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[2024.12]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜25】ポーランドの鬼才が南インド勢と繰り広げる〝電脳シャクティ3.0〟〜サーガラ 『3』

文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto

中央ヨーロッパ諸国の中でもとりわけ層の厚いジャズ・シーンを形成するポーランドは、ポスト・ロック、ヒップホップ、テクノ、アンビエント、ワールド・ミュージックなどの他ジャンルの要素に対して開かれた感覚を持つ音楽家が多いのも特徴的だが、1983年生まれのアルト・クラリネット奏者のヴァツワフ・ジンペル(Waclaw Zimpel)もその1人と言えるだろう。かつてギタリストの内橋和久がポーランドから気鋭のプレイヤーたちを日本へ招聘し、2014年に開催された「今ポーランドがおもしろい#2」でも硬質なプレイで一歩抜けた存在感を放っていた彼は、ケン・ヴァンダマーク、ハミッド・ドレイク、ジョー・マクフィーらの大物とも共演歴のあるフリー系の若き実力派といった印象が強かったが、その後にはエレクトロニック・ミュージック方面でもマルチな才を発揮。とりわけ、様々な民族音楽も巧みに取り入れたポリリズミックかつミニマルな音楽性で、孤高のサウンドを提示し続ける鬼才シャックルトンとの連名で2020年に発表したコラボ作『Primal Forms』では、ジャズ、ミニマル・ダブ、テクノ、中東やバルカンの音楽の要素などがシームレスに溶け込んだ驚異的なサウンドを示し、シャックルトンの音に多種多様な生楽器を駆使して斬り込む才の豊かさに圧倒させられた。


 同時期にはクラブ・シーンで高い人気を誇り続けるジェームス・ホールデンとのコラボ音源も発表し、完全にジャズの枠にとどまらない活躍をみせるジンペルだが、それらと並行して取り組み続けてきたのが南インドのカルナータカ(カルナティック)音楽の演奏家たちとの組んだプロジェクトであるサーガラ(Saagara)。もともとはポーランドでガタム(壺状の打楽器)奏者のギリダル・ウドゥバと共演したことに端を発し、2012年にジンペルがインドを訪問した時により具体的なグループへと発展していったようで、15年と17年に2枚のアルバムを発表している。今年の秋になってリリースされた最新アルバム『3』はサーガラとしては7年ほど時間を置いての久々の作品リリースとなるが、その間に大きく音楽的な幅を拡げたジンぺルの変化も如実に反映され、過去2作とは比べものにならないほどにフューチャリスティックかつハイブリッドな響きを獲得した斬新な作品となっている。

 まずは、やはり近年のシャックルトンやホールデンとの共演の成果を反映し、エレクトロニクスを多用したダンサブルな音へと進化を遂げているのが特徴的で、先鋭的なワールド・ミュージックの牙城である≪グリッタービート≫傘下のレーベルからの発売となったのも納得がいく。とはいえ、ガダム、カンジーラ(フレーム・ドラム)、タヴィル(両面太鼓)が絡み合いながら複雑なリズム・アンサンブルを繰り出すカルナータカ音楽をベースとしたユニットだけに、その持ち味はキープしたままこれまでにないグルーヴ感を獲得している点が秀逸であり、そこにカルナータカ音楽らしい旋律を連発するヴァイオリン、ジンぺルによるエレクトロニクスや管楽器各種が絡みながら展開されるサウンドは、70年代にフュージョン界を席巻したジョン・マクラフリン、L・シャンカール、故ザキール・フセインらによるシャクティの真の意味での進化型とも捉えられるだろう。特に、テリー・ライリー風の反復的なオルガンのリフに乗せて、日本のROVOを彷彿させるメロディ豊かなヴァイオリンが舞い、やがて怒涛のリズム・アンサンブルが加わって高揚感を増す3曲目はミックスをジェームス・ホールデンが担当していてとりわけキラーな仕上がりであるし、バングラ風のリズムで幕を開けて意表を付いたかと思えばやがて中部アフリカのバカ・ピグミー女性の歌が加わって無国籍さを増す6曲目も出色。シャックルトンとのコラボ2作目『In The Cell Of Dreams』(23年)も、カルナータカ音楽の歌い手を迎えてインド色を一気に強めた作品だったもののややドープな方向に振れ過ぎた印象が拭えなかったが、こちらはバランス感覚も素晴らしく、ジンペルによるこれまでの試みの集大成ともなっている。

また、ジンぺルは今年6月にソロ名義で『Japanese Journal, Vol.1』と題した4曲収録の作品もリリースしており、こちらはタイトル通りに京都を拠点とする劇団・地点の『ブルグント公女イヴォナ』(23年)や小池博史が手がけた舞台『N/KOSMOS-コスモス』の東京公演(24年)の劇伴のために日本に滞在していた時期に制作したものと思われる。とりわけ3曲目は、過去に共演歴もある日本のハイパー筝奏者の八木美知依とのコラボ曲となっているし、日本にインスパイアされた彼の音楽が楽しめるという点でも興味深い。あらゆる音楽を自由自在に横断するジンぺルのことをニューヨーク・タイムズ誌は〝音楽のカメレオン〟と称したことがあるが、我が国とも多くの接点を持つ彼の神出鬼没な活動の数々に改めて注目してみてほしい。

(ラティーナ2024年12月)

SAAGARA『3』については、国内盤が販売されています。(LPもあり)


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