[2025.1]【タンゴ界隈そぞろ歩き⑳】2025年はどんな年?
文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura
2025年最初のそぞろ歩き。今年もよろしくお願いします。
さて今回は、タンゴにとって2025年とはどういう年なのだろうか、というお話。といってもこれから起きることの展望のような大それたものではなく、100周年、50周年といった節目のまとめである。それなりに数があるので今回は基本的に事項の羅列にとどめた。いくつかの話題については今後の記事で深堀りしたいと思う。
100周年
100年前の1925年、タンゴ界で最も大きなニュースとなったのがフランシスコ・カナロのパリ公演だった。公演は大成功を収め、アルゼンチンの新聞でも大きく報じられる。見出しに躍る “Canaro en París” の文言に強く感じるものがあったギタリストのフアン・カルダレーラは、バンドネオン奏者アレハンドロ・スカルピーノと共作したばかりのタンゴのタイトルにその見出しをそのまま付けることにした。日本でも非常に人気のある曲「パリのカナロ」の誕生である。2年後にはカナロ自身も録音している。
レコード会社主導の覆面楽団《オルケスタ・ティピカ・ビクトル》が結成されたのもちょうど100年前のこと。若手の優秀なミュージシャンを集めて作られた録音専門楽団だった。指揮を務めたのはバンドネオン奏者のルイス・ペトルチェリ。「Olvido」は同楽団が最初に録音した2曲のうちの1曲。
今年生誕100年を迎えるアーティストは非常に多いが、まずはアストル・ピアソラと並ぶ前衛的なタンゴを創造したエドゥアルド・ロビーラ(バンドネオン奏者、作編曲家、楽団指揮者、1925/04/30-1980/07/29)を挙げたい。例えばシェーンベルクの十二音階技法をそのまま曲のタイトルにしたこんな作品も書いている。
日本の誇る大歌手、藤沢嵐子(1925/07/21 - 2013/08/22)もまた生誕100年である。1953年のペロン大統領主催エビータ追悼コンサートで歌ったことで、アルゼンチンでも語り継がれるほどの存在になった。その際の録音がラジオ東京(現TBSラジオ)で放送された際の音声がこちら。
他には、ピアソラやロビーラとも共演しオスバルド・プグリエーセの代理でピアノを弾いたこともあるオスバルド・マンシ(ピアニスト、作編曲家、楽団指揮者、1925/08/31-1976/04/18)、フルビオ・サラマンカ脱退後のフアン・ダリエンソ楽団を支え、ダリエンソ亡き後はそのスタイルを継ぐ演奏活動を続けたカルロス・ラサリ(バンドネオン奏者、作編曲家、楽団指揮者、1925/12/09-2009/06/09)も重要。
没後100年では女性初のプロ・バンドネオン奏者だったパキータ・ベルナルド(1900/05/01-1925/04/14)を挙げておこう。作曲家としても名を残し、また自ら楽団を率いてカフェにも出演していたパキータ。その楽団にはまだ少年だったオスバルド・プグリエーセやエルビノ・バルダロも参加していた。悪性の風邪が25歳目前の若さで彼女を天に連れて行ってしまったのは何とも惜しまれる。彼女が作曲した「Soñando」をカルロス・ガルデルの歌で。
50周年
50年前の1975年の一番大きな出来事はアニバル・トロイロ(バンドネオン奏者、作編曲家、楽団指揮者、1914/07/11-1975/05/19)が亡くなったことだろう。タンゴ黄金時代の大スターでありタンゴやバンドネオンの偶像的存在である彼は、少年時代からの活躍により芸歴は長いものの、亡くなったときにはまだ60歳だった。トロイロのバンドネオンと肉声を「我が街のノクターン」で聴いてみよう。
そのトロイロの楽曲への作詞をはじめ多くの詞・曲を書いたカトゥロ・カスティージョ(1906/08/06-1975/10/19)もトロイロの5か月後に亡くなっている。アマチュアボクサーから作曲家に転身した彼は、1920年代末から30年代には自ら楽団を率いていた時期もあった(その後父ホセ・ゴンサレス・カスティージョの後を継ぐ作詞家になる)。こちらは彼の楽団が1929年にスペインで録音した「Invocación al tango」で、父ホセ・ゴンサレスの作詞、カトゥロの作曲。
他にもアルフレド・ゴビ楽団、オスバルド・プグリエーセ楽団、セステート・タンゴで活躍した大歌手ホルヘ・マシエル(1920/09/17-1975/02/25)、タンゴ史上最高のピアニストの一人ハイメ・ゴシス(1913/04/15-1975/02/26)も没後50周年となる。一方生誕50周年は歌手のバネッサ・キロス(1975/01/10- )などが挙げられる。
他にもこんな節目が
50年、100年という大きな節目以外では、トロイロと並ぶタンゴの偶像だったカルロス・ガルデル(歌手、作曲家、俳優、1890/12/11-1935/06/24)が飛行機事故で亡くなってから90年になる。オスバルド・プグリエーセ(ピアニスト、作編曲家、楽団指揮者、1905/12/02-1995/07/25)は生誕120周年、没後30周年に加え、初来日から60周年のトリプル周年記念。
1955年にはアルゼンチンでペロン政権が崩壊し、タンゴの黄金時代が終焉を迎えた。この年はまた、アストル・ピアソラが《ブエノスアイレス八重奏団》と《弦楽オーケストラ》で本格的にタンゴの革命を始めた年でもあり、タンゴに大きな転換が起きてから70周年ということになる。
今年はどんな年になるだろう
ざっと駆け足で、2025年がどんな節目にあたるのかを挙げてみた。一方これからについては、今まさにスタートしたばかりのファビオ・ハーゲル・セステートの来日公演をはじめとして、他にも国内外の多くの音楽家が様々なタンゴを届けてくれることだろう。上に挙げたような出来事や人を記念するようなイベントや録音もあるかもしれない。我々が今年見聞きすることの何かが50年後、100年後に思い起こされるだろうか。そんなことも想像しながら、今年もタンゴを楽しんで行きたい。
関連楽曲をプレイ例ストにまとめた。今回はYouTubeを貼った楽曲については別のバージョンや曲に差し替えているので、両方あわせてお楽しみいただきたい。
Canaro en París パリのカナロ (Alejandro Scarpino, Juan Caldarella) / Vale Tango
Sarandi サランディ (Juan Baüer) / Orqesta típica Victor - オルケスタ・ティピカ・ビクトルが「Olvido」とともに最初に録音した曲
A Evaristo Carriego エバリスト・カリエゴに捧ぐ (Eduardo Rovira) / Eruardo Rovira y Agrupación de tango moderno
Milonga triste 悲しみのミロンガ (Sebastián Piana, Homero Manzi) / 藤沢嵐子、オルケスタ・ティピカ東京
Febril フェブリル (Eduardo Rovira) / La orquesta Osvaldo Manzi - オスバルド・マンシの楽団がロビーラの作品を演奏
Mi dolor 我が悩み (Carlos Marcucci, Manuel Meaños) / Los solistas de D'Arienzo, Osvaldo Ramos - カルロス・ラサリ率いるダリエンソスタイルの四重奏団による演奏
La enmascarada ラ・エンマスカラーダ (Paquita Bernardo, Francisco García Jiménez) / Carlos Gardel - ガルデルが歌ったパキータ・ベルナルドの作品
La última curda 最後の酔い (Aníbal Troilo, Cátulo Castillo) / Aníbal Troilo y su orquesta típica, Edmundo Rivero
Orgañito de la tarde たそがれのオルガニート (Cátulo Castillo, José González Castillo) / Carlos Di Sarli y su orquesta típica - ホセ・ゴンサレスとカトゥロのカスティージョ父子による最も有名な作品
Vigilia ビヒリア (Víctor Lavallén, Darío Cardozo) / Sexteto Tango, Jorge Maciel - ホルヘ・マシエルが亡くなる前年の録音
Tres minutos con la realidad 現実との3分間 / Astor Piazzolla y su orquesta de cuerdas - ハイメ・ゴシスの壮絶なピアノが聴ける楽曲
Tú あなた (José Dames, José María Contursi) / Vanesa Quiroz
Volver 帰郷 (Carlos Gardel, Alfredo Le Pera) / Carlos Gardel - カルロス・ガルデルの亡くなる数か月前の録音
Buenos Aires - Tokío ブエノスアイレス=東京 (Julian Plaza) / Osvaldo Pugliese y su orquesta típica - プグリエーセ初来日時にメンバーだったフリアン・プラサが日本の印象を曲にしたもの
Picasso ピカソ (Astor Piazzolla) / Astor Piazzolla y su Bandoneón, y su orquesta de cuerdas, Martial Solal - ピアソラがパリ留学から帰国する前にパリで録音
(ラティーナ2025年1月)
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