[2023.6]ダンス・フロアに流してきた、唯一の楽団タンゴ・バルド来日!
文●Yuko AMANO
2010年代から徐々に増え始めた、新しい世代のミュージシャンによる新興タンゴ楽団。なかでも2017年に「ロマンティカ・ミロンゲーラ」が一大旋風を巻き起こすと、それまで同時代の楽団など見向きもしなかったミロンガの民も、彼らの録音を熱狂的に受け入れ、積極的に踊り始めた。流行りものはとりあえずフロアにぶち込んどけばいいや、という発想で、全世界のタンゴのダンス・フロアには、ロマンティカを中心とした新興楽団の録音が鳴り響きはじめる。それは、まさしく熱病のごとし。猖獗を極めるという表現が当てはまっていた。タンゴが衰退しはじめて以来、おそらく約60年ぶりの事態である。ダンス・フロア向けに演奏や録音を提供するタンゴの楽団 ──以下ではそれを「新興楽団」と呼ぶことにしよう── 彼らがブイブイ言わせる時代、まさかの再来である。
さて、そんななかにあって、新興楽団の録音に冷淡な態度をとるタンゴDJも一定数以上は存在していて、私もその一人だった。それには、はっきりした理由がある。
新興楽団の録音がダンスフロアで人気を獲得するためには、幾つか有効な手段があり、もっとも確実なのは「完コピ・バンド方式」だ。要は、みんなが知ってる黄金期の曲を、アレンジもほとんどそのまま現代のミュージシャン達が録音する方法。元となる “オリジナル” に似ていれば似ているほど、フロアでは歓迎される。しかし、それって何の意味が? 黄金期の録音より楽団員数はぐっと少ないし、演奏技術もタンゴが一大産業だった時代のほうが概して優れてる。ってことは、それ、ただの劣化コピーじゃないの? だったら “オリジナル” の録音かけたほうがいいじゃん?
かくなる訳で、かなり長いこと、私は新興楽団の録音をDJという職務上はシカトしていたのだが、例外的にミロンガで流していた新興楽団がある。それが何を隠そうこのタンゴ・バルドなのだ。
彼らの演奏を私が初めて耳にしたのは、2017年の5月だったと思う。場所はブエノスアイレスの、客層は2〜40代がメインという若者向けミロンガ。そこまで比較的保守的な選曲で推移していたのが、突然まったく聴いたことのないメロディが流れ始めた。初めて聴いたひとは、誰もがそのイントロには強く反応したと思う。とにかく印象的でメロウな前奏。それがイントロにしてはかなり長く、50秒近く続く。オリジナルナンバーかな……と思ったところへ、突然始まる本編!
えーー!まさかのあの曲!!
そう、あまりにも有名な曲「Loca」が、スローな前奏から誰も予測できない形でスタートする。そこからはお馴染みの「Loca」らしい疾走感あふれた演奏。しかし、ヴァイオリンのルーカス・フルノの非常に個性的な奏法が、この楽団のシグナチャーであることはすぐ分かった。どの演目を聴いても、すぐに「バルドだ」と分かる明快さ。ヴァイオリンに加えて、グリッサンドを多用するピアノも、カルテットであることを忘れさせる音の厚さを出す。ダンスフロアの熱量を維持するには音の厚みは重要で、4人以下だと厳しくなりがちなのだが、バルドの録音にはそれがない。前年のタンゴダンス世界選手権で、この曲を使ったペアが上位入賞したとかいう要因も重なって、ここブエノスで人気が出た、とは現地のダンサーの弁。
うーん、なんてよく全てが設計されているんだ! ── ブエノスアイレスのミロンガの暗がりで唸ったあの日以降、私もときに「バルドのタンダ」をフロアに流させていただいてきたけれども、そして彼らを含む新興楽団について、かなり細かな調査なども繰り返してきたけれど、実はライブを聴く機会はこれまでなかった。それが今回6月の来日ではラッキーにも数回のライブが開催される。私も運よく6月18日のライブ・ミロンガではDJを担当。6年越しの念願叶ったりである。この記事をお読みの皆様には、この機会を逃さないようお勧めする次第である。
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クリエイティヴなすべてのダンサーたちに最も愛されているタンゴ・バルド!
文●本田 健治 texto por KENJI HONDA
今年もタンゴダンスアジア選手権の時期が近づいてきた。先週も韓国大会が史上最高の盛り上がりで終了したと聞く。そして、6月最終週にインドネシア選手権、7月になって、アルゼンチンの独立記念日である9日に東京でアジア選手権だ。ようやくアジア中のタンゴダンス愛好家がコロナの心配から離れて、アジア中の国から沢山の申込みが増えている。ようやく普通にタンゴが楽しめるようになって、なんだか嬉しい限り。が、その前に、タンゴダンス・ファンに見逃せない、嬉しいニュース!タンゴ・バルドの来日だ!!!
このコロナには、体を密着させて踊るタンゴダンスは「存在自体否定されるほどの危機」といえるほど活動が止まってしまっていた。2021年の夏、世界選手権がルナ・パークという武道館の様な屋内を離れて、現在の大統領府がある5月広場から、街のシンボル、オベリスコまで続く大通りにステージを特設して、まさに屋外での大会になった。本当は、これもコロナのせいだった。しかも、世界からの参加が難しいこともあって、映像での審査も行われたあの年だ。大会が終わって1ヶ月ほどしてブエノスアイレスで、ステージ部門ワールドチャンピオンのジャニーナ・ムシカ & エマヌエル・カサルに会って色々な話を聞いた。
2人ともタンゴダンスの未来像に対して真面目に、深く考え実践している素晴らしいカップルだった。「いつももっとクリエイティヴで自由なタンゴをどうやったら想像できるか?」を考えているが、「世界選手権についても、審査員体質が新しくなっていないから、どうしても自分たちが一番興味のある、タンゴダンスの新しい形を求めている姿ばかりを100%出してしまうとなぜか勝てない。そこで、私たちは、いわゆるタンゴ・ダンスの今の形を基本に構成し、そのパートの中で自分たちが求めているリズムの取り方、表現の新しい形を大単位組み合わせてきた。それで、ようやくチャンピオンになったけれど、本当は、もっと全体をクリエイティヴな物でまとめたものの発表ができる場所がほしいといつも思って探りながら踊っている」と言いながら、彼らのスマホに収めてある動画をいくつも見せてくれた。まさに、色々なスタイルが網羅されていた。
本当にクリエイティヴなプロフェッショナルたちが集まって作ったものや、いわゆるミロンガに集まる仲間の前で踊る形。まさに千差万別だったが、共通しているのリズムの取り方が「今」だし、素晴らしいテクニックを入れてあっても、自然な流れの中で披露するテクニックにはどれも余裕がある。素晴らしいアーティストたちだった。彼らの編み出す新しい形も凄いが、それを好まないミロンガで踊る「普通の」ステップも、実は普通ではなく、動きにいつも余裕がある中で多くが表現されてるから、思わずそのダンスに引き込まれてしまう。まさに天才たちだと思った。
彼らに「音楽は誰が一番好き?」と聞いたら2人が口を揃えて「タンゴ・バルド!」と応えてくれた。彼らは「アレンジも決まった物ではなく、私たちの踊りにその場で即興でも合わせてくれるし、よりクリエイティヴな提案までしてくれる。だから、彼らとやっているといくつものアイデアが浮かんでくる」のだという。しかも、タンゴ・バルドの演奏も自在に高い水準で嬉しい。
今年になってようやく2度目の来日を果たしたラ・フアン・ダリエンソのメンバーたちに、当時、バルドなり、ロマンティカ・ミロンゲーロスについて聴いたことがある。「ロマンティカについては、アンサンブルとか演奏力とかを超えて人気の部分はあるが、あのヴァイオリンのルーカス・フルノをはじめ、中の3~4人は素晴らしい音楽家たちで、タンゴ・バルドになると、全ての意味で水準が高くなるから、私たちも良いライバルだと思いながらやっている」という。
その年だったか、日本の世界チャンピオン、アクセル新垣にも今のブエノスアイレスで好きな楽団は、と聞いたことがある。彼も「タンゴ・バルド」と即答してきた。ブエノスアイレスのダンス仲間では、確かにラ・フアン・ダリエンソとこのタンゴ・バルドは人気を2分している感がある。ラ・フアン・ダリエンソは名前の通り、ダリエンソ・スタイルを昇華し、発展させ、その中で「今の」オリジナル新作を発表もしているところは、今年日本で体験したとおり、アンサンブルとしても大きく進化したが、一方、タンゴ・バルドは、そもそもスタイルにこだわりもなく、ダンスの内容に合わせたり、とにかく表現の幅が広い。
最近、「ブエノスアイレスのマリア」でも大活躍している、日本のタンゴ界に現れた待望の男性歌手 KaZZma と食事しながら話したが、彼も「タンゴ・バルドとは一度一緒に何かできたらと夢見ていたけれど、実は今回実現するんです」と、目を輝かせていた。
今回は、バルドの演奏だけのステージも用意されている。タンゴ・ダンスのファンにとって、音楽はとてつもなく重要なのは当たり前。こんな機会は滅多にないし、往年のタンゴ・ファンには「今のブエノスアイレスの生きるタンゴ・サウンド」の聴ける文京シビックホールの方を特におすすめです。
(ラティーナ2023年6月)
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