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[2022.7] 【映画評】 『マルケータ・ラザロヴァー』 ⎯ チェコ映画史上最高傑作の異様なエネルギーと自由で過剰な表現を味わい尽くせ!
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[2022.7] 【映画評】 『マルケータ・ラザロヴァー』 ⎯ チェコ映画史上最高傑作の異様なエネルギーと自由で過剰な表現を味わい尽くせ!

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『マルケータ・ラザロヴァー』

チェコ映画史上最高傑作の異様なエネルギーと
自由で過剰な表現を味わい尽くせ!

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文●あくつ 滋夫しげお(映画・音楽ライター)

 1998年、チェコの映画批評家とジャーナリストを対象に行われた調査で、チェコ映画史上の最高傑作が選出された。それが1967年に制作され、日本では初めての劇場公開が始まったばかりの本作『マルケータ・ラザロヴァー』だ。原作はヴラジスラフ・ヴァンチュラによる1931年のベストセラーで、チェコスロバキア(当時)の国家文学賞を受賞した同名小説だ。ヴァンチュラは前衛集団「デヴィェトスィル」の創設メンバーにして初代会長で、1942年にゲシュタポによって処刑されている。そして原作小説は長い間映像化は難しいと言われていたが、チェコ・ヌーヴェルヴァーグの巨匠と言われるフランチシェク・ヴラーチルによって遂に映画化されたのだ。それは2時間46分に及ぶ、映画のイメージを超えた圧巻の映像体験だ。

『マルケータ・ラザロヴァー』
7月2日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
© 1967 The Czech Film Fund and Národní filmový archiv, Prague
https://marketalazarovajp.com


 中世13世紀のボヘミア(チェコ共和国の前身)。領主コズリークの息子ミコラーシュとアダムは、遠征中の伯爵一行を襲撃し、伯爵の息子クリスティアンを捕虜として連れ帰る。しかしクリスティアンは、コズリークの娘アレクサンドラと恋に落ちる。一方ミコラーシュは、王がクリスティアン奪還のために派兵したことを聞き、隣接し揉め事の絶えない領主ラザルに共同戦線を持ちかけるが、ラザルは逆に王と手を組みミコラーシュを袋叩きにする。怒ったミコラーシュは、ラザルの悪行を目の当たりにしてショックを受ける娘マルケータを、報復のために誘拐する。部族間の争いに巻き込まれたマルケータは、監禁されて凌辱されるが、次第にミコラーシュを愛し始める…。

 まず聞き慣れない固有名詞がなかなか頭に入ってこない。そして2つの部族と国王の三つ巴の抗争に、道ならぬ2つの恋と信仰が複雑に絡んでくる物語も難しい。さらにそこに過去と現在、そして幻と現実が混ざり合うように現れ、少々分かりにくい。それでも本作には、近年のあらゆるジャンルを含めたほとんどの作品から失われてしまった、異様なエネルギーに満ちた映画的趣向と、過剰に振り切った表現の自由を味わうことが出来る。

 映像的にはシネマスコープのスクリーンサイズの中で徹底的に構図を作り込みながら、それでも粗野で荒々しい手触りさえ感じさせる画作りが重厚かつ斬新だ。また白と黒のコントラストが効いたモノクロームの映像に映える豊かなグレーのグラデーションは、まるでマリオ・ジャコメッリの写真のように美しい。そんな中で時折見せる逆光や下から真上を仰ぎ見るショットなどにもハッとさせられる。そして大自然の中で人間を遠くに捉え、その存在の小ささを感じさせるロング・ショットと、人間の内面の奥深くを覗き込むようなクローズ・アップをバランス良く配して、全体的には骨太な作品の内容に相応しい荘厳な印象を与えている。

 しかし音の面では、その特異性が際立っている。ヤン・シュヴァンクマイエル監督の初期作品も手がけているズデニェク・リシュカによる音楽は、全編にわたって厳かで宗教的な合唱が響き渡る。場面によって男性のみ、女性のみ、そして混合で。ほとんどの場合はマリンバといくつかの打楽器の伴奏があるが、声のみで奏でられることもある。その響きは基本的にプリミティヴではあるが現代音楽や(プログレッシヴ・)ロックの要素も取り込み、時代を超えたスピリチュアルで不思議な感覚が作品に溢れ出す。

 さらに異様なのは音響面で、本作で最も強権的な領主コズリークの台詞には、まるで夢の中で聞いているような浮遊感がある。本作の台詞は撮影後に映像に合わせて録音(アフレコ)されていて、そこにリバーブやエコーなどのエフェクターを掛けて普通では有り得ない響き(深い残響やこだまのように繰り返し聞こえる)になっているのだ。その響きは重厚な映像と精神性の強い音楽、そして部族間抗争に近親相姦、また狼や蛇、鷲が人間に介入する内容とも相俟って、作品全体にこの世のものではない神話的な空気感を醸し出しているのだ。

 近年では珍しいそのアクの強い自由な表現は、むしろカルトな魅力となって輝きを放っている。本作についてプレス資料には、アンドレイ・タルコフスキー『アンドレイ・ルブリョフ』(1971)と黒澤明『七人の侍』(1954)が引き合いに出されているが、スクリーンからほとばしり出るようなエネルギーと実験的で過剰な表現を考えれば、そこにヴェルナー・ヘルツォークとアレハンドロ・ホドロフスキーの名前も是非加えたい。

 他にも監督の執念によって、当時と同じ素材と方法で作成されたという、衣装や武器などのデザインの素晴らしさと、548日間にも渡ったというロケーション撮影の中の、厳選された非日常的な光景にも見惚れてしまう。そして何より俳優の魅力が光っている。無骨でふてぶてしい面構えの個性豊かな男性陣が、獣のように振る舞う獰猛さに圧倒される。そしてヒロインのマルケータを演じた、ナスターシャ・キンスキーの凜とした美しさと、クロエ・グレース・モレッツの柔和な可憐さを併せ持ったような、マグダ・ヴァーシャーリオヴァーには誰もが惹きつけられるだろう。

 最後に、狂言回しとして物語のいたるところに登場する修道士ベルナルドが、何気なく呟いた「いい農民は森を守り、いい王は戦をしない」という台詞が心に残っている。それは動乱の中世から、行き過ぎた資本主義の中で際限なく富と名声を求める人が溢れ、争い事が止むことのない現在のこの世界への、大事な示唆になっているのではないだろうか。

(ラティーナ2022年7月)

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