[2020.10]三味線演奏家、上妻宏光 インタビュー ─ 最新作とツアー、そして「人生を変えた3作、1本、1冊」
文●編集部
上妻宏光●プロフィール
1973年茨城県出身。6歳より津軽三味線を始め、幼少の頃より数々の津軽三味線大会で優勝する等、純邦楽界で高い評価を受ける。ジャズやロック等ジャンルを超えたセッションで注目を集め、2000年に本格的にソロライブ活動を開始し、ニューヨーク、ニューオリンズで地元ミュージシャンとセッションも行う。帰国後デビューアルバムの制作に入り、2001年1stアルバム『AGATSUMA』をリリース。これまでEU、アフリカ等、世界30ヵ国以上で公演を行っており、ハービー・ハンコック、マーカス・ミラー等との共演も果たしている。ジャンルや国境を越えたボーダレスな活動を重ねながら、伝統をふまえつつ時代に応じた感性を加え、津軽三味線の”伝統と革新”を追求し続けている。
2020年3月4日ソロデビュー20年記念アルバムとして、津軽五大民謡を三味線で綴る古典アルバム『TSUGARU』を発表。同日、2014年にニューヨークにて矢野顕子とのコンサート共演に始まったコラボレーションユニット「やのとあがつま」のデビューアルバム『Asteroid and Butterfly』をリリース。
https://agatsuma.tv/
── 今日は同時発売された2枚のアルバム(やのとあがつま『Asteroid and Butterfly』と、ソロアルバム『TSUGARU』)と今行われてるツアー「生一丁!」についてお話を聞かせてください。また、e-mgazine LATINAの特集で、「人生を変えた音楽、映画、書籍」というのを教えていただきたいなと思っています。よろしくお願い致します。
まず最初に、『やのとあがつま』についてなんですけど、「会いにゆく」は共作の新曲です。これはどういう風にお二人で作曲されたのでしょうか。
上妻宏光 これは、まず矢野さんの方から歌詞がまずあるという段階が一番最初で、そこからメロディをつけていきました。
── 「やのとあがつま」のライヴツアーも延期になっている状況ですが、「飛行機にのって/あなたに会いにゆく/もう何年も会っていない人/
顔を忘れるまえに/愛を耕すために///」という歌詞の「会いにゆく」はコロナ禍で聴くとまた違った意味で聴こえますね。
上妻宏光 そうですね。まあ偶然というかそういうタイミングが重なってしまったとは思うんですけれどもね。矢野さんという実在のものと上妻という実在のものが会いにゆくということではなくて、もともとは、矢野さんの昔から知り合いの方が病にあってそこで会いにゆくという内容であったそうです。矢野さんが僕に会いに来るわけじゃないですからね(笑)。
矢野さんがニューヨークに住んでいるということで日本に来ている時に、アメリカに帰ってしまうと当分会えなかったりするっていう思いがあったりとか。我々も身近にそういう、会う会わないとか、なかなか会えないというようなことってあると思うんですけれども、そういう人との出会いというものがあって、自分にとって今回の「やのとあがつま」というのも、成立したものだと思うんですよね。
なかなかインターネットだけでは矢野さんのあの空気感っていうのはちょっと感じるのは難しいんですけど、実際にアメリカで僕の公演に観に来て頂いたときに、矢野さんからでてきた言葉であったりとか雰囲気というもの、そういうものって人と会うとやっぱりわかるんですよね。
コロナウイルスの影響で人と会うってことは少なくなったと思うんですけれども、タイミング的にはすごく、今の時代にマッチしたというか合う楽曲にはなったんじゃないかなとは思います。
── そうですね。たくさんの人に聴いて欲しいです。「やのとあがつま」のアルバム名『Asteroid and Butterfly』を直訳すると「小惑星と蝶」。ちょっと変わったタイトルですけどこのタイトルの裏話みたいなのを教えてもらえますか?
上妻宏光 そうですね。ジョークなのか本気なのか、矢野さんはタイトルをインスピレーションでつけられたみたいです。矢野さんのフィールドとぼくのフィールドってまた違う音楽の種類だと思うんですよね。でも合わさることによっての違和感というか、それが融合されるというか、音楽性が、ひっついたり離れたりというものが矢野さんと僕の関係でもあるのなと思いますね。
なのでそういう宇宙的な広さというものもあるし、華やかに舞うというような意味合いもあるのかなと、僕は思ってますけど。どちらかが「小惑星」で、どちらかが「蝶」というのはなくて。
── オンラインで開催された今年の「東京JAZZ」で、矢野さんと遠隔でコラボレーションされていました。また、上妻さん主導で、和楽器奏者のコラボレーション動画も作られています。これらの動画について教えていただけますか?
上妻宏光 「東京JAZZ」の方は急なお話だったんですけれど、僕はハーモニーっていうものがないとキツイので、僕が矢野さんから映像とか音源をもらって、それにこちらが合わせて演奏していったという形ですね。
── なるほど。和楽器奏者のリモートセッションをやろうと思った動機というのはどんなものだったんですか?
上妻宏光 なかなか演者の皆さんコンサートができない状態ですし、今まで関わったというか共演した和楽器のスペシャリストがこういう時期だからこそ一緒に音を奏でることができるというのがリモートの良さでもあり、純粋に音楽を楽しみたいとも思いました。皆さん快く引き受けて頂いたのでとても良い映像ができたというふうに思います。
それに、今年の日本の春は感染拡大防止の為、皆さんそれぞれに自粛を行い、春を味わう事が難しい状況だったかと思います。皆さんが穏やかに四季の訪れを感じられるよう、日本の魂が詰まった和楽器で願いを込めて「春よ、来い」を演奏しました。
── 今回の動画の「春よ、来い」の構成を考えたのは誰だったのでしょうか?
上妻宏光 もともと「春よ、来い」は、コンサートでも演奏したことはあるので、自分がやっているアレンジがあったんですね。そこをちょっとまたアレンジを変えました。
── なるほど。反応はどうでしたか?
上妻宏光 皆さん、やってるほうは楽しんでもらったようでした。まだそんなにリモートでの動画制作をやってる時期でもなかったので。洋楽の方はやっている方もいたんですが、邦楽ではやっていない時だったので、ライヴでは無い喜びがあったと面白がってやっていただけました。
イメージをしながら演奏しなきゃいけないところもあったんですね。セッションではありますが全員の音を一緒に録音したり、全員が同時に連絡を取り合いながら演奏の音が届いたりしたわけではなくて。皆さんそれぞれの状況があるので、今日は誰々の演奏が届いたよ、って。
恐らく、セッションの時にはこういうふうにしたら絡んできてくれるんじゃ無いかな、とか。想像をしながらの共演というのは経験が無いので、僕自身は仕上がりが楽しみでしたね。
セッションしてくれた皆さんも僕と同じような感じで完成したものを見た時に「ああ、あれがこうやって一つになったんだな」という、違う意味での達成感で1つになれたというか。完成されるまで自分でもわからない部分があるっていう面白さがありました。
── 次に、ソロアルバム『TSUGARU』のお話を聞かせてください。2018年の前作『NuTRAD』で、上妻さんはEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)のクリエイターと一緒にやられてましたが、20周年記念アルバムである『TSUGARU』では自分の三味線の生の音だけを中心にしようという風に気持ちが変化していったのはどうしてですか?
上妻宏光 変化というより節目、節目でわりと、原点というものを見つめてきてはいるんですけれども。今回ソロデビュー20周年ということや、やのとあがつま作品ともう1枚のアルバムも出させていただくということでソロアルバムは原点を見つめた作品にしたいと思っていました。自分は「伝統と革新」と言うキーワードをデビュー当時からずっと使って活動してきてはいるんですけれども、「革新」という部分でいうと矢野さんとのアルバムや音楽で、もうひとつは自分の「伝統」、ベーシックでもある民謡の三味線のソロの演奏。以前から、そういうのを出せたら良いなというような思いがあったので、その夢が叶った形です。
なおかつ、ソロのアルバムに関しては津軽の民謡を代表するんだということも、記録として残しておきたいということもありましたし。30代、40代で同じ曲だったとしても、全然雰囲気とか変わってくるので。40代で自分の足元を見つめ直したいってこともありました。三味線の伴奏という本来の形をみなさんに聴いて頂きたいなと。歌付ということで歌の方をゲストに招いたり、青森県の三味線の名人、澤田勝秋先生と先輩世代との掛け合いというか共演と。あとはアルバムの中でもちょっとした革新というか、いままで無い形ということで僕が演奏する太い棹の津軽三味線と、細い棹のお三味線で本条秀太郎さんと共演させてもらいました。同じ三味線でもやっぱり種類が違うとなかなか一緒に演奏することってそんなになくて。民謡ってものを題材に太い三味線や細い三味線の融合と共演、そういうことも可能だということを提示できたらいいなという思いはあったんですよね。そういった思いで、三名の方のゲストを招いたのがこのソロのアルバムでした。
── そのアルバム『TSUGARU』の世界を「生音」で披露するソロツアーが始まりましたね。最初の数回を終えて、今、どのような心境ですか?
上妻宏光 客席の距離をとってコンサートをやるというのは、テレビの映像で見たことはあったんですが、自分のコンサートは初めてだったので、今までに無い空気感というか景色というか、本番が始まる前には、お客さんが来てくれるのかという不安がすごくありましたよね。でも初日、チケットも完売して、たくさんの方に来て頂いたんですけれども。
スタッフや周りの方が、換気だとか、本当に色々気を使ってくれて。でも、演奏をしていると途中からは何か、コロナ禍だっていうような感覚は飛んでたような、なくなっていたような感じはしますね。しかし同時に、そういう状況なのに、わざわざ人が集まるところに、チケット代を払って見に来てくださる方々の熱量をものすごく感じました。
こういう状況の中で、人の前で生で演奏して、三味線を習い始めた子供の頃に舞台に立ったときの緊張感や、人前で演奏できるってことの喜びや音楽の力というものをたくさん感じて、初心に帰った気持ちになりました。
── 今回のライヴでは歌は歌われるんですか?
上妻宏光 1曲くらいなんですが歌っています。
── それはマイクで拾っているんですか?
上妻宏光 歌も生声だけです。
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