新作 『Fazer e Cantar』をリリース ─ ヂアナ・オルタ・ポポフ(Diana HP) インタビュー ─ ミナス音楽を21世紀にアップデートする宝石のような才能
正統ミナス音楽を21世紀にアップデートする宝石のような才能、ヂアナ・オルタ・ポポフ(今作から欧文表記は“Diana HP”に)が、2018年の『Amor de Verdade』以来となる3rdアルバム『Fazer e Cantar』を完成させた。弊社が国内盤でリリースした(2022年8月29日発売)。
インタビュー・文 花田勝暁
今作は、2013年以来、ヂアナが生活と活動の拠点としているフランスで全編が録音された初めてのアルバムだ。ベーシストで、ヂアナの公私共のパートナー、マチアス・アラマン(Mathias Allamane)が参加するプロデューサー・ユニットの「The Jazzbastards(※)」のメンバーが音楽監督として参加した。ヂアナの楽曲や歌声の魅力が、新たなサウンドの中で、引き出されている。
インタビュー・パートの前に、ヂアナのプロフィールを簡単に紹介したい。
1979年6月、ブラジル、ミナスジェライス州、ベロオリゾンチ生まれ。父は、ベーシストで作曲家のユリ・ポポフ(Yuri popoff)、母はフルート奏者のレナ・オルタ(Lena Horta)で、レナ・オルタは、クルビ・ダ・エスキーナでの活動でも知られるギタリストで作曲家のトニーニョ・オルタ(Toninho Horta)の実の妹で、ヂアナ・オルタ・ポポフは、トニーニョ・オルタの姪だ。両親のユリとレナは、トニーニョ・オルタのコンサート・バンド「Orquestra Fanatasma」の中心メンバーとしても活動してきており、ヂアナ一家とトニーニョ・オルタとは、血縁の繋がりだけでなく、音楽的な繋がりも強い。
ヂアナは、リオで音楽に囲まれて育ち、ブラジル新世代の傑出した才能ジョアナ・ケイロス(Joana Queiros)とは幼馴染だったりもする。1999年にリオのブラジル音楽院(Conservatório Brasileiro de Música)に入学し、フルートを専門に学び、2003年に卒業。以降、音楽家としての活動と平行して、多くの学校で音楽を教えてきた。
イヴァン・リンス(Ivan Lins)、ミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)らのプロデュースをしてきたプロデューサーのマルシ オ・ロミランダ(Marcio Lomiranda)が、ヂアナの才能に惚れ込み、デビューアルバム『Algum Lugar(どこか)』(2013)を録音。ミナス音楽と電子音楽の自然で軽やかに融合したデビュー・アルバムは、各所で高い評価を得た。CDのブックレットでは、なんと、ヂアナの才能に心酔したイヴァン・リンスが解説を執筆していた。その中で、「ヂアナ・オルタ・ポポフの音楽は特別だ。彼女の才能は彼女の音楽を好きにさせると同時に、彼女の音楽を守ろうと思わせる。この音楽を心から堪能しよう」という言葉を残している。
デビューアルバムを携えたヨーロッパでのリリースツアーで、後に結婚することになるフランス人ベーシストのマティアス・アラマン(Mathias Allamane)と出会い、結婚。ヂアナは、生活と活動の拠点をパリに移した(2013年)。
ブラジル人ピアニストで作曲家のアンドレ・メマーリと、彼のスタジオで録音した2ndアルバム『Amor de Verdade(真実の愛)』の録音のきっかけは、ヨーロッパだった。2014年にスイスのジュネーブで、アンドレと久しぶりに再会。ヂアナがパーティーの最中に自作曲を演奏すると、アンドレはヂアナの才能に驚愕し、アンドレはサンパウロ郊外の自分のスタジオで録音しようと、ヂアナに声をかけた。録音は、2015年1月に行われた。ヂアナの愛娘ニーナ(Nina)の出産を経て、アンドレとの録音が2ndアルバム『Amor de Verdade(真実の愛)』に結実し、2018年12月にリリース。ボーナス・トラック入りで、日本盤でもリリースされた。アンドレのピアノやアナログ・シンセで、ヂアナの音楽が美しく着飾られて、彼女の天然の特別な才能が生み出す楽曲の魅力にフォーカスする。ヂアナの歌の繊細さ、楽曲の持つミナス特有の透明感とメロディやコードの美しさが、聴くほどに染み込むアルバムとなっている。筆者は、ヂアナと日本盤の制作のやりとりをしたが、『Amor de Verdade(真実の愛)』に収録された「ボーナス・トラック」というのが、ちょっと変則的だ。ヂアナ本人の楽曲ではなく、アンドレ・メマーリがニーナの誕生を祝福した作曲した未発表曲「Ninanana」という曲が収録されているのだ。アンドレが得意の多重録音をしていて、かなり良い仕上がりになっている。改めて、この曲をアンドレが最近、何かに収録したかどうか調べてみたが、やはり、『Amor de Verdade』の日本盤ボーナス・トラックでしか聴けない。「Ninanana」は確かに素晴らしい出来栄えの曲だが、自分の曲じゃないのに、ボーナス・トラックに収録しようと思うものだろうか。ヂアナには、少し天然なところがあり、それも彼女の良さだと思う。
アルバムのリリース・コンサートはフランスやモロッコの他、日本でも行った。日本ツアーは、叔父のトニーニョ・オルタとのツアーで、ブルーノート東京の他、山形、神戸でコンサートを行った。また、ヂアナのソロ・コンサートも、今は無き青山・プラッサオンゼで行った。
アルバム『Amor de Verdade』に寄せて、アンドレ・メマーリはこのような言葉を寄せていた。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、最新作『Fazer e Cantar(作って歌う)』に関しては、彼女の言葉で、語ってもらいましょう。日本でのアルバムリリースに際して、インタビューを行った。
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── なぜ名前を、「Diana Horta Popoff」から 「Diana HP」 に変えたのですか?
ヂアナHP 「Diana Horta Popoff」 から 「Diana HP」に変えたのは、まず単純に、短くできるからです。
もう1つの大きな理由は、3rdアルバムで取り組んだ新しい音楽の「スタイル」に若々しい態度で臨み、新しい聴衆に広げていくためでした。
── アルバムを作ることはどのように決まり、どのように録音は進んだのですか?
ヂアナHP 粒ぞろいのレパートリーがあると気づいた2019年に、アルバムを作ろうと思い始めました。
そして、夫のマチアス・アラマンが、彼とヴィンセント・トーレル(Vincent Taurelle)、ヴィンセント・テージャー(Vincent Taeger)、ルドビク・ブリュニー(Ludovic Bruni)とで録音した音を自宅で聴いたときに、すべてが決まりました。この録音を最初に聴いたとき、創造性とパフォーマンス、ジャズへのユニークなアプローチ、アコースティックなサウンドに、私は魅了されて、私はこのチームと一緒に制作したいと思いました。
それから2~3日で、私とマチアスは、ミュージシャンたちにこのプロジェクトに参加してくれるかどうかを尋ねると、全員がOKしてくれました。また、私が提案した曲を聴いて気に入ってくれて、このレコーディングを始めることをとても喜んでくれました。
レコーディングは、パリの素晴らしいスタジオ「Midilive Studio」で行いました。ヴィンテージのシンセサイザーや、オルガン、特別なマイクなど貴重な機材があり、またスタジオの雰囲気も特別でした。また、制作過程において、デイヴ・マクドナルド(Dave McDonald)、やアントワン・シャベール(Antoine Chab “chabert”)というミキシングとマスタリングの素晴らしいスペシャリストに巡り合うことができたのも幸運でした。こういうことが実現できたのは、プロデュースしてくれたミュージシャンや、このアルバムを制作したレコード会社であるZ Productionsのおかげです。
── このアルバムは、初めて全編フランスの音楽家たちと録音しました。一緒に録音した音楽家について教えていただけますか?
ヂアナHP はい、ミュージシャンは全員フランス人で、普段は、ポップシーンで、サウンドにこだわりを持って活躍している音楽家です。多くの偉大なアーティストを活動を共にし、シーンに貢献してきた音楽家です。夫も含め紹介します。
マチアス・アラマン(Mathias Allamane|ベース)は、エリック・レニーニ(Éric Legnini)や、トニー・アレン(Tony Allen)、ヴァネッサ・パラディ(Vanessa Paradis)らと共演してきています。
ドラム担当で音楽監督のヴィンセント・テージャー(Vincent Taeger)は、ポニ・ホアックス(Poni Hoax)、トニー・アレン(Tony Allen)、ニコラ・ゴダン(Nicolas Godin)らと共演してきました。
シンセサイザー担当で音楽監督のヴィンセント・トーレル(Vincent Taurelle)は、エール(Air)、クリスティーヌ・アンド・ザ・クイーンズ(Christine and the Queens)、ジャスティス(Justice)らと共演してきました。
またギタリストのルドビク・ブリュニー(Ludovic Bruni)が、1曲「Balanço」に、参加しています。
── 電子音楽に近づいたという印象ですが、これは一緒に録音した音楽家の影響ですか? それともあなたが以前から持っていた興味ですか?
ヂアナHP 私の電子音楽への興味がはっきりしていたことはありません。私は電子音楽のグループやアーティストにはあまり興味がなかったのですが、でも、閉じていたわけでもありません。
それぞれの音楽家の経験の違いや知識の違いが相互作用を生むような挑戦が好きです。例えば、ポップスの仕事でも、電子音楽の仕事でも、彼らはフランスの一流の現場を経験しています。
私にとって、このコラボレーションは非常に意味がありました。
── アルバムに収録された各曲について簡単に教えてもらいますか?
ヂアナHP 「Fazer e Cantar」は、アルバムの冒頭の曲です。マルシオ・ボルジェスが歌詞をつけてくれたこの曲は「視野を広げる」、つまり、善意を持って生きて、喜びと自由を手に入れるという考えをもたらしてくれます。この曲は、まさに2年間のパンデミックを経た、心の解放そのものでした。
「Le Jour」は、2013年のファーストアルバム『Algum Lugar』に収録されている曲です。フランス語の歌詞は、フランス人の友人の、ステファン・ラフィン(Stephane Ruffin)が書いてくれたものですが、今回、今、私が住んでいる国(フランス)でフランスのミュージシャンたちと一緒に、スタイリッシュなバージョンを再録音する機会となりました。
「Gagarine」は、私の父のユリ・ポポフ(Yuri Popoff)と、エイトール・ブランキーニョ(Heitor Branquinho)が、ロシアの宇宙飛行士のパイオニア、ユーリイ・ガガーリン(Yuri Gagarin)に捧げた曲です。
マルシオ・ボルジェスとの共作曲「Delikatessem」は、まさに詩的かつ隠喩的な旅の歌で、聴くものをダイナミックかつ滑らかなグルーヴの船に乗せる曲です。
「Brincadeira」は、言葉と軽やかさの「ゲーム」の歌に他なりません。作曲家のエデルソン・パンテーラ(Edelson Pantera)との共作です。
マルシオ・ボルジェスとの共作で制作された「Mais um Sol」は、全体的にトロピカルなサウンドで、希望と寛容さに満ちたアマゾンの世界です。
「Balanço」は、私が2007年に作曲した曲で、シンガーソングライターのアルフレド・デルペーニョ(Alfredo Del-Penho)が詞を書いてくれました。この曲もアルバムを制作したミュージシャンに高く評価されて、彼らに多くのインスピレーションをもたらしてくれた曲でした。
「Sonho」は、アルバムの最後の曲で、私が特に気に入っている曲の1つです。マルシオ・ボルジェスの歌詞も大好きです。情熱を持って、不思議な世界に入り込んでいく内容です。サウンドの雰囲気は、再びトロピカル・テイストになって、聴く人を楽園へと誘います。
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プロデューサーたちの音楽的趣向も反映され、本作は、レトロフューチャーの質感をめざし、60年代から80年代をイメージさせるヴィンテージ・サウンドで統一されている。ミナス・サウンドのエッセンスを存分に受け継ぐヂアナのメロディーとピュアな歌声が、レトロフューチャーなサウンドの中で輝きを増す。
また、ミキシングエンジニアには、トリップホップというジャンルを確率した英国のユニット、ポーティスヘッド(Portishead)の初期のサウンドを決定づけるという偉業の後、アデル(Adele)、シガーロス(Sigur Rós)、エール(Air)、ブロークン・ベルズ(Broken Bells)、フランク・オーシャン (Frank Ocean)といったアーティストのアルバムを制作してきたデイヴ・マクドナルド(Dave McDonald)がロンドンから参加している。
正統ミナス音楽を21世紀にアップデートする才能、ヂアナHPの3作目『Fazer & Cantar』は、フランスとブラジルからだけではなく、イギリスからも特別な魔法がかけられた。
CDには、解説や、作詞家のマルシオ・ボルジェスからの長文コメント、歌詞対訳付き。
(ラティーナ2022年8月)
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