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[2022.4] 【連載 アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い㉑】 20年以上世に出ずにいた、かわいいラブソング - 《Ai quem me dera》
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[2022.4] 【連載 アントニオ・カルロス・ジョビンの作品との出会い㉑】 20年以上世に出ずにいた、かわいいラブソング - 《Ai quem me dera》

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文と歌詞対訳●中村安志 texto e taraduão / Yasushi Nakamura

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 ジョビンに関するこの連載第4回目にご紹介した「数学の授業(Aula de matemática)」というユーモラスな曲は、マリーノ・ピントという、 1927年生まれのシンガーソングライターとの共作でした(1958年)。

 このマリーノとジョビンの共作は、少なくとも計5曲確認されており、この「Aula de matemática」のほかに、「Sucedeu assim(こうなってしまった)」、「Magoas(悪夢)」、「Frase perdida(失われたフレーズ)」、そして最後に、「Ai quem me dera(ああ、こうだったらいいのに)」という歌がみつかっています。

サンバ歌謡、ボレロなどを多数、世に送り出したマリーノ・ピント

 たった5曲とはいえ、ジョビンの貴重な作品の相方となった11才年上のマリーノについて、少しご紹介しておきましょう。1916年、リオ州北東寄り内陸側の町ボン・ジャルジンの生まれ。11歳で州都リオに転居し、初作を作曲。34年に大学(法学部)入学後、中退し、複数の新聞社で報道の仕事に従事(小粋な歌詞から想像されますが、記録でも、国語はかなり得意だったようです)。43年に退職後、作曲家・作詞家の著作権を擁護する団体を設立。当時の音楽家が集った店カフェ・ニースの常連としても、よく知られる存在だったようです。

 ジェトゥリオ・ヴァルガス大統領お気に入り音楽家でもあり、51年には、政治任用ポストである連邦政府公安部の調査官に任命されたという記録もあります。1965年、48歳の若さで他界するまで、およそ300曲もの作品を残しました。

 50年代、女性歌手ダルヴァ・ヂ・オリヴェイラやエリゼッチ・カルドーゾが多くのマリーノ作品を録音。あのジョアン・ジルベルトも、マリーノの最初の大きなヒット曲となった「Aos pés da cruz(十字架の下で)」を、新時代のスタートともなったアルバム『Chega de saudade』(1959年)の中に収録しており、この曲は63年に、マイルス・デイヴィスもアルバム『Quiet Nights』の中で録音されるなど、広く知られるようになりました。ジョアンは、その後も85年のモントルー・ジャズフェスティヴァルで「Preconceito(偏見)」というマリーノの歌を歌ったほか、後期のアルバム『João violão e voz』(2000年)にある「Segredo(秘密)」という1曲も、実はこのマリーノの作品です。

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