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[2021.02]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り7】 奄美大島の八月踊り −男女の歌掛けと太鼓の響き−

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文:久万田晋(くまだ・すすむ 沖縄県立芸術大学・教授)

 奄美大島では毎夏旧暦八月の初旬、夕暮れになると島のあちこちで太鼓を連打する音が響きわたり、力強い男女の歌声とともに、輪になって踊りを楽しむ人々の姿を見ることができる。これが奄美を代表する民俗芸能、八月踊りである。八月踊りは島によって名称が異なり、徳之島では七月踊り、夏目踊りなどと呼ばれる。また現在では女性だけで踊られる沖永良部島の遊び踊り(手々知名)や沖縄本島のウシデーク(臼太鼓)もほぼ類似した芸態を持っており、これらの芸能の発生と伝播については、お互いに深い関わりがあると考えられる。

 奄美では旧暦八月の初丙をアラセツ(新節)、その後の初壬をシバサシ(柴挿)と呼び、一年で最も重要な夏の節目(折目)となっている。これらの行事は奄美にとどまらない。沖縄本島および周辺離島には「節」と名のつく行事は現在残っていないが、シバサシは旧暦八月の厄払いの行事として行われている。また宮古諸島や八重山諸島でも「節(シツ、シチ)」と名のついた祭りが盛んに行われている。つまりアラセツやシバサシは、たんに奄美諸島だけの行事ではなく、南島の島々に広範囲にひろがる夏の大きな節目の行事なのである。この夏の区切りの時期に、後生(あの世)からこの世に帰り来る霊を歓待し、悪霊を祓い、家屋に付着した厄災を太鼓の響きによって祓い清める。そのために家々を回って歌い踊られるのが八月踊りなのである。

図1

奄美市笠利町佐仁の八月踊り 撮影:久万田晋

 八月踊りは集落によって10数曲から40曲超のレパートリーをもつ。歌の演唱は男性と女性の歌の即興的な掛け合いによって進行してゆく。男女互いの歌のリーダーが相手の歌う歌詞を聞き、即座にそれに相応しい歌詞を歌い出すと、一同がそれに唱和し歌い返す。こうして意味内容が連なりを持って歌掛けが進行してゆくのである。この歌掛けにおいて歌われる歌詞は数百種にも及び、奄美で伝承される歌謡の中核をなしている。ここで八月踊りの歌掛けでよく歌われる歌詞(沖縄と同じ琉歌形式8886形が多い)を一つだけ紹介してみよう。

これほどぬ遊び 組み立ててぃからや 
夜ぬ明けてぃ太陽(てぃだ)ぬ 上がるまでに
(訳:これほど盛り上がる八月踊りを始めたからには、
   夜が明けて太陽が上がるまで踊って遊ぼう)

 ひとくちに八月踊りといっても、奄美大島の北東部と西南部ではかなり演唱様式が異なっている。北東部(笠利町、龍郷町方面)では、一曲毎にゆっくりから急速調へと加速してゆく。一方、西南部(宇検村、瀬戸内町方面)では、曲中ではあまり速さを変えず、緩急の曲を交互に歌い踊り継いでゆく。この中間地点では、両者のスタイルが地域によって入り交じっているのである。また徳之島は奄美大島北東部の様式に近く、喜界島は大島西南部の様式に近い。これも奄美諸島の八月踊りの分布における興味深い現象である。

 八月踊りがさかんに踊られるアラセツ・シバサシ行事は、前述のように南島の夏正月とも言われ、旧暦のお盆が沖縄・奄美で盛んになる以前の夏の折目行事と考えられる。この時期を中心に、奄美大島の北から南まで、かつてはヤサガシ(家探し)、あるいはヤーマワリ(家回り)といって、集落の一軒々々残らず八月踊りを踊って回ったのである。それは地域共同体の連帯を確認するもっとも重要な行事であった。また、奄美大島中部から南西部にかけては、アラセツ・シバサシから八月十五夜の間の時期に日を選んで豊年祭が行われてきた。公民館の庭に土俵を作り、男の子から青壮年までの相撲が盛んに繰り広げられる。その合間には婦人会や老人会、児童達による様々な芸能が演じられ、最後には集落の人々全員で締めくくりとして八月踊りが踊られる。現在は都会に暮らす地域の出身者もこの日は多数帰省して祭りを盛り上げる。まさに豊年祭が地域の人々の結束を象徴する行事となっているのである。

図2

瀬戸内町手安の八月踊り 撮影:久万田晋

 太平洋戦後の米軍占領期から奄美諸島の日本復帰(1953年)、さらにその後の日本の高度経済成長期を通じて、奄美の社会も大きな変化を被った。奄美の主要産業だった大島紬生産の隆盛と衰退、それに伴う若者人口の流出と過疎化という社会環境の急激な変化は、当然のことながら八月踊りのあり方にも大きな影響を与えてきた。これまで八月踊りを伝承してきたベテラン世代や、これから八月踊りを受け継いでいこうとする次世代は、現在の八月踊りの状況に対してどのような思いを持っているのか。社会の変化に伴う芸能の変化をどのように受け止め、そして未来へと繋ごうとするのか。こうした奄美の人々の八月踊りに対する様々な思いを、今後とも見守っていきたいと考えている。


久万田晋(くまだ・すすむ)
沖縄県立芸術大学・附属研究所・教授。

1961年高知市生まれ。東京藝術大学大学院音楽研究科修了。専門は日本・沖縄を対象とした民族音楽学、民俗芸能論、ポピュラー音楽論。主な著作は『沖縄芸能のダイナミズム 創造・表象・越境』(共編、2020年)、『沖縄の民俗芸能論−神祭り、臼太鼓からエイサーまで−』(2011年)、『エイサー360度 歴史と現在』(共著、1998年)など。

(ラティーナ2021年2月)

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