[2022.12] 【映画評】 『ケイコ 目を澄ませて』 ⎯⎯ 豊作だった今年の邦画の中でもトリを飾るに相応しい傑作の説得力
『ケイコ 目を澄ませて』
豊作だった今年の邦画の中でも
トリを飾るに相応しい傑作の説得力
文●圷滋夫(映画・音楽ライター)
本コラムで今年紹介した邦画は、3月に春の公開作5本を集めた中の1本『猫は逃げた』だけだったが、実は今年も多くの邦画の傑作が公開されている。例えば『春原さんのうた』『ちょっと思い出しただけ』『愛なのに』『恋は光』『PLAN 75』『ベイビー・ブローカー』(韓国映画ですが是枝裕和監督作品)『さかなのこ』『LOVE LIFE』『線は、僕を描く』『ある男』と、他にもまだ多くの作品があってキリがない。そして今年を締め括り、トリを飾ると言っても過言ではない作品が、三宅唱監督、岸井ゆきの主演の『ケイコ 目を澄ませて』だ。
生まれつき聴覚障害で両耳が聴こえないケイコは、ホテルの清掃のアルバイトをしながら、プロボクサーとしてリングに立つことに生きがいを感じている。しかし彼女が所属する下町のボクシング・ジムが、地域の再開発のために閉鎖されることになってしまう。人生の岐路に立ったケイコが、父親のように見守ってくれるジムの会長や心配する母親の想いと向き合いながら、未来について悩み葛藤する中、次の試合はそこまで迫っていた。
本作は実際に聴覚障害者でプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子の著作「負けないで!」に着想を得て、新たに生み出された物語だ。フィクションではあるが、ろう者の日常あるある的な生活の知恵や健常者とのコミュニケーション・ギャップのリアルな描写には多くの驚きと気付きがある。何よりボクシングのシーンでは、ケイコを演じる岸井ゆきのの説得力のある身体性と鍛錬を重ねたであろう地に足のついた動きに、台詞が無いからこそ余計に圧倒されてしまうのだ。
プレス資料によれば、岸井は撮影の3ヶ月前から肉体改造とボクシングのトレーニングを始め、監督もそれに付き添って一緒に練習をしていたという。また実際に岸井のトレーニングを行なった松浦慎一郎が、映画の中でも俳優としてケイコのトレーナー松本を演じていて、それらが脚本にも影響を及ぼし、物語も変化していったという。それ故にそこには岸井自身が刻印されたドキュメンタリー的な要素があり、それが圧倒的な説得力を生んでいるのではないだろうか。
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