[2024.11]【境界線上の蟻(アリ)~Ants On The Border Line〜24】まるで2020年代のインドに転生したザ・バンド? 〜ピーター・キャット・レコーディング・カンパニー〜
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto
もしも全盛期のザ・バンドが2020年代のインドに転生したとしたら、一体どんな音を奏でていただろうか? ── なんてこれまで想像しようとしたことすらなかったが、今回紹介するピーター・キャット・レコ―ディング・カンパニー(以下、PCRC)の最新アルバム『Beta』は、ある意味でそれを具現化してしまったかのような驚くべき作品となっている。インドのポピュラー音楽といえば、大衆的なインド映画の音楽(ボリウッド)、メロディアスなポップ・ガザル、UK発祥のバングラ・ビートあたりがまずは思い浮かぶが、最近ではインディ・ロックやヒップホップなども盛んとなり、時代の変化とともに多様化しつつある。そうした新潮流については、インド北東部のアッサム州出身のDJ/プロデュ―サーである Jitwam が選曲した秀逸なオムニバス盤『Chalo』(2019年)あたりを聴いてもらえれば俯瞰的に見渡せるかと思うが、2009年に結成されたPCRCはその先駆的な存在であり、マイペースな活動を続けながら徐々にワールドワイドな認知度を高めてきた。
戦前のキャバレー音楽やジプシー・スウィング、1950年代の洒脱なジャズ・ヴォーカルもの、60年代のA&Mなどに代表されるソフト・ロック(サンシャイン・ポップ)やサイケ・ロック、70年代のソウル~ディスコとその影響を受けた自国のグルーヴィーなボリウッドものに、2000年代以降のインディ・ロックやシンセ・ポップなど。新旧の多彩な音楽からの要素を独自にブレンドし、インドならではのエッセンスも巧妙に練り込まれた音は、まるで往年のジョージ・ハリスン以上にインドに傾倒してしまったバート・バカラックか、あるいは後期ビートルズへのインドからの半世紀以上越しでの回答とも言えるようなパラレル・ワールド的な印象を聴き手に残すものとなっている。
19年にリリースされた前作『Bismallah』から5年を経て届けられた『Beta』は、バンドの公式コメントによれば〝私たちの唯一の故郷である地球という惑星において現在を理解するために、50年前の過去に未来について語られた物語のコレクション〟とのこと。古き良き音楽への敬愛をアレンジ面からもソングライティング面からも濃密に感じさせる一方で、単なるレトロ・フューチャー趣味ともクラシック・ロック至上主義とも異なるスタンスを示す彼ららしさが短い言葉の中に集約されているように思えるし、過去と未来、ローテクとハイテク、西欧と非西欧、ノスタルジーと現代性が混在するような『Beta』の世界をうまく言い当てている。聴き比べてみれば明らかなように、サウンド面でも前作から飛躍的にヴィヴィッドさを増しているが、そこにはバンドの創設者にして中心人物であるスリヤカント・ソーニーが Lifafa 名義で発表した2枚のマジカルなソロ作からの好作用が極めて大きいだろう。
〝インド版ジェイムス・ブレイク〟とも呼びたくなる斬新な音楽性を示した『Jaago』(19年)、コロナ禍の中で制作されて前作よりもややシリアスな方向性をみせた『Superpower 2020』(21年、ちなみにタイトルはインドの前首相が「インドは2020年までに超大国となる」と発言したことを皮肉っぽいニュアンスで引用したもの)では、エレクトロニクスを多用しながらバンドとはまた異なる個性を発揮したスリヤカントだったが、『Beta』ではその成果を着実にバンド・サウンドに反映。とりわけ、バングラ・ビートでお馴染みなパンジャーブ州の伝統楽器のリフとビートを伴いながら、サックスや流麗なストリングスなども加えつつ70年代ソウル風に転じる2曲目「People Never Change」、ジョルジオ・モロダー的な電子音シーケンスを効果的に配しつつダンサブルに駆け抜ける6曲目「Black And White」あたりの見事さは、間違いなくLifafaから地続きのものと言えよう。
その一方で、オールド・ジャズ好きな側面を窺わせるクラリネットの多用や、ギターなどのマルチ奏者のカルティック・ピライとベース奏者のドラヴ・ボーラが作曲やリード・ヴォーカルを務めた楽曲も収録され、5人のメンバー各々の個性が際立ってきた点も特筆もの。アルバム後半ではメロディアスかつフォーキーな楽曲の良さも聴きどころとなっており、ブラジルのトロピカリズモ一派にも通じるサイケ・ロックなノリを全開にした展開なども味わい深い。また、洗練されているがどこかモッタリとしたバンド・グルーヴを放ちながらも、現代的なシンセ・ベースやグリッチ音なども効果的に使って時代性を攪乱させるような音作り、インド舞踊のダンサーが用いろグングル(足鈴)、タンブーラとスワルマンダルが合体した琴のようなスワルサンガムといった民族楽器も一部で用いながらインドらしさを加えることを忘れないアレンジも秀逸であり、クルーナー的な穏やかなタッチが魅力的なスリヤカントの歌声も、ジェントルな歌い口で人気を集めたボリウッド黄金期に活躍した偉大な名歌手であるモハメド・ラフィあたりに通じる小粋さを感じさせる。現在はクルアンビンのツアー・サポートも務めながら、米国~ヨーロッパを経て最後は年末にインドでの6日間の公演で締めるという77日間に及ぶ大規模なツアーを行っているPCRCだが、ぜひ日本でも彼らのステージが実現することを願いたい。
(ラティーナ2024年11月)
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