[2023.2]【境界線上の蟻(アリ)~Seeking The New Frontiers~5】 アクサク・マブール(ベルギー)
文●吉本秀純 Hidesumi Yoshimoto
コノノNo.1、タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、べべウ・ジルベルトなど。もっと遡れば80年代半ばにマハムド・アハメドの音源をリリースして後のエチオピーク・シリーズに連なる流れを作ったりもしているのだが、常に先鋭的なワールド・ミュージックの送り手として数多くの作品を手がけてきたベルギーのクラムド・ディスク。その一方で、80年代には無国籍ニューウェイヴや環境音楽、90年代にはテクノ、ドラムンベース、トリップ・ホップなどのクラブ・ミュージック全般、2000年代以降はインディ・ロックにも力を入れ、時にはそれらの諸要素をシャッフルして時流の一歩先を行く音を提示し続けてきたことは、レーベルの膨大なカタログを振り返ってみれば明らかだが、その源流にあるのが創立者のマルク・オランデルを中心とするアクサク・マブールだ。元々はマルチ奏者であるマルクのソロとして制作された77年発表のデビュー作『Onze Danses Pour Combattre La Migraine(偏頭病のための11のダンス療法)』は、クラシカルな室内楽、後のテクノの源流となったミニマルな電子音楽、エリック・ドルフィー的な管楽器使い、スラップ・ハッピー/ヘンリー・カウを中核とする欧州アヴァン・ポップ、サウンド・コラージュ、中近東の打楽器などを多用したワールド・ミュージック的な要素を独自の感覚で統合したタイムレスな傑作。そこにはすでに80年代以降にあらゆるジャンルの音楽を手がけていくクラムド・ディスクの基本要素がすべて出揃っており、40年以上に及ぶレーベルの活動そのものがアクサク・マブールを発展/拡大させた産物であったとすら言うことができる。
1980年にはレコメン系~チェンバー・ロック色を強めた2作目『Un Peu De L’Ame Des Bandits(無頼の徒)』を発表し、その後はよりポップなハネムーン・キラーズへと発展しながらも、クラムドの運営/プロデュース業に専念するようになっていったマルクだが、2010年あたりから徐々に自身の音楽家としての活動を再開。14年には、かつてハネムーン・キラーズのボーカルを務めたマルクの公私にわたるパートナーであるヴェロニク・ヴァンサンとともに、アクサクの3作目として制作しながらも30年間お蔵入りになっていた音源を Veronique Vincent & Aksak Maboul With The Honeymoon Killers『Ex-Futur Album』としてリリースした。そして、2020年に入って実に40年ぶりのニュー・アルバムとして発表したのが『フィギュアーズ』であり、かつて数多くの作品で共演したフレッド・フリス、鬼才バスーン奏者のミシェル・ベルクマン、タキシード・ムーンのスティーヴン・ブラウンといった旧友たち、あるいは娘のファウスティーヌ・オランデルや、アクアセルジュなどの現在のクラムドに在籍するバンドのメンバーの参加も得ながら完成させた楽曲の数々は、ステレオラブやアニマル・コレクティヴあたりを筆頭とする数多のフォロワー的な存在の音も踏まえながらアップデートされた〝2020年のアクサク・マブール〟だった。表面的な音楽スタイルは作品ごとに常に変化しつつも、本質は変わらない。また、極めてハイブリッドでありながらも各々の要素に独自の審美眼とユーモア感覚が行き届いており、それはどこかコスモポリタン的なクラムドの作品群にも通底するものだろう。
そんな『フィギュアーズ』で再起動したアクサク・マブールだったが、比較的早いペースで完成させてきた最新アルバム『Une Aventure De VV(Songspiel)』は、クラムドが80年代に力を入れたアンビエント、ミニマル音楽~現代クラシック、映画音楽などを中心とした人気シリーズにして近年に再評価の機運が高まっていた〝Made To Measure〟の48作目としてリリースされており。前作とはまた違ったアプローチでアクサクの多面性を表現した作品となっている。率直に言ってしまえば、初期の2枚におけるアクサクをそのまま、テクノもネオクラシカルもコラージュ音楽もダブ・ステップ(※ちなみに、Made To Measureの1作目に収録されたアクサクの「Scratch Holiday」は、後に早過ぎたダブ・ステップと称された)も一般化した現在の音楽シーンに持ってきたような音のタッチとなっており、その表現フォーマットとしてヴェロニクの朗読を中心に進行していく〝オーディオ劇〟というやや前時代的なスタイルを採っているという点も面白い。ヴェロニクのストーリーテリングに、マルクがあらゆる楽器や音楽的アイデアを駆使して〝劇伴〟を付けていく全15曲はシームレスに繋がっており、いわゆる〝飛ばし聴き〟では全体像を把握できないトータル・アルバムとなっているところも、どこか良い意味でアイロニック。ただ、音の方は電子音的にも響くファルフィッサ・オルガンやヴィンテージな音色のリズム・マシン、ピアノ、サックスなどの管楽器各種、弦楽アンサンブル、コラージュなどを駆使しながらマルクの才が奔放に発揮されたものとなっており、起伏に富んだ展開で最後まで飽きさせない。音楽劇といえば、劇作家のハイナー・ミュラーの作品をジャズ、電子音楽、アヴァン・ロック、民族音楽などの様々な要素をミックスして音楽作品化した傑作をECMに数多く残してきたドイツの現代音楽家のハイナー・ゲッベルスが昨年に久々に発表した『A House Of Call : My Imaginary Notebook』(ECM New Series)も素晴らしい大作だったが、同時期に欧州のアヴァン・ロック・シーンから頭角を現して越境的なスタンスで活動を続けてきた両雄が、作品の方向性などは違えども似たようなフォーマットで本領を発揮した作品を発表してきたのも、偶然とはいえ興味深い。
(ラティーナ2023年2月)
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