[2024.10]【中原仁の「勝手にライナーノーツ」 51】 Zé Manoel 『CORAL』
文:中原 仁
1980年、北東部ペルナンブーコ州生まれ、現在はサンパウロが拠点のシンガー・ソングライター/ピアニスト、ゼ・マノエウ。生地のペトロリーナは州都のレシーフェから約700キロ内陸の都市でサンフランシスコ川に面し、対岸はジョアン・ジルベルトの故郷でもあるバイーア州ジュアゼイロだ。
ゼ・マノエウのリーダー作はこれまでに3タイトル、日本盤CDがリリースされてきた。2024年9月リリースの『CORAL』は『Do Meu Coração Nu(裸の心から)』以来、4年ぶりの新作。プロデューサーは南部パラナ州出身、同世代のブルーノ・モライスだ。
なお、名前のZéは、最近の日本ではゼーと表記することが多いが(ゼー・イバーハ、トン・ゼーなど)、ここでは過去の日本盤の表記に準じて "ゼ" と書いていく。
語りかけるような落ち着いた歌声と、歌に寄り添うようなピアノの響きが、ゼ・マノエウの最大の魅力。デビュー以来、一貫してアフリカ系ブラジル人のアイデンティティーに根差した音楽を追求しているが、押し付けがましさは全くなく、彼の音楽にはつねに思索者の穏やかな表情がある。
多彩な共作者、共演者を迎えた『CORAL』。これまでよりもグッとポップになった、というのが第一印象だ。メロウ・ソウル調のオープニング・トラック「Golden」は前作で共演した、USAとブラジルのダブル・アイデンティティーのガブリエラ・ライリーとの共作。ガブリエラが英語で歌い、ゼはバックに徹する。管弦のアレンジは、俊英アントニオ・ネヴィス。
「Canção de Amor Para Johnny Alf」はジョニー・アルフに捧げてゼが作詞作曲した。エレピを弾きながら歌い、"ジョニー、ジョニー、ジョニー" のリフが耳に残る。これもメロウ・ソウル調だが、旋律や和音は半世紀以上前のジョニーの音楽の先進性を受け継いでいる。
「Iyá Mesan」で一気にアフロ・ブラジル濃度がアップする。レシーフェ出身、同世代のアレッサンドラ・レオンとの共作、共演。バイーアのイジェシャーのリズムを下敷きに、アフロビートも取り入れたホーン・アレンジはウビラタン・マルケス。ルエジ・ルナと共演しているケニア出身のカト・チャンゲのギターもスパイスになった、アフロ・ブラジリアン・ファンクの逸品だ。
インタールードの「Lubi Prates」では、前作で共演したルエジ・ルナが、女性詩人ルビ・プラテスの詩の一節を朗読する。テーマはアフリカ系ブラジル人のアイデンティティだ。
「Above the Sky」はゼ、ブルーノ・モライス、バイーア出身カナダ在住のブルーノ・カピナンが共作。これもメロウ・ソウル調だ。弦楽カルテットのアレンジは、ドラ・モレレンバウム。
ルエジ・ルナとデュエットする「Malaika」は美しい旋律を備えたタンザニアのフォルクローレ。70年代初めに南アフリカ出身のミリアム・マケバが歌い、日本では渡辺貞夫が録音した。70年代中頃、ライヴの時にみんなで一緒に歌おうと貞夫さんが声をかけて客席が大合唱。ジャズクラブ「ピットイン」のスケジュールが載ったフライヤーに歌詞(原語)が掲載された、なんて昔話もある。ここではゼとアルトゥール・ノゲイラがポルトガル語の歌詞をつけ、"アフリカの心で生まれた、最初の愛の歌" の歌詞が印象的。この曲もドラ・モレレンバウムが弦カルのアレンジを行なった。
"浮上への流れ" といった意味のラヴソング「Deságuo Para Emergir」は、リニケルとの共作。ピアノを弾きながら歌うゼは、まさに本領発揮だ。
インタールードの「Piano Fun」から、ゼが作詞作曲した「Menina Preta de Cocar」へ。リズム、サウンド、歌詞ともに、このアルバムの中で最も北東部色が濃い。3曲目に続いてカト・チャンゲ(ギター)が参加している。
タイトル曲「Coral」はゼが作詞作曲、ピアノ弾き語りにエフェクトがうっすら乗る。ゼによれば、"コラウ" と歌うパートは、ドリヴァル・カイミの海の歌(canções praieiras)からインスパイアされたという。この曲は、ゼの前作のプロデューサーだったルイザォン・ペレイラ(ジュアゼイロ生まれ)が共同プロデュース。ルイザォンは2024年3月、55歳で世を去った。
最後の「Siriri」は、北東部の音楽を代表する女性歌手、マリネース(Marinês / 1934~2007)が60年代初頭に録音した曲 「Siriri Sirirá」が元になっている。ゼは、母親が大好きだった、自分にとってもルーツ・ミュージックとなる曲とコメントしていた。マリネースの歌もアップしておこう。
最後に、9月15日にサンパウロの「SESCコンソラォン」で行なった『CORAL』のリリース・ライヴの映像をシェアする。最初が「Malaika」。ふたつめが「Iyá Mesan」「Menina Preta de Cocar」の2曲だ。音楽と等身大の、ゼの穏やかな人間性が感じられる。
(ラティーナ2024年10月)
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