オア島の女性たちは、ゴーギャンに「香水をつけすぎる」(2022年5月号)と言わしめるほど西洋化しており、ゴーギャン自身も中心地・アトゥオナで西洋風のぜいたくな暮らしをしたのでした。結局、南の島は、西洋文明から隔絶された「楽園」ではなかったのです。
文化人類学者の吉岡政德は、「素朴でおおらかな人々の生活」を描いたゴーギャン作品に「性(エロス)」と「死(タナトス)」というテーマを見出だし、それらは彼自身の「野性の思惟」を表現したものとみなしています。ポリネシア人という他者を描いた一連の作品には、ヨーロッパ人というゴーギャンの自己の感性が投影されているというわけです。
同じ20世紀初頭、外部者がイメージした楽園を表現したハパ・ハオレ hapa haole と呼ばれる英語の歌とそれに合わせて踊るハパ・ハオレ・フラ hula が、ハワイを舞台に作りだされました。ハパは一部、ハオレは白人(外国人)のこと。ハパ・ハオレ・ソング(白人の歌)は、スティール・ギターやウクレレのゆったりとしたメロディやハーモニーを伴うハワイ風の歌のことです。一方、ハパ・ハオレ・フラは、1915年にサイレント映画『アロハ・オエ』で演じられたのを手始めとし、セクシーな女優がにこやかに腰をくねらせて踊るものです。これが、フラを代表するイメージとして、ハリウッド映画を通じて定着しました。アメリカ本土の観光客の求めに応じて、ハワイのクム・フラ kumu hula (フラの師匠)も、ハパ・ハオレ・フラを踊るようになりました。ハパ・ハオレ・フラは、現在でもアメリカ本土で人気があり、ワイキキのホテルなどで上演されるフラの大半を占めています。
日本とハワイとの関係は、19世紀終わりからのサトウキビ農園(2020年10月号)への移民から始まりました。数年で財を成して帰国しようと考えていた日本人移民にとって、現実は極めて厳しいものでした。オアフ島をはじめ各島に入植したことから、1920(大正9)年には、日系人がハワイ諸島全体の42.7%を占めるほどとなりました。
日本人移民1世の生活をうたったのが、≪ホレホレ節 hole hole bushi≫。ホレホレとは、ハワイ語で乾燥したサトウキビの葉のことです。2015年、忘れかけられていた≪ホレホレ節≫を復興するプロジェクトが、ハワイ大学西オアフ校で立ち上がりました。次の動画は、2000年に開催された「NHKのど自慢ハワイ大会」で優勝した沖縄系4世のアリソン・アラカワさんがうたう≪ホレホレ節≫です。
Hole Hole Bushi - Allison Arakawa - HUOA 2020
Virtual Okinawan Festival
移民1世の苦労とは裏腹に、戦後の日本で流行したのが、≪憧れのハワイ航路≫(石本美由起作詞、江口夜詩作曲、1948)。次第に、ハワイは日本人の手にも届く楽園となり、1980年代初めには、新婚旅行先として人気ナンバーワンとなりました。
憧れのハワイ航路 唄 岡 晴夫
一方、ハワイではアメリカの公民権運動の高まりを受けて、1960-1970年代に「ハワイアン・ルネサンス」が始まりました。これに伴い、ハワイ語の歌詞からなる欧米的なフラ・アウアナ hula ‘auana(現代フラ)と共に、フラ・カヒコ hula kahiko(古典フラ)の復興が盛んになりました。フラ・カヒコは、朗唱とリズムに合わせて、歌詞のテーマを身体で表現する力強い踊りです。
フラ・カヒコ動画 (振り付け・Hula・Kahiko) [マイハワイ]
ハワイアン・ルネサンスの機運が高まると、ハパ・ハオレ・フラは邪道と見なされるようになりました。ところが、昨今ではかつてのクム・フラへの敬意から、ハパ・ハオレ・フラもハワイ文化の一部と見なされるようになってきました。また、フラ・カヒコの「新作」も盛んに行われています。新たな古典フラを創作することで、古典様式を守り伝えようというわけです。
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