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[2024.10]【映画評】『シビル・ウォー アメリカ最後の日』〜現実と地続きの“もしもの世界”で描かれる 一生モノのトラウマ級の恐怖を体感する

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
現実と地続きの“もしもの世界”で描かれる
一生モノのトラウマ級の恐怖を体感する

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文●あくつ 滋夫しげお(映画・音楽ライター)

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 
10月4日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 
配給:ハピネットファントム・スタジオ

 本作の監督/脚本家アレックス・ガーランド(1970年ロンドン生まれ)は26歳の時に「ザ・ビーチ」(レオナルド・ディカプリオ主演で03年に映画化)で小説家デビューし、後に脚本家、さらに監督としてのキャリアを始め、『28日後…』(02 脚本)、『わたしを離さないで』(10 脚本)、『エクス・マキナ』(15 監督/脚本)などの上質なSF映画を世に送り出してきた。SFに軸足を置きながら人間の本質にも触れるような哲学的な深みまで感じさせる内容が、特に監督を手掛けるようになった『エクス・マキナ』以降の作品では、エッヂの効いた美しいヴィジュアルと研ぎ澄まされた豊かなサウンドとが相俟った独自の美学による世界観を創り上げ、多くの熱心なファンが常に彼の新しい作品を待っている。

 ガーランドの監督/脚本作は制作総指揮も兼ねた全8話の配信ドラマ『DEVS/デヴス』(00)で一つの頂点を極めたと思っているが、それは『エクス・マキナ』以降全ての作品でチームを組むプロデューサーのアンドリュー・マクドナルド(脚本デビュー作『28日後…』からの関係)、撮影のロブ・ハーディ、音楽のベン・ソーリスベリーとジェフ・バーロウ、音響デザインのグレン・フリーマントル(『ゼロ・グラヴィティ』でアカデミー賞を受賞)の力によるところも大きいだろう。本作では『DEVS/デヴス』から新たに加わった編集のジェイク・ロバーツも含め、チーム力がより進化/深化している。映画ファンにとって今最も信頼のおける映画会社A24が過去最高額の予算を投じたことも大きく、その期待通りに同スタジオ最大のオープニング成績となる大ヒットを記録し、2週連続全米第1位となっている。

 本作は「アメリカが2つに分断されて内戦が起きたら?」という “もしもの世界” を描くSF映画だが、同時に7月のトランプ前大統領暗殺未遂事件で誰もが頭の片隅で「内戦か?」と危惧した、現実の世界と地続きの戦争アクションにして深淵なる人間ドラマでもあり、ガーランドの新境地と言っていいだろう。物語は内戦の原因には一切触れずいきなり政府軍の劣勢状態から始まり、戦場カメラマンのリーと記者のジョエルのコンビが、大統領の最後の単独インタビューを取ろうとしている。リーの恩師のベテラン記者サミーと、リーに憧れ戦場カメラマンになる夢を抱く野心家のジェシーが加わり、4人は車でニューヨークからワシントンD.C.へと向かう。しかし次々と想像を絶する狂気に直面し、常軌を逸した極限状態の中で心身ともに疲弊して行く。果たしてリーとジョエルはホワイトハウスに辿り着き、大統領のインタビューを取れるのだろうか? 

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 
ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 

 本作で描かれるのはアメリカの内戦だが、秀逸なのはカメラが勝敗の行方だけを追わないことと、対立する両軍を現実世界と同じリベラル派と保守派に分けない状況設定だ。劇中では政治的主張を一切描かず、台詞の端々に政府軍(大統領)の独裁政治をほのめかし、さらに反乱軍をカリフォルニア州とテキサス州という現実ではリベラルと保守を代表する2州の同盟軍にすることで、安直なポピュリズム的対立にはさせていないのだ。つまり単純な勝ち負けによる一喜一憂を避けることで、観客は戦争そのものの不条理と、より本質的な生と死に対峙することになる。この状況を可能にするためにこそ、本作の主人公は中立的な立場のジャーナリストになっているのだろう。

 生と死の境界線に立つ4人の視点で描く本作は、否応なく観客を戦場の最前線に引きずり出し、誰もがその言い知れぬ恐怖に立ち尽くすはずだ。当然多くの死が描かれるが、それは例えばヒーロー映画のパンチひとつや爆弾1個で大勢をなぎ倒すような死ではない。一人の人間が少しずつ死に至る姿を容赦なく克明に見せつける描写には、異様な緊迫感がみなぎり、それが何度も繰り返されると根源的な恐怖が胸の奥から湧いてくる。そしてその背景には人間が本来持っている残虐性と、差別意識や保身のための無関心などの醜悪さも浮き彫りになって来るのだ。また内戦という状況が作り出す敵味方の区別がつかない曖昧さは、目の前で対峙する人間とのやり取りが一歩間違えれば死に直結するという、計り知れない恐怖で心と体を縛り付けてくる。

 その一方で本作は社会や人間の暗部だけでなく、未来への一筋の希望の光も描いている。若いジェシーはカメラマンとしても人としてもまだまだ未熟だが、D.C.への道中で様々な経験を積んで少しずつ成長して行く。特に終盤で陥るまさに生き地獄としか例えようのない一生モノのトラウマ級の恐怖が、文字通りの大量の死と引き換えに彼女を覚醒させる。そして戦場カメラマンである限り常に直面するであろう「助けるべきか、撮るべきか」という問いが彼女にも降りかかり、その答えが物語を大きく左右することになるのだ。またベテランのリーが若いジェシーの成長を目の当たりにすることで、さざなみのように起こる心の変化にも注目したい。

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 
ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 

 ジェシーを瑞々しく演じたケイリー・スピーニーは、『プリシラ』(23)や『エイリアン:ロムルス』(24)などの話題作に次々と出演を果たす今最も注目される若手俳優で、ジェシーが憧れるリーを演じたキルステン・ダンストとの見事なアンサンブルを見せてくれる。ちなみにスピーニーとサミー役のスティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、大統領役のニック・オファーマン、そしてリーとジョエルのジャーナリスト仲間役の、ガーランド作品のミューズとも言うべきソノヤ・ミズノは、『DEVS/デヴス』でもそれぞれ重要な役を演じている。

 さらに本作で特筆すべきは、前述のチーム力が結集した技術面の素晴らしさだ。まず撮影は戦場と化した日常を手持ちカメラでリアルに切り撮りながら、スローモーションや空撮、写真としての静止画を上手く織り交ぜ、凄惨な場面も飛び散る火花と炎が幻想的に見えたりもする。何より驚いたのはその強烈な音響だ。リアルな銃声や迫力のある爆発音によって、まるで本当に戦場にいるかのような圧倒的な臨場感に包まれるが、その後に訪れる静寂の場面のコントラストが動揺と恐怖を倍増させる。現場の音と台詞、効果音、音楽の、何を聴かせて何を聴かせないかという音響のデザインが完璧なのだ。そしてこの豊潤な映像と音響、センスの良いスコア、スーサイドやデ・ラ・ソウルなどの印象的な挿入歌が高次元で一体化した多面的な表現は、強く感情を揺さぶるのと同時に、本編に独特のリズムを生み出している。

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. 
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 年末には多くの選者がベスト10上位にランキングするであろう、この経験したことのないような衝撃作を、ぜひ音響の良い映画館で深い没入感と共に “体感” してほしい。

(ラティーナ2024年10月)


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