[2024.11]デビュー25周年公演を控えた小松亮太にインタビュー 〜タンゴという音楽が無くなるかもしれない危機感〜
インタビュー・文●吉村 俊司 Texto por Shunji Yoshimura
昨年より続くメジャーデビュー25周年記念の締めくくりとして12月にオルケスタ・ティピカ公演を行う小松亮太氏に話を聞いた。公演に向けての想いや意気込みを語ってもらうつもりだったのだが、蓋を開けてみれば彼の口から出てくるのはタンゴの置かれた現状への強烈な危機感と、今後に向けた焦燥感、そして見出した一縷の希望。おそらくラティーナ以外では読めないであろう彼の言葉を、ぜひ受け止めていただきたい。
(インタビュー日時:10/24 協力:ビクターミュージックアーツ株式会社)
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オルケスタ・ティピカ公演
── 12月にデビュー25周年を記念したオルケスタ・ティピカ公演を東京、大阪で行うということですが、オルケスタ・ティピカで演奏するのはいつ以来ですか?
小松 今年の8月に東京バンドネオン倶楽部が結成30周年を迎えまして、そのコンサートでやったのがそうだったといえばそうですね。完全にプロの人たちでやったのは1月のニューイヤーコンサート、福島県で2日連続でやったのが最後ですね。幸せでしたけど、とにかく不景気なんでね。オルケスタで仕事をとるなんていうことが本当に大変になってきてます。
いや悔しいですよ。こんなに不景気と言っておきながら、東京にはシンフォニーオーケストラが8つもあるんですよ、あんなにお金のかかるものが…。もちろんタンゴってクラシックと比べたら小さな世界なんだけど、それにしても1年に2回か3回できるかできないかみたいなね。これはやっぱり悔しい。だからやる機会が少ないので、とにかく遠慮しない内容にしようと思ってます。
── 実際どんな内容になるんですか?
小松 1954年、昭和29年にアルゼンチンの本場のオルケスタ(フアン・カナロ楽団)が初めて日本に来てコンサートをやりました。CDでも残っているその時のライブ録音から実は数曲コピーしてます。本場のオルケスタが来てから70年が経ったということ、しかもその半分ぐらいがアストル・ピアソラのアレンジだったという実は非常にエポックメイキングなコンサートだったということで、その中から3〜4曲やるつもりです。
アルゼンチン人、またある程度昔の日本人のミュージシャンでも、プロ意識として、タンゴの曲を演奏するんだったら自分たちのオリジナルアレンジでやらなければいけないというのが、一種のタンゴの世界の常識でした。でも今回は、オリジナルアレンジももちろんやりますが、あえてアルゼンチンの、しかも昔の人たちが残したアレンジを使います。結局これが上手にできないと絶対オリジナルなんかできないんです。あの人たちが作っていた音楽の本当のところが何なのか、擬似体験的にでもいいから自分たちが演奏して、それをお客さんが聴いて、その上でのオリジナルアレンジだと思うんですよ。
なので、半分は今言った1954年の多分アストル・ピアソラによるアレンジ、ウーゴ・バラリスの「シエンプレ・ア・プント」だとかね。あとはラバジェン(ビクトル・ラバジェン)さんの、ちょっと新しい感覚のオリジナルアレンジ、それとあとは自分たちのオリジナルアレンジですね。世にも難しいプログラムになると思います。技術的に本当にできるかできないか、ちょっと今から緊張してるんですけど。
── 共演する歌手の彩吹真央さんとは2011年、13年の「ロコへのバラード」以来ですか?
小松 はい、それ以来ですね。今までは宝塚や異ジャンルの人がタンゴの曲を歌う時には、日本語にしろスペイン語にしろ、一応タンゴの曲でタンゴの伴奏でっていうことで済んできたんですが、僕が考えていることで「ほんのちょっとこうしてくれるだけでタンゴっぽいんだけどな」っていうことがいろいろあるんですよ。なので、今回これを彩吹さんにお願いして歌ってもらいます。宝塚出身の歌手の方は皆さんとにかく歌がお上手なので、もうちょっと本当のタンゴの歌い方に近づいていただこうと思っています。彩吹さんにもご快諾いただきました。
── 今回のオルケスタのメンバーは?
小松 バイオリンがかみさん(近藤久美子)で、セカンドバイオリンは、実はかみさんが「この人タンゴに向いてる」って言ってる韓国人の男性ミュージシャン、韓国にコンサートに行った時に時々手伝ってくれるパクさん(パク・ヨンウン)っていう人なんですが、今回彼にも経験して欲しいので、わざわざ来てもらいます。
あとは、バイオリンが専光秀紀君、ビオラがN響の御法川雄矢君、チェロが松本卓以さん、バンドネオンが僕と北村君(北村聡)と早川君(早川純) と鈴木崇朗君で、ピアノが今回は熊田さん(熊田洋)。ベースが田中さん(田中伸司)っていう、今考えられる中ではとてもいいメンバーです。それでも言いたいことはたくさん出てくると思うんですけどね。
いや怖いですよ、もう熊田さんも72ですからね。田中さんももう65か…、今度66になるのかな? こうやって見ていくと、とにかく急いでこれをやらなければ!とか、新人は今後出てこないんだろうか?とか、すごく思ってしまいます。
タンゴの外へ
小松 さっき東京にオーケストラが8つあるって言いましたけど、例えば1つのオーケストラにクラリネット奏者が5人所属しているとして、その1人のクラリネット奏者が選ばれるのに100人応募があって、その中から1人だけ一番上手い人が採用され、しかもその人の給料は全然高くない……。そういう厳しい世界でやってる人たちだから、それはやっぱり半端じゃないいい演奏をするわけですよ。そういうことが毎日のように行われている世界と比べて、やっぱりタンゴの世界っていうのは、日本でも本場でも良くない状態で安定してるんですよ。
例えばアルゼンチンのタンゴミュージシャンの人たちを見てると、タンゴの外にいる音楽ファン達を捕まえようっていうものが全く感じられないんですよ。アルゼンチンだけでなく世界中のタンゴ業界がそうです。タンゴの外にはクラシック、ジャズ、ロック、ポップスなどのファンがいて、あるいは音楽そのものに興味がない人たちがいる。タンゴ界の一歩外に出たら地球には70億人の人間がいる、そこにどうやって持っていくのか、っていうことを本当に考えなければいけないはずなんだけど、そこに向けた気迫というようなものが私には見えません。
僕がタンゴ以外のミュージシャンの人と共演したりしてバンドネオンやタンゴを広めていくっていうことは、結構チャンスをいただきやらせてもらってきたんですけど、一方でそれとは別にタンゴってこうですよって言えるホームがやっぱり欲しいわけです。これがもう今、首の皮一枚という状況。
例えばタンゴのピアノが弾ける人が日本で何人いるのかって言ったら、これはもういないに等しいぐらい少ない。バンドネオンだって、僕が出て以降何人も出てきてますけども、アルゼンチンと比べたら(僕も含めて)全然レベルは高くないんです。レベルが高くないんだったら、やっぱり当たり前ですけどまず練習すること、努力すること。
それからもう一つは、タンゴの外にいる人をとにかく何人捕まえるかってことなんです。そこんところに命かけないと。もともといるタンゴファンの人たちに認められるっていうことももちろん大切なんですけど、現在ご高齢の方もたくさんいらして、これから世代交代され急激にガタガタってくるに決まってるんで……。僕も今月で51歳になっちゃうんですけど、やっぱり時間がないなっていう気がしますね。
── 確かにメジャーなシーンでタンゴのことを語る人っていう意味では、小松さんが孤軍奮闘してる感じに見えますよね。
小松 あと5人でいいから同じような人たちがいてくれたらいいんだけれども……。
── 一方で、バンドネオンが例えばドラマの音楽で使われたりして、じわっと裏の方で浸透しているものがあるとは思いますが。
小松 あれは逆にアルゼンチンとかヨーロッパではあまり考えられないことで、日本だけで起きてる現象でしょうね。そういう意味では良くなったと思います。ただ、やっぱりタンゴの偉い人たちがみんな亡くなってしまい、なかなかタンゴの話もしにくいっていうところがあります。
タンゴならではの表現
小松 正直上っ面でもいいんです。例えば YouTube にあるフアン・ダリエンソ楽団がウルグアイのテレビのスタジオでやってる映像だとか、コロン劇場でアニバル・トロイロとかアストル・ピアソラとかオラシオ・サルガンとかいろんな人が出てくるガラコンサートね。これの上っ面でもいいからできるようにならないかなって思うわけですよ。でも自分はできない、じゃあどうしたらいいか。とにかく徹底的に真似してみるということをやったらいいと思うんだけど、意外とみんなやらない。僕は不思議でたまらないんですよ、だって、例えば僕だってバンドネオン奏者として、実力はフェデリコさん(レオポオルド・フェデリコ)とかピアソラさんの多分1/100ぐらいですよ。その1/100のやつが少しでもいい演奏しようと思ったら、彼らの音を聴いて上っ面でもいいからとにかく真似することなんです。それで「あ、どうもこれいい音だな」っていうふうになれば、新しいお客さんが少しは獲得できるかもしれない。
例えばアニバル・トロイロだったらこういうメロディーが出てくるとこう弾く、ピアソラだとこう弾く、フェデリコさんだとこう弾く、みたいな、そういうタンゴの人じゃないとやらないフレージングというものがあるわけなんですね。こういうものが地球上の音楽の世界からどんどん消えていくっていうことが本当に恐ろしい。逆に言うと、「タンゴのフレージングってこうだよね」「タンゴって普通はこう弾くよね」っていうことを知ってる人たちがいっぱいいたら、一気にいろんなことが変わるんです。クラシックとかジャズなど他のジャンルをやってる人たちのところに少しでも届いたら、みんなの演奏も全然違ってくる。お客さんの耳だって変わってくるんです。そういうことを、非常に急いでやらなきゃいけないなとは思いますよね。
── 伝えられる人がいるうちにやらなきゃいけないっていうのはすごく大きいと思います。
小松 アルゼンチンには、ピアノとかバンドネオンとか個々に見ると「あ、この人いいな」っていう演奏する人がちらほらいるわけです。ああいう人たちと手をつないでやっていくことを、これからは考えなければいけないと思い始めてるんです。この前(2023年)来日したラ・フアン・ダリエンソでピアノ弾いてたパブロ・バジェ(Pablo Valle)の演奏を観て、あ、やっぱり上手い人ってまだいるんだなって思いました。例えば、ああいうミュージシャンたちが日本に一定期間いて日本人ミュージシャンたちに影響を与えていくということがあったら、ちょっと変わっていくかなと思います。他ジャンルを演奏するピアニストとか、彼のピアノを毎日聴いてたらね、そりゃ絶対変わっていくんですよ。なんとなく彼の隣にいるだけでも影響されて変わってくるから。今はそういう人がいないからね。僕は練習の時「いや、そうじゃないんだ、こうなんだ」ってうるさいこと言って、まあ嫌われるわけです。ただ嫌われて終わり。そうじゃなくてピアニスト同士でコミュニケーションがあったら、それは変わってくるでしょうね。
影響を受けることができる能力
── 向こうのオルケスタだとエスクエラ(オルケスタ・エスクエラ・デ・タンゴ・エミリオ・バルカルセ、エミリオ・バルカルセ・タンゴ学校オーケストラ)とかどうですか?
小松 エスクエラは、バンドネオンに関してはやっぱり技術や基本的なことで敵わないなと思うことがよくあります。あと、ピアノやベースでも「ああ、うまいなあ」という人が時々います。その時のメンバーリングによりますね、ただ弦に関してはちょっと弱いかな。第一バイオリン弾いてる人はタンゴのフィーリング知ってるかもしれないけど、それ以外の人たちが、やっぱりよくわからないで来てるっていう場合が見受けられる気がします。
── クラシックの技術はあるけど……
小松 そのクラシックの技術がどこまであるのかがね、実は大きいんですよ。クラシックがそもそもできる人だったら、第一バイオリンの人がこう弾いてたら「あ、そうか」って言ってすぐ真似できる。タンゴが好きだとかタンゴを愛してるってことは、これはもちろん大事なことなんですよ。ただはっきり言うと、タンゴなんか大して愛してなくても楽器そのものがうまければ、うまい人がそばにいるだけですぐ影響を受けることができる。
僕のキンテートでも、例えばギターの天野清継さん。あの人ジャズのトップレベルの人なんだけど、タンゴはそんなに知らない。だけどあのくらい上手い人だと、例えば YouTube とかでタンゴを弾いてる人を見てるともうすーっと入ってくる。それは、彼に技術があるからできるんでしょうね。
── なるほど。
小松 これね、実はタンゴ界が非常に誤解してる部分で、「タンゴをやっている。だからタンゴを愛していなければならない」とは僕は言い切れないと思います。要するに、上手い人がタンゴの技術を身につければいいんです。そうしたらあとはいろんなことがだんだんわかってくるから。楽器そのものが上手くない、でも僕はタンゴが好きなんです、と言ってる人って、いつまでたってもあんまりタンゴの音がしないっていう……、これね、ジレンマなんです。
例えば新人のタンゴピアニスト一人育てようというふうになった時に、まずこのピアニストはクラシックが弾けなきゃダメ。それから、ジャズの知識もなきゃダメ。その上でタンゴを勉強してくれなきゃいけないんだけども、そこでやっぱりちょっとつまずいちゃうんですよね。クラシックやジャズを勉強するところまではいい。その後タンゴのなんたるかっていうものを勉強しようとすると、すごく微妙でなかなか言葉では説明しづらい。タンゴピアニストの一流の人がそこにいたら、ほとんど真似して「あ、そうか」ってわかる部分があるかもしれないけど、日本にいてタンゴピアニストのお手本になる人がなかなかいない状況の中で、タンゴの新しいピアニストが育つというのは非常に難しい。
クラシックの人たちの技術ってすごいですからね。だから、もしもあの人たちが本当にタンゴの勉強をしてピアソラ演奏をし始めたら、本当にいい演奏するかもしれない。そうなったら少しはタンゴがいい状況になると思います。はっきり言って、今はアマチュアの延長線上の世界っていうのが、タンゴの世界なんじゃないですかね。
── その中でバンドネオンに関してはちょっと他と状況が違うじゃないですか。そこの土台を作るという意味では、小松さんは初期の頃から頑張ってこられたなっていう印象はありますね。
小松 まあ、僕が小学生、中学生の頃みたいな、例えば京谷さん(京谷弘司) が真ん中で一人で頑張ってるみたいな、ああいう感じっていうのはなくなりましたよ。でもやっぱりフィーリングがとにかくね。
例えばアルゼンチンの、僕らよりもずっと技術が高くて若いバンドネオン奏者が日本に来た時に、ジーンとくる演奏をした人って誰がいるかな、っていう問題にもつながりますね。僕の一番近い思い出だと、2018年にロベルト・アルバレスさんとコロールタンゴの人たちが来てジョイントコンサートやらせていただき「いや、アルバレスさんさすがだな」と思いましたけども、ただ若いバンドネオン奏者は……。
だから技術が上がることも大切なんですけど、その技術だけじゃなくて、とにかく何かジーンとくるもの、なるほどって思えるものがないと。本当にいいコンサートに行った時っていうのは、帰りの電車の中でボーっとしてしまうんですよ、なんか時間が止まったような。そういう経験はお客さんとして、この20年間何回しただろうか? そんなこと言ったら、僕だってこれまでそういう演奏を何回できてきたのかわからないですけどね。
情熱のタンゴ、哀愁のタンゴを終わらせたい
小松 それからもう一つは、タンゴという音楽の売り方、これもなんとかしていかないといけないと思います。「情熱のタンゴ」って言って、最後はリベルタンゴとアディオスノニーノやって一番最後にクンパルシータが出てきて、本当に全部同じじゃないですか。もちろんいい演奏であればいいんだけれども。ジーンとくるわけではない演奏でそれを何回繰り返しても、「ああ、情熱のタンゴですか」って言ってそこから先の話に行かないんですよね。
だから最近は、やっぱりリベルタンゴやってくださいとか言われるから、リベルタンゴは一曲目にやっちゃってあとは知らない曲ばっかりとか。何か今までと違う見せ方っていうのも絶対していかないといけない。せっかくこれから世代交代するんですから。
── 聴く人の予備軍としては、一定数の踊る人からそれなりに音楽を求めてる人もだいぶ出てきていると思うんですが。
小松 そうですね。ただ、踊るのが好きっていう人は、結局やっぱり自分が踊りたいっていう方向に行くんですよね。タンゴってダンスミュージックなのか、聴くための音楽なのかっていうことがはっきりしないまま成長してきちゃったという歴史があるわけですよね。だから、音楽としてはダンスミュージックが基本にあるっていう音がしてなきゃいけない、ところが演奏としては座って聴いてるお客さんも納得させるものがなきゃいけない…、それが難しいところでもあるんですけど。
ただ僕はね、それも見せ方一つだと思うんですよ。とにかく情熱のタンゴ、官能のタンゴ、哀愁のタンゴと言ってるうちはちゃんとは聴いてもらえません。恐ろしいもので、僕より年下の人たちは、情熱の、哀愁のタンゴなんていうフレーズは染み込まされてこなかった世代のはずなのに、例えばその人たちが Twitter(X)でタンゴのコンサートの感想書くと「情熱的でした」「哀愁の音色でよかった」とかね。やっぱり世代を超えて刷り込まれてるものあるんだなと思って。そんなこと言ったらベートーヴェンだって、ロックだって情熱的じゃないですか。タンゴの中にだってクールなところ、冷たい味わいはいくらでもある。アルゼンチンのミュージシャンたちを見たって、音は熱いんだけど、映像で見てると意外としらっとした感じでいい演奏するじゃないですか。あの白けと熱さが混じった感じが実はとても大事なところなのに、最初に「情熱的」ってレッテル貼って宣伝しちゃったらそれはもうぶち壊しですよ。「哀愁があって素敵です」って、いや音楽っていうのは、哀愁とかいろいろ悲しいことがありながらも、最後は元気でこれからも生きていこうっていうことを言うのが音楽なのであって。はい、哀愁があります、はい、悲しいですね、そんなものを見せるために我々やってるんじゃないんですよ。
まあ、情熱、哀愁っていうのは俺が死ぬまでには直らないかもしれないけど、とにかくそうではない演奏、そうではない見せ方っていうものを徹底してやっていくしか、とりあえず今はないですね。
タンゴをやることになった人のところにちゃんと情報が行くこと
小松 やっぱり各楽器にものが言える人がいないと。結局僕なんかが、タンゴのピアノってこう、いやもっとこうじゃないと困る、みたいなそういう話をしたところでピアニスト同士じゃないと話が通じないところあるからね。
先日、台湾のタンゴをやってるグループの人たちが北村君をゲストに呼んでタンゴの曲をいろいろやるって言うんで、彼らがバンドネオン抜きでピアノとベースとバイオリンで練習してるところをリモートで映してもらって、それに対して僕とかみさんで色々言うっていうことを何回かやったんですよね。リモートだしそんなに細かいことは言えなくても、例えばバイオリンの人がバイオリンの人に対してだと、もっとビブラートはここでこう、ここで高めのビブラートだ、ここで弓の真ん中じゃなくて根本で弾くんだと、そういう具体的な話ができますからね。そういうのをちょっとやるだけでもだいぶ違うんですよ。だから、我々は台湾や韓国、中国に行く度に、ちょっとずつやっていくしかしょうがないんですよね。で、我々は我々でアルゼンチン人に教えてもらいたいことっていうのはまだまだあるしね。今はインターネットのおかげで外国人同士が近くなってきてますから、分かるのに3〜4年かかるって言ってたことが3日で解決するみたいなことが、これからは起きてくるかもしれません。そこに関してはちょっと希望はあると思うんです。
例えば、田中さんが韓国や台湾に行って、現地のコントラバスの人が習いに来る、そこでこれどうやるんですか?って聞かれると、田中さんがここでこうして、弓はここでもうちょっと下のところを弾けとか。これはもう同じ楽器の人同士じゃないとやっぱり話が通らないわけです。松脂はこういうの使った方がいいとか、こういう楽器を使った方がいいとか、やっぱりそういうところにまで話が行くんですよね。
こういう情報ですね。タンゴが好きで仕方がない人が情報を捕まえに来ることを期待するよりも、なんとなくタンゴをやることになった人のところにちゃんと情報が行くということの方が実は大きいと思いますね、タンゴが広まるためには。特別タンゴが好きなわけじゃないけどって言ってる人がタンゴの弾き方をなんとなく覚えて、あ、これは奥深い世界だなってことに気がついて、だんだん本物になっていく、このパターンでいいんですよ。(ギタリストの)鬼怒無月さんだって、僕のバンドに来て初めてタンゴを弾いて、最初はピアソラじゃない古典タンゴとかを弾くのがすごく苦痛だったみたいなんだけど、いつの間にかアルゼンチンのギタリストたちを YouTube で見てだんだん影響されて、いろんなタンゴを弾くようになりましたしね。
── 今は、鬼怒さん自身のキンテートをやってますからね。
小松 そう。ベースの松永さん(松永孝義)とか田中さんだって、音楽学校卒業して仕事がないしどうしようかって言ってたら、N響の先生がタンゴやってみるかって言って、それで初めはアルバイト的な感覚で来たのがだんだん本気になって、ああいう風になっていく。
だから、初めからタンゴが好きである必要ないんですよ。楽器が上手い人になんとなくタンゴに触れてもらう機会が増えれば、だいぶいろいろ変わってくる。それはまあ20年ぐらいかかるのかもしれないけど、それで絶対変わっていく。とりあえず今の状態はダメですが、そこに期待するしかないですね。そうなるまでは、とにかく嫌われても何でも俺は言うべきことは言ってやっていくしかないでしょうね。
── まあダメと言いつつも、ここまで生き永らえては来ました。下手すりゃ1980年代ぐらいには息絶えていたかもしれないですからね。
小松 一番お礼言わなきゃいけないのは、ピアソラさんなんですよ。とりあえずあの人の音楽が外国に出て行かなかったら、本当にこうなってない。で、首の皮一枚でもね、若いバンドネオン奏者が何人かだけでも出てきた。韓国とか台湾にも何人か、バンドネオン弾きたいっていう人が出てきた。これはやっぱりピアソラさんの音楽が、彼が亡くなってから世界に情報として発信されたからですよね。
でもここから本当に頑張らないと、タンゴは潰れますね。っていうのは、その時出てきたバンドネオン奏者たちがもう今40代に入っちゃいましたから。僕もあと9年で60になる。本当は正念場なんだけれども、今は悪い状態で安定している。
もっと上手いメンバーが集まってきて、もっと本気で練習してっていうのをやったら絶対にその状況は変わります。いい音がするネタっていうのはいくらでもあるんだから。で、クラシックとかジャズのファンの人でこんな音楽聴いたことないっていう人たちは、もういくらでもいるわけですからね。
裾野を広げるって意味ではアマチュアのバンドネオンの人だってもっと増えたっていいし…。東京バンドネオン倶楽部だって30年続けて、楽譜のアーカイブもものすごいことになってますからね。僕が書いたもの、アルゼンチンの人からもらったもの、いろいろ含めて宝物はいくらでもあるんです。
あとはちょっとした何かがあれば…。今は、ちょっと消極的な言い方で申し訳ないんですけど、体力温存というか、演奏のクオリティをなんとか保持しながら何かが起きるのを待ってる状態ですよね。正直僕もこれ以上何をしたらいいのか、何を頑張ったらいいのかわからなくなってる。ただふとしたきっかけで何かあるのかもしれない。
タンゴファンはもっと厳しくていい
小松 結局、バンドネオンを弾いてる人、タンゴに対してものが言える人、その人たちがもの言っていかない限りはもう絶対何もならない。
タンゴが好きだって言ってる人たちも、もっとタンゴが好きであるっていうことにある意味誇りを持って、演奏に対してはもっと厳しい目で見て…、例えば、ピアソラの自作自演のCDとどんどん比べたらいいんですよ。僕の演奏と、昔の人が残した演奏と比べてどうなんだと厳しく言ってくださっていいですよ。タンゴファンの人たちは全然もっと厳しくていいし、演奏で食ってる人たちに対してどんどん文句言っていいんですよ。
とにかくこのぬるま湯風な状態がずっと続いていることで、繰り返しになりますけど、良くない状態で安定してしまう。それが長く続いてしまうということがどれだけ恐ろしいか、これは本当の本当に危機感を持たないと。
一つの音楽ジャンルが消えてなくなってしまうということが本当にあるのか……、僕はタンゴに関してはあると思います。なぜならバンドネオンを使ってるから。ピアノやギターだけの世界だったらまだなんとかなるかもしれないけど。バンドネオン奏者がタンゴのこと実はよく知らないってなっちゃった時は本当になくなるかもしれないですね。
これからのこと
── 今後の活動についても聞かせて下さい。
小松 来年は、キンテートで演奏したりシンフォニーオーケストラと共演したり……。自分の中で起きている新しいこととしては、タンゴ以外の音楽の話を毎週ラジオでする「音楽世界旅行」という番組をやってまして、おかげさまで4年目に入ったんですよ。で、それに付随して早稲田大学のエクステンションセンターというところで世界中のいろんな音楽の話をするっていう仕事を現在しています。今度はインドとネパールとスリランカとバングラデシュとパキスタンの音楽の違いの話をしなきゃいけない。それはもう勉強になるからいいんですけど、なかなか大変ですよね。
だからいわゆるマイナーな音楽の話を世の中に伝えていくっていうのは本当に大変なことなんだなということを、改めて思ってます。斎藤充正さんがピアソラの新しい本を頑張って書いてて、あれも期待しているところなんですけれども。
── アニソンのカバーアルバムなどもリリースして、いろいろもがいてるなっていう印象を受けましたが。
小松 いや、もがいてますね。結果的にいい音楽になればいいんですけど。だからジブリやったりアニソンやったり、あるいは元宝塚の人たちが歌ってくれることによって、とにかく情熱のタンゴ、哀愁のタンゴっていう方向に行かないようにするにはどうしたらいいか。そこのところにお客さんたちに気づかせる、ああ情熱的でよかったとは言わせない見せ方を何かしていかないとね。
── そういう意味では、今回のデビュー25周年記念公演に期待しています。今日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
小松 本当は言いたいことは山ほどあったんですが、とにかくこれ以上タンゴが他の音楽ジャンルの人たちに侵食されるのは嫌ですね。彼らは、これがピアソラを広める一助なんだ、タンゴを広めている一助なんだみたいな言い方をするでしょうけど、だったらもうちょっと普通のタンゴを普通に弾く練習ぐらいしたらって話。「これは俺たちの解釈なんだ、俺たちのピアソラなんだ」って言って、間違いだらけの譜面を持ってきて、タンゴの弾き方も一切勉強することなく演奏して「これがピアソラだ」というのが、今や日本だけじゃなく世界基準になっちゃってるんですよ。ピアソラ以前のタンゴっていうのは踊りの伴奏に過ぎない音楽だったっていうことを世界中の音楽評論家が言い出して、それをミュージシャンたちが真に受けて、じゃあ俺たちがやった方がいいじゃないかということになっている状況です。
これに対してタンゴの人たちは、他ジャンルの人たちに対して「それは違いますよ」って言わなきゃダメだし、実際こうやってやるんですよって演奏で示さなきゃいけないわけですね。そのためにもオルケスタ・ティピカというのはタンゴの基本なわけで、こういうものが実在しなくなるとますますタンゴが他ジャンルの人たちのアクセサリーになる。
一回定着した一種の常識を覆していくっていうのは本当に大変なことで。一番いい方法は、はっきり言って僕が売れることなんです。自分で言ってしまいますけど(笑)。とにかくバンドネオン奏者のやつが売れて、その売れたやつが「これってこうなんだ」「これが正しいのだ」と言い切って行くことをしていかない限りはもう何も変わっていかないと思います。
なので、今回のオルケスタも、もしかしたら聴いている人にとってはちょっと重い内容になってしまうかもしれないですね。でも最初に言ったように、演奏する機会が少ない以上、とにかく遠慮しない構成、演奏をしようと思っています!お楽しみに!
(ラティーナ2024年11月)
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