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[2023.1]2022年ブラジルで流行った音楽

文と写真●島田愛加

ブラジル音楽は一度ハマったら出口がない!

日本の22.5倍に及ぶ広大な面積、多様な人種から生まれたブラジル人が作り出す音楽はいつも創造性にあふれています。インターネット時代にもかかわらず、地域によって音楽のトレンドが異なるのも大きな魅力の1つです。 

ブラジル各地のレポートもしたいところですが、今回はブラジル人の約70パーセントが利用しているストリーミングサービスのヒットチャートとソーシャルメディアからみるトレンドを元に、2022年にブラジルで流行った音楽をご紹介したいと思います。 

ブラジルは2022年1月末に新型コロナウイルス感染者数のピークを越え、次々に大型フェスティバルやコンサートが開催されるようになりました。

イベントやパーティーが完全復活したことに伴い、ヒットチャートではセルタネージョ勢が巻き返しを見せていますが、新たな動きもありました。

チャートやトレンドを私なりに分析した結果、2022年にブラジル国内で流行した音楽のポイントはこちら! 

①天国にいる「失恋ソングの女王」が不動の人気ナンバーワン!

②ロングヒットとプレイリスト

③やっぱり踊りが大好き!TikTokでバズる音楽

Spotify公式のチャート 

まずはブラジル国内で最も利用されているストリーミングサービス「Spotify」の公式チャートです。

2022年、ブラジルのSpotifyで最も聴かれたアーティスト

 1位 Marília Mendonça
 2位 Henrique & Juliano
 3位 Jorge & Mateus
 4位 Gusttavo Lima
 5位 Maiara & Maraisa

こちらはセルタネージョ界で長年活躍しているアーティストが占めています。

1位のマリリア・メンドンサは「失恋ソングの女王」。人気絶頂の最中、2021年11月6日、ライブ会場に向かう小型飛行機の墜落事故で帰らぬ人となりました。圧倒的な歌唱力はもちろん、ありのままの自分をさらけ出す彼女の姿は多くのファンに愛され続けています。

マリリアの死後、制作グループは彼女の27歳の誕生日を記念し、7月にEP『Decretos Reais vol.1』、12月に『Decretos Reais vol.2』をリリース。どちらも2021年5月のライブ録音です。制作グループは今後も未公開録音を発表し続けるということなので、来年も天国にいる女王の作品がチャートにランクインするでしょう。 


2022年、ブラジルのSpotifyで最も聴かれた楽曲

 1位 Mal Feito – Ao Vivo / Hugo & Guilherme, Marília Mendonça
 2位 Malvadão 3 / Xamã, Gustah e Neo Beats
 3位 Vai Lá Em Casa Hoje / George Henrique & Rodrigo, Marília Mendonça
 4位 Molhando o Volante / Jorge & Mateus
 5位 Dançarina / Pedro Sampaio

楽曲ランキングを見ていただくと昨年と同様、長年のセルタネージョ独占から変化があることがわかります。
1位と3位はセルタネージョの男声デュオにマリリア・メンドンサがゲスト出演している楽曲、4位はこれまでも数多くのヒットソングを飛ばしてきたセルタネージョデュオ、ジョルジ&マテウスの失恋ソングです。いずれも歌詞は自分と重ね合わせて考えられるような切ない恋愛模様を描いています。
 
2位にはリオデジャネイロ出身ラッパーのシャマン、グスタ、ネオ・ビーツの共作「Malvadão 3」がTikTokで話題を呼びチャート入り。ドゥ~ンと重めサウンド&スローなテンポが近年のファンキのトレンドです。
内容は素敵な女性に惹かれる話ですが、シャマンは3種類のサビを作り、早いラップが好きな人、メロディが好きな人など、全員に届くように意識したそう。ちなみに、これまで「Malvadão」(2017)「Malvadão 2」(2019)をリリース済だから「Malvadão 3」というわけです。
同曲はフォホーやブレガデイラ(ブレーガの進化版)、アホシャ(後述)など北部/北東部勢にカバーされたこともロングヒットに繋がりました。
 
5位の「Dançarina」はDJ、歌手であるペドロ・サンパイオの楽曲。なんとポルトガルでは27週1位(参考:Top Português de Singles by AFP)を獲得しています。ダンスミュージックのようにも感じますがサビはばっちりファンキをフィーチャー。ラップを披露したのは12歳からファンキを歌うMCぺドリーニョ(現在20歳)。クレジットにはありませんが、アニッタも参加しています。
ペドロはYoutubeでリミックスをアップしていたところ注目され2018年にブラジルのワーナーと契約。2022年に念願の初アルバムを発表し、こちらも大好評。今年のナイトクラブシーンで欠かせないアーティストとなりました。
本職はDJなのでコラボ作品が多め。アルバムヒットで注目アーティストの仲間入りということで、来年も有名アーティストとコラボして活躍するでしょう。

上位5曲中、3曲が2021年にリリースされた作品でした。
インターネットがある現在でも各都市から発祥した流行が全国に広まるまでに時間がかかることも。逆に地方からジワジワと人気になるパターンもあります。また、ジャンルを越えたアーティストにカバーされることで結果ロングヒットにつながります。
また、近年はラジオの代わりにSpotifyやYouTubeのプレイリストが街中のバール*やパーティーで利用されています。お店側は「知っている曲を一緒に歌いたい、踊りたい」というブラジル人的思考を考慮しているのか、流れてくるのは最新の楽曲よりも、ロングヒットしている楽曲重視。プレイリストは飲食店やパーティーだけでなく、個人でも多く利用されています。
(*バールとは、朝はカフェテリア、昼は定食屋、夜はバーとして親しまれる大衆的な飲食店) 

バールで流れるフォホーとピゼイロのYoutubeプレイリスト(筆者撮影) 


2022年、ブラジルのSpotifyで最も聴かれたジャンル

 1位 Sertanejo Pop
 2位 Funk carioca
 3位 Sertanejo universitário
 4位 Sertanejo
 5位 Arrocha

 ここで注目していただきたいのが、ファンキ・カリオカがついに2位まで昇りつめたこと。最近のファンキは前述したとおり、スローでサウンド重め。発祥したのがリオデジャネイロなので「カリオカ」と呼ばれ続けられていますが、今では全国区の音楽となりました。
 
そして5位のアフォシャ!!
これは2000年代に北東部バイーア州にある人口8万3千人ほどの町カンデイアスのミュージシャンたちが生み出したジャンルです。
当時人気だったロマンティックなセルタネージョに対抗するように、同じくロマンティックなセレスタをベースにアシェーやフォホーといった北東部のリズムを取り入れて生まれた音楽で、アザ・リヴリというグループが地元で少しずつ人気を集めていきます。全国的にしられるようになったのは、セルタネージョ勢がこのアフォシャを自分たちのレパートリーに入れ始めたのがきっかけでした。
 
実は今回楽曲ランキング1位の「Mal Feito」や、惜しくもTop5入りを逃しましたが、2022年前期チャートで1位だったグスタボ・リマの「Bloqueado」はアフォシャがベースになっています。アフォシャはテンポが速すぎず、のびのびとしたメロディでロマンティックな表現がぴったり。サビはみんなで熱唱しやすいのが特徴です。こうして、アフォシャは1つのジャンルとして認知されるようになりました。

ブラジルSpotify楽曲ランキングで6位の「Bloqueado」。
私がよく通うバールでは今でもこの曲がかかっています。

Youtube公式のアーティストランキング

ブラジルでもよく使われているYoutubeの2022年アーティストランキングはどうでしょう。
ランキングは毎週更新されるので、各月1週目の結果から統計をとったところ、1位はぶっちぎりでマリリア・メンドンサでした。それに続いてSpotifyで最も聴かれたアーティストTop5が入れ替わりしているような感じですが、中盤からTop5に現われるようになったのが若干21歳にして「ピゼイロの女王」と呼ばれるマリ・フェルンナンデス。

共演は同じくピゼイロの注目歌手ナタン

 ピゼイロ(ピザジーニャとも呼ばれる)とは、北東部の伝統的な音楽フォホーが電子化し、管楽器入りの大編成でムーブメントを起こした後にやってきた進化系フォホー。大編成時よりもシンプルで、キーボード1台(もしくは2台)を使いこなしてサウンドを作るのが特徴です。フォホーの強みである哀愁やシンプルで覚えやすいメロディも人気の秘訣。2000年代から地方で人気がありましたが2019年頃から全国的に知られるようになりました。

ストリーミングサービスだけでなくTikTokでも音楽視聴!?

今回はストリーミングサービスのランキング以外のトレンドにも注目してみたいと思います。

そこで外せないのがブラジルでも人気のTikTokです。現在、TikTokはストリーミングサービスのように楽曲をフルで視聴することが可能です。

TikTokで火がついてストリーミングでも人気になった一例が今年のSpotify楽曲ランキングで2位になった「Malvadão 3」。

TikTokでバズりやすい音楽はダンスが踊りやすい曲、つまりファンキやピゼイロ(ピザジーニャ)になります。

ブラジルにはダンスと楽曲がセットのヒットソングは沢山ありますが、TikTokの登場で更にその傾向が強くなっていると感じます。 

ワールドカップの得点時にセレソンが踊っていたのは
オス・ケブラデイロスの「Pagodão Birimbola」

アニッタがブラジルを代表するアーティストに

これまでブラジル国内のお話をしてきましたが、国外での成功についても少しだけ触れたいと思います。

今年は何と言ってもSpotifyのグローバルチャートで1位に輝いたアニッタの活躍!!

アニッタは2010年にアイドル風なファンキ歌手としてデビューしましたが、ポップスに路線変更。世界進出を視野に入れ、スペイン語でのレコーディングや海外アーティストとのコラボレーションをしながら地道に活動していました。

個人的には2022年1月リリース「Boys Don’t Cry」の方がアニッタの本命作だったのでは?と感じるのですが、今年2月、ライブで披露した「Envolver」(2021年11月リリース)のダンスがTikTokでバズってから、Spotifyのグローバルチャート5位にランクイン。ブラジル人アーティストとして初の快挙であり、その後は「アニッタを世界1位に!」と国内チャートでも急上昇、見事世界1位に輝きました。 

その後、ラテングラミー賞は逃しましたが、アメリカンミュージックアワードのラテン女性アーティスト部門で大賞に選ばれました。

カリフォルニアで行われた有名な音楽フェスティバル「Coachella」ではブラジルカラーの衣装と共にカポエイラやリオデジャネイロのファベーラ(スラム街)をイメージした演出で見事なパフォーマンスを披露。ブラジルを代表する世界的アーティストとなりました。

ブラジル国外のSpotifyで今年最も聴かれたブラジル人アーティストはアニッタでした。最も聴かれている音楽ジャンルはファンキ・カリオカ、続いてブラジルポップス、MPBとなっています。歌詞重視のセルタネージョは国外ではあまり伸びていません。 

人気になってからも「私は天才じゃない。働き者なの。」と
話すのには納得できる努力家アニッタ

ラテングラミー賞でブラジル勢は?

 続いて今年のラテングラミー賞ですが、インストゥルメンタル部門でアミルトン・ジ・オランダが受賞した以外は、ブラジル人アーティストの受賞はブラジルに特化した部門のみとなりました。

アニッタと同じくファンキのフィールドで活躍していたルジミーラがサンバ/パゴージ部門の最優秀アルバム賞を受賞し、幅広い層から人気を受けていることを証明。

また、MPB部門ではノミネートされていたカエターノやマリーザ・モンチを抑えてリニケルのアルバム『Indigo Borboleta Anil』が受賞。2年の制作期間を経てリリースされたリニケルのソロとしての初アルバムです。授賞式ではブラジル初のトランスジェンダー女性アーティスト受賞者としてその喜びをスペイン語で語りました。同作はゲストにミルトン・ナシメント、また2021年10月に新型コロナウイルスで亡くなったレチエレス・レイチとオルケストラ・フンピレスも収録に参加し、バイーアの風を吹かせます。

 そして注目したいのがポルトガル語ポップス部門の最優秀アルバムを受賞したグループのバーラ・デゼージョ。MPB黄金期とも言える60~70年代の雰囲気を受け継いでいます。メンバーは既に個々で音楽キャリアがあり、2021年結成。デビューアルバム『Sim Sim Sim』でいきなりラテングラミー受賞となりました!来年も楽しみです。

 

MPB豊作の年から50年、そして80歳になる4人のアーティスト

 2022年はブラジル音楽史における記念すべき年でもありました。

1つはクルビ・ダ・エスキーナの『Clube da Esquina』やノヴォス・バイアーノスの『Acabou Chorare』、カエターノ・ヴェローゾの『Transa』、ジルベルト・ジルの『Expresso 2222』などMPBの超傑作がリリースされた1972年から50年が経過。記念に特集が組まれ、リマスター版のレコードが注目されました。 

また、ミルトン・ナシメント、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、パウリーニョ・ダ・ヴィオラが80歳を迎え、Spotifyにて記念のプレイリスト『Atemporais』が発表されました。現在大活躍している若手のアーティストが4人の名曲をそれぞれの解釈でカバー。こうして若い世代にも彼らの楽曲が受け継がれていくのは嬉しいことです。

 
カエターノ・ヴェローゾはアルバム『Meu Coco』(2021)を引っ提げてブラジル全国ツアーを開催。つややかで美しい声には貫禄があふれ、ステージで軽やかに踊る姿はとても80歳とは思えません!

2022年10月ブラジリアにて(筆者撮影)


ミルトン・ナシメントは、今年ステージ引退を発表。

11月13日、育ったミナスジェライス州の州都ベロオリゾンチのスタジアムにて引退ツアーの最終公演を行いました。この様子はブラジルの放送局グローボプレイにて生放送され、多くの人がミルトンの引退を見守りました。

コンサートの4日前にブラジルを代表する歌手ガル・コスタが亡くなり、ミルトンは開演後すぐにガルを追悼。クルビ・ダ・エスキーナのメンバーも駆けつけ、最後は名曲「Encontros E Despedidas」(出会いと別れ)で2時間以上にも及ぶコンサートは幕を閉じました。

その約2週間後には偉大なシンガーソングライターであるエラズモ・カルロスが逝去。ブラジルは偉大なアーティストを失い悲しみに包まれました。

ミルトン・ナシメントの引退コンサート。
ツアーの様子を含め、ミルトンのドキュメンタリー映画製作中ということで完成が楽しみです!(筆者撮影)


どうなる?2023年のブラジル音楽

ブラジルにとって2022年上半期は自粛ムード終了の反動、下半期は大統領選のあとにワールドカップが続き、落ち着かない年でした。

特に今年の大統領選は世論が真っ二つに分かれ、アーティストの政治的発言が目立ちました。また、毎回恒例ではありますが、ブラジルでは選挙運動ソングが積極的に使用されます。今年はルーラ派の選挙運動ソングが大ヒットし、選挙前後はSpotify国内チャート15位までの中に、ルーラ支持楽曲が9曲、ボウソナロ支持楽曲が4曲入るという驚きの結果となりました。ルーラ派は支持者が多い北東部の音楽ジャンルをベースに、ボウソナロ派はグスタボ・リマなどセルタネージョ界隈の人気歌手らが同氏の支持者ということもありセルタネージョをベースにした選挙運動ソングが目立ちました。 

選挙の結果、ルーラが当選。就任式が行われる2023年1月1日にはパウリーニョ・ダ・ヴィオラ、マルチーニョ・ダ・ヴィラ、マリア・ヒタ、パブロ・ヴィタールなど超豪華な顔ぶれが登場する記念フェスティバルが開催されることになっています。また、ボウソナロ政権で局に降格した文化省が復活することになっており、バイーア出身の歌手マルガレッチ・メネゼスが文部大臣を務める予定です(前ルーラ政権ではジルベルト・ジルが文部大臣を務めたことも)。

かつて行われていた政府支援の文化イベントや子どものための支援が復活、そしてブラジルにおける文化的アイデンティティが大きく注目される年になれば、音楽業界にも新たな動きがあるかもしれません。

2023年のブラジル音楽も面白いことが起こりそうです!!

島田愛加
サンパウロ在住音楽家/ライター。ボサノヴァに魅了され、2014年に単身ブラジルへ。サンパウロ州立タトゥイ音楽院にてブラジルのリズム、即興、音楽史などを勉強し2019年に卒業。好きな食べ物はフェイジョアーダとロモ・サルタード。
Twitter : @aika_shimada
note : https://note.com/aika_shimada/

(ラティーナ2023年1月)
 

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