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[2025.2]【映画評】激動の1960~1970年代を走り抜けた男たち - 『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』『ヒプノシス レコードジャケットの美学』『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』
激動の1960~1970年代を走り抜けた男たち
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
『ヒプノシスレコードジャケットの美学』
『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』
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文●圷 滋夫(映画・音楽ライター)
フォーク・リヴァイヴァルが全盛期を迎えた1960年代は、後半になるとロックが台頭し、ロックは70年代を通じて音楽的な広がりだけでなく、様々な角度からあらゆる実験が試みられる。今月はそんな激動の時代を、音楽と関わりながら走り抜けた男たちが主人公の、3本の映画を紹介しよう。
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2月28日(金)より全国公開 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
日本時間で3月3日の朝に授賞式が行われるアカデミー賞で、作品賞、監督賞などの主要部門を含む8部門でノミネートされているのが、アメリカが生んだ最も偉大な歌手の一人であるボブ・ディランの伝記映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2/28公開)だ。活動歴60年以上で2016年には歌手として初めてノーベル文学賞に輝いたディランだが、本作はデビュー直前の1961年から“フォーク界のプリンス”と呼ばれた初期に焦点を当て、ロックに接近して物議を醸した1965年までの4年半が描かれている。
この時期のディランについては、マーティン・スコセッシ監督の『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(2005)やD・A・ペネベイカー監督の『ドント・ルック・バック』(1967)などの傑作ドキュメンタリーでも詳しく描かれ、多くのエピソードが知られている。本作はこれらのエピソードを単に事象として追うだけではなく、登場人物の内面の動きまでも丁寧に描き込み、エモーショナルな人間ドラマとして見事に脚色してているので(事実との相違も多少有るが)、マニアでも大きく胸を震わせるだろう。
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主演のティモシー・シャラメは、動きや仕草、話し方に声色までもディランの特徴を的確に捉え、単なる模倣ではない心情が滲み出る圧巻の演技で惹きつける。何よりシャラメとピート・シーガー役のエドワード・ノートン、ジョーン・バエズ役のモニカ・バルバロ(この3人はアカデミー賞の候補になっている)、ジョニー・キャッシュ役のボイド・ホルブルックは、多くの歌唱場面を吹替なしで全て自ら演奏し、それが同時録音されている。その歌とギター(バンジョー)の臨場感と素晴らしさは、本作の最大の見所/聴き所だろう。そして次々と披露されるディランの珠玉の名曲の、混迷した現代社会にも通じるその深い意味が、今、改めて強く心に響くのだ。
監督は多岐にわたるフィルモグラフィを誇る名匠ジェームズ・マンゴールド。ジョニー・キャッシュが主人公でボブ・ディランに何度も言及する『ウォーク・ザ・ライン/君に続く道』(2005)や『フォードvsフェラーリ』(2019)では伝記映画を手掛け、本作ではその経験と職人技を遺憾なく発揮している。
https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown
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2/7(金)YEBISU GARDEN CINEMA シネマート新宿 シネ・リーブル池袋、他 全国順次公開
配給:ディスクユニオン ©Cavalier Films Ltd
『ヒプノシス レコードジャケットの美学』(2/7公開)は、1968年にストーム・トーガソンとオーブリー・“ポー”・パウエルによって設立され、主に60年代末から70年代にレコードジャケットで革新的なアートワークを多く残したデザイン集団、ヒプノシス(HIPGNOSIS)についてのドキュメンタリー映画だ。彼らのシュルレアリスティックで斬新なデザインによる独創的なヴィジュアルは、宣伝販促の目的を軽く超え、ジャケットを芸術の域にまで高めた。多くの作品でアルバム名やアーティストの写真と名前すら明記されていないのが、その証左だろう。そんなイマジネーションを刺激するジャケットは、当時様々なジャンルと融合してロックの領域を広げていたプログレッシヴ・ロックのバンドと特に親和性が高く、サウンドとヴィジュアルを合わせてトータルで1つの作品として楽しむことが出来た。
本作はポーの新たなインタビューを軸に、多くのミュージシャンや関係スタッフのインタビュー、そして様々な場で撮られた貴重なアーカイヴ映像と写真で構成され、数々の歴史的ジャケットの常軌を逸した制作秘話、ヒプノシスの生い立ちや謎が明かされる。ピンク・フロイド~シド・バレット、ジェネシス~ピーター・ガブリエル、レッド・ツェッペリン、10cc、ポール・マッカートニー等の中に、ジャケット創作者としてヒプノシスと並び称され、イエス作品で知られるロジャー・ディーンと、次世代のアイコン、ピーター・サヴィルが語っているのも興味深い。またこれらの発言や映像からは、ロックが最も躍動した時代の猥雑な空気感が醸し出されながら、ストームとポーの関係には普遍性、そして常に刷新されてゆくポップカルチャーの宿命が感じられて面白い。
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監督はまず写真家として知られ、後にMVやCM、グラフィックデザイン、映画も手掛けるアントン・コービンで、細部にまで拘わりエッヂが効いてユーモア溢れる映像は、ヒプノシス作品の斬新さに連なる。何より彼らが手掛けたバンドの数々の名曲が流れてくるのを、ただ劇場の座席に身を沈め、極上の音響で聴けるのは至福の喜びだ。中でもピンク・フロイドの「あなたがここにいてほしい」は、亡きストームを想うポーの気持ちと重なり胸を打つ。
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TOHO シネマズ シャンテほか全国公開中 配給:SUNDAE
© 2022 Fruitland, LLC. All rights reserved.
1/31から公開されている『ドリーミン・ワイルド 名もなき家族のうた』は、嘘のような本当の話を描いた音楽伝記映画だ。1979年にまだ10代だった兄弟が作った自主制作アルバム『ドリーミン・ワイルド』は、全く話題にならなかったが、約30年の時を経てコレクターによって発見され、“埋もれた傑作”として話題を集めたのだ。しかしこれは華やかな成功物語では、まったくない。
アルバムが再発されてツアーも打診され、夢が叶うかと思われた。しかし純粋だった兄弟の夢は、社会人になって家族を持っても音楽を続ける弟ドニーと、独身で家業の農場を継ぎ音楽を辞めてしまった兄ジョーとでは、心構えも楽器の技術も全く違っていた。また内向的なドニーは、父に対する負い目がトラウマになっていた。当時、才能あるドニーに目をつけたプロデューサーからソロ活動を勧められるが、かさんだ制作費を父親が何度も土地を切り売りして補充しただけで、結局アルバムが完成することはなかったのだ。ドニーはそれまで目を背けていた過去や、その時の感情と向き合うことになり、繊細な心は押し潰されそうになる。
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本作は現在の状況とドニーが回想する過去が交互に現れるが、やがて現在と過去と内面世界が混じり合うように同時に描かれ、追い詰められてゆくドニーの心情を見事に表現している。そして才能の違いはあっても信頼感で結ばれていた兄弟の深い絆も揺らぎそうになるが、それら全てを受け止めるようにただそこにいて寄り添い、二人を包み込むのが父親の存在だ。胸の奥に秘めた後悔と贖罪、葛藤、痛みを、言葉少なに表現したオスカー俳優ケイシー・アフレックと、大きな包容力を穏やかに微笑みながら佇むだけで伝えた名優ボー・ブリッジスの対話には、誰もが胸を熱くするだろう。
本作ではアルバム『ドリーミン・ワイルド』からの曲はもちろん、70年代を中心とした名曲の数々がBGMや、ドニーのバンドが劇中で演奏する曲として楽しむことが出来る。バンドにはドニーを支える頼れる妻ナンシーもいて、「She & Him」として音楽活動も行うズーイー・デシャネルが扮してその美しい歌声を聴かせてくれる。そして最後の仕掛けで彼らの新曲が聴けるのは、彼らから観客への嬉しいプレゼントだろう。
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(ラティーナ2025年2月)
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世界の音楽情報誌「ラティーナ」
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