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[2023.4] 【映画評】 『セールス・ガールの考現学』 ⎯⎯ モンゴル映画の新たな地平を切り開く ポップでキュートな(社会派)エンタメ映画の誕生!

『セールス・ガールの考現学』

モンゴル映画の新たな地平を切り開く
ポップでキュートな(社会派)エンタメ映画の誕生!

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文●あくつ 滋夫しげお(映画・音楽ライター)

 “モンゴル映画”と言っても、具体的なイメージを思い浮かべられる人はそう多くはいないだろう。いたとしてもそのほとんどが、雄大な草原に移動式住居のゲル、弦楽器の馬頭琴など、民族色の濃いイメージに彩られているのではないだろうか。本作もモンゴル映画だがわずかに草原が登場するだけで、首都ウランバートルの都会を舞台に一人の少女の成長がスタイリッシュに描かれる。その突き抜けた新しさは、アスガー・ファルハディ監督の日本初公開作『彼女が消えた浜辺』を観た時に感じた驚き(既存のイラン映画のイメージとのギャップ)に近いかもしれない。

『セールス・ガールの考現学』
4月28日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
©2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures
配給:ザジフィルムズ

 人生の目的もなく親の勧めるままに原子力工学を学ぶ大学生のサロールは、内向的で感情を表に出さないタイプで友達も少ないが、ふとしたきっかけでアダルトグッズの店で短期アルバイトをすることになる。サロールは売上金を毎日届けるうちに、店のオーナーで高級フラットに一人で暮らす謎めいた中年女性カティアと少しずつ心を通わせてゆく。やがて悠々自適な富裕層のカティアに批判の目を向けながらも、彼女が語る過去と孤独、そして投げ掛ける言葉に人生の重みを感じ、自身の未来に希望を持てるようになるのだが…。

 冒頭から、誰が歩道に落ちたバナナで滑るのか?という超ベタなスリルをユル〜く楽しみつつ、「お、そう来たか」とニヤリとさせる展開で掴みはOKだ。またモンゴルではまだ公の場で話すことがタブー視されているセックスについての映画だということを、男性器の隠喩でもあるバナナがさりげなく示唆してもいるだろう。そしてジム・ジャームッシュやアキ・カウリスマキの諸作にも通じるような、少しとぼけたオフビートな笑いの感覚が、本作に通底する空気感ですよと提示する、鮮やかなオープニングだ。

『セールス・ガールの考現学』
4月28日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
©2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures
配給:ザジフィルムズ

 本作は基本的にサロールがカティアの含蓄に富んだ金言に導かれ、初めて自分らしい生き方を模索する成長譚であるが、同時にお互いが囚われている呪縛から解放されるために助け合う年の差シスターフッド映画でもあり、カティアにとってもサロールとの出会いが新たな人生の分岐点になっている。そして二つの世代(それは富裕層と貧困層の対比でもある)の断絶を描きながら、そんな二人でも友情や影響を与え合う関係を築くことが出来るという、この世知辛い世の中における微かな希望にもなっているのだ。

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