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[2024.11]【映画評】『ゴンドラ』『ロボット・ドリームズ』〜言葉のいらない豊かな世界〜

言葉のいらない豊かな世界
『ゴンドラ』『ロボット・ドリームズ』

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文●あくつ 滋夫しげお(映画・音楽ライター)

 11月の公開作品『ゴンドラ』は地方の山が舞台の実写作品、『ロボット・ドリームズ』は大都会が舞台のアニメ作品。一見この2作には接点などないと思うかもしれないが、実は大きな共通点がある。それは両作ともほぼセリフがないということだ。そして見えてくる世界は違えども、共に人生のほろ苦さと切なさ、それでも消えることのない希望を描くという点でも共通している。またセリフがないからこそ、その分映像と音響の世界が豊かに広がり、言葉のいらない音楽が多くを物語っているのも必然だろう。外国映画の字幕版と吹替版を比べたら個人的には断然字幕派だが、字幕によって映像に傷がつくことと字幕を読むことで映像に向かう神経が削がれることは、それらがわずかであっても歯痒さを感じたりもする。その点この2作はしっかり内容を把握しながらも、監督が意図した通りの映像と音響を十分に堪能出来るのではないだろうか。

『ゴンドラ』
2024年11月1日(金)より 新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
©VEIT HELMER-FILMPRODUKTION,BERLIN AND NATURA FILM,TBILISI
配給:ムヴィオラ

 11/1(金)から公開されている『ゴンドラ』は、ジョージア(旧グルジア)の緑深い山の谷間を行き来するレトロな2台のゴンドラ(ロープウェイ)が舞台で、女性乗務員の新人イヴァとベテランのニノが主人公だ。ゴンドラがすれ違うごとに深まる二人の絆と、横暴で理不尽な駅長との対立を縦軸に、ゴンドラから見下ろせる範囲の住民たちとの心温まる交流も描かれる。監督は乗り物が大好きなドイツ人のファイト・ヘルマーで、『ツバル TUVALU』(99)や『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』(19)をはじめセリフがない独特なスタイルで知られる名匠だ。本作はコロナ渦中で撮影を敢行したために様々な要素を削ぎ落とし、そのためにむしろ簡潔で洗練された作品に仕上がっている。それは二人の主人公の今日的な関係性や、イヴァを演じたフランス人のマチルド・イルマンと、ニノ役のジョージア人ニニ・ソセリアの瑞々しく爽やかな印象によるところも大きいだろう。

©VEIT HELMER-FILMPRODUKTION,BERLIN AND NATURA FILM,TBILISI
©VEIT HELMER-FILMPRODUKTION,BERLIN AND NATURA FILM,TBILISI
©VEIT HELMER-FILMPRODUKTION,BERLIN AND NATURA FILM,TBILISI

 二人が互いに理解し合い少しずつ距離が縮まってゆく過程は、行き交うゴンドラで様々な趣向を凝らして見せてゆく。その手作り感溢れエスカレートしてゆく楽しい装飾は、まるで絵本のページをめくるような世界観で、何の変哲もない山間がニューヨークやリオ、そして宇宙にまで広がってゆく。しかしそこには童話や民話に忍ばせるような毒や苦味もあって、ロケ地そのままの山あり谷ありの人生を示唆してもいる。また小コーカサス山脈の雄大な風景を捉えた撮影も美しく、特に緑の山々をまるで宙に浮いているように移動する、遠景の小さなゴンドラを眺めているだけでウットリしてしまう。何より音楽が重要な枠割を果たしており、イヴァとニノは楽器を使って心を通わせ、村の住民とも音楽によってコミュニケーションを取っている。その生活用具を楽器に仕立てたプリミティヴな合奏の、なんと楽しいことか!スコアもアコースティックな楽器とコーラスを使い、オーガニックでノスタルジック。どこかもの淋しげな二人の心情に寄り添うように流れ、深く心に残っている。

 本作は東京国際映画祭をはじめ世界で62の映画祭に招待され、作品賞や監督賞など10の部門で受賞を果たしている。そして誰もが胸の奥にそっとしまっておきたくなるような、愛すべき珠玉の作品だ。



『ロボット・ドリームズ』
11 月 8 日(金) 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国ロードショー
© 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL
配給:クロックワークス

 11/8(金)公開の『ロボット・ドリームズ』は、まだ世界貿易センターのツインタワーが存在し、テレビゲームが普及し始めた80年代のマンハッタンが舞台のアニメ作品だ。登場人物は全員擬人化された様々な動物だが、言葉は話さない。なぜ動物なのかの説明はなく、当たり前のように多種多様の生き物が人間と同じように暮らし、単に過去の話というだけでなく別の世界線の物語と言ってもおかしくはない。そう考えると何度も意図的に映される世界貿易センターは失くしたものへの郷愁で、現実には有り得ない願望を本作で叶えているようにも思える。そしてあらゆる生き物(様々なタイプの人間の象徴だろう)が幸せに共生している設定自体が、監督にとっての理想郷なのかもしれない。とは言え本作はそんな幸せなだけの作品ではないのだが…。

 主人公はイースト・ビレッジの古いアパートで孤独に暮らす犬で、テレビ通販で衝動買いをしたロボットと心を通わせ友情を育み、人生最高の日々を過ごしていた。しかし幸せな日々は長く続かず、夏の終わりに訪れた海の砂浜でロボットが故障して動けなくなってしまう。犬は修理のために翌日もう一度海を訪れるが、砂浜はその日から次のシーズンまで閉鎖されて立ち入れなくなっていた。犬は何とかロボットを助け出そうと色々試みるが上手くいかない。一方ロボットは動けなくなっても意識はあり、様々な思いを巡らせる。そしてそれぞれの季節が過ぎてゆくが…。

© 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL
© 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL

 美しい色彩の風景とキャラクターの愛らしさから、子供向けと思ったら大間違いだ。犬とロボットが離れ離れになった後は、人間の(人間ではないが擬人化されているので…)身勝手さや卑しさなどの負の部分が多く描かれ、その対比によって二人の幸せだった日々の尊さが際立ち、より深く心を揺さぶられるはずだ。むしろ対人関係で様々な経験をして人生の厳しさとほろ苦さを知っている大人にこそ観て欲しい作品なのだ。それでも心温まるエピソードや新たな出会いも描かれ、未来への希望も感じられるだろう。

 本作は映画愛にも溢れている。まず犬の部屋には、一昨年日本でも特集上映が組まれたフランス人監督ピエール・エテックスの傑作『ヨーヨー』(65)のポスターが飾られ、『ペット・セメタリー』(89)の原作本もある。また、『マンハッタン』(79)の有名な場面を真似してみたり、『シャイニング』(80)の双子姉妹や『エルム街の悪夢』(84)のフレディも登場する。特に『オズの魔法使』(39)は何度も引用され、その中でハリウッド黄金期の革新的な振付家バズビー・バークレーの有名な俯瞰撮影を真似たミュージカル場面も挿入される。そもそもロボットの姿はブリキ男にそっくりだろう。

© 2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL

 そして本作も音楽がとても印象的に使われている。場面ごとに様々なジャンルの挿入歌や、スティールパンや二胡などの民族楽器を使ったスコアが流れ、その点でも多様性が感じられる。そしてアース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」はオリジナルが二人の幸せな日々を象徴する曲として使われる他に、スコアとして全曲やモチーフがアレンジを変えて流れたり、ロボットが鼻歌で歌ったりと、何度も登場する。特に終盤では映画のマジックともいうべき映像の編集と相俟って、胸が張り裂けそうな切ない場面になっている。

 監督はスペイン人のパブロ・ベルヘル。アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされた他、世界各地で多数の映画祭に招待され25もの部門で受賞を果たしている。

(ラティーナ2024年11月)


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