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[2021.06]6月19日はシコ・ブアルキの77回目の誕生日でした。シコ作代表作「Construção(建築)」を紹介【ブラジル音楽の365曲】[6/14〜6/21]

面白くてタメになる1日5分の音楽鑑賞「ブラジル音楽の365曲」[6/14〜6/21]

文:花田勝暁(編集部)

 2021年3月1日から「ブラジル音楽の365曲」をスタート。
 ブラジル音楽やブラジル文化についての情報を盛り込んで、面白くてタメになる1日5分の音楽鑑賞の場を提供できたらと思っています。毎日更新で、この投稿から16週間目に入ります。

先週の分↓

6月19日「Construção(建築)」

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 この人は、日本ではなかなか売れない。かわいい女の子ではないし、派手ではないし、滅茶うまいとも言えない歌手だからだろうか。作品が渋すぎるソングラライターだからだろうか。
 しかし、こんな評価が本当に下されているとしたら、それこそ不当の極みである。シコ・ブアルキは、過去30年間、ブラジル史の激動の波と社会の様々な顔とを、この上なく綿密に選んだ言葉と旋律をもって、他の誰にも真似できないやり方で描き続けてきたMPBの詩人だ。
 ブラジル屈指の社会人類学者セルジオ・ブアルキ・ヂ・オランダを父にもつ彼は、一貫して、犯罪者やストリート・チルドレン、バタード・ウーマンや売春婦たち、同性愛カップルや物乞いといった、社会の片隅に追いやられてしまっている者に焦点を当て、社会の不平等と不自由を告発し、人の心の裏側を暴露してきた。政府による言論の弾圧を前にしても、決して怯んだりしていない。男性であるのに、女性の心の襞を見事に歌ってのける。その言葉は決して爆発的な響きを持たず、聞く者の心に染み渡り、サンバ、ヴァルサ、ショーロやボレロの元本を忠実に守り続ける音楽は、自然に身体を乗せてくれる。だから彼は、自分の生活や感情、国の政治や経済、社会に祭りなどを、本当に的確に表現してくれるアーティストとして、老若男女を問わず、ブラジル人に心の底から敬愛されているのだ。彼の代表作の数々は、ブラジル人にとって国歌に勝る存在である。よって、ミルトン・ナシメントやカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジルといった同世代のビッグ・ネームには関心が集まるのに、シコだけが正当な評価を受けられないでいる日本におけるMPBの受け皿は、真ん中に大きな穴が開いているに違いない。残念だ。(「ブラジリアン・ミュージック(1995年)より。文:国安真奈)

 「ブラジリアン・ミュージック(中原仁 編)」より国安真奈さんの熱の入った文章を長いですが引用しました。26年前に発行された本ですが、シコ・ブアルキがその後、大きく日本で人気を得たということはなかったと思います(来日するといったこともありませんでした)。

 6月19日は、そのMPB史における最重要人物の1人、シコ・ブアルキ(Chico Buarque|1944年6月19日 -)の誕生日でした。77才の誕生日でした。

 今、e-magazine LATINA では、中村安志さんがシコ・ブアルキについて書いているので、ぜひご覧ください。「#ブラジル音楽の365曲」では、シコの代表作「Construção(建設)」を紹介します。

⎯⎯

 楽曲「Construção(建設)」と、1971年にリリースされたアルバム『Construção』は、彼のキャリアのマイルストーンとなる作品で、シコ・ブアルキへの少数の批判的批評家に、シコがノエル・ホーザのフォロワーや、歌も作る素晴らしい作詞家以上の存在であることを示しました。

 綿密で重厚な「Construção」は、数学的構造の独創的で洗練された構成をしていて、かつジョアン・カブラル・ヂ・メロ・ネト(João Cabral de Melo Neto|北東部出身のブラジルの代表的な詩人)を参照しています。強迫観念的で増大していくリズムの上に、キーワードを順に組み立てていき、語末から3音節目にアクセントのある単語で 達人的な韻を踏みながら、建設作業員の死という悲劇的な物語を展開します。

 過酷な日常のドラマチックなイメージの、映画のような歌の中で、シコによって作られた歌詞は、文学的な厳密さに加えて、トロピカリアに影響を与えサポートした、アロルド・ヂ・カンポス(Haroldo de Campo)や、アウグスト・ヂ・カンポス(Augusto de Campos|この2人は兄弟)や、デシオ・ピナタリ(Décio Pignatari)らによって発展したコンクリート・ポエトリーの美学の兆候も見て取れます。

「そして彼は、音楽を聴いるかのように空でつまづき / 土曜日かのように空中に浮かんで / そして恥ずかしがり屋の小包のように地面に落ちた / 彼は難破した乗り物の真ん中で苦しんで / 一方通行で死んで群衆を混乱させた」"E tropeçou no céu como se ouvisse música / E flutuou no ar como se fosse sábado / E se acabou no chão feito um pacote tímido / Agonizou no meio do passeio náufrago / Morreu na contramão atrapalhando o público." (「Construção」より)

 シコのこの録音が持つ魅力の土台は、サンパウロの前衛音楽の偉大なマエストロで、カエターノやジル、オス・ムタンチスがトロピカリア期に作った作品でなくてはならない役割を果たしたトロピカリア/コンクリート・ミュージックの音楽家であるホジェリオ・ドゥプラ(Rogério Duprat)による叙事詩的でノイジーな壮麗なアレンジでした。

 同アルバムでシコは、音楽的にも詩的にも成熟し、進化していることを示しました。アルバムには他にも、怒りに満ちた「Deus Ihe pague」(この曲は数十年後にヘビーメタルグループによって録音されました)、重苦しい「Cotidiano」、美しい「Olha, Maria」(トム・ジョビンとの共作)、「Samba de Orly」(トキーニョとの共作)などの印象深い曲を披露していますが、最も際立っていたのはタイトル曲の「Construção(建築)」で、シコの作品がこの後たどる道を示していました。

※参考文献
「101 canções que tocaram o Brasil」 Nelson Motta など

6月18日「Olhos nos olhos(目と目を合わせて)」

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 6月18日は、 “MPBの女神” マリア・ベターニア(Maria Bethania|1946年6月18日 - )の誕生日です。75才になりました。

 中原仁さんによるマリア・ベターニアに対する端的な形容を引用します。

 華やかな原色が似合う “MPBの女王” がガル・コスタなら、高貴な純白が似合う “MPBの女神” がマリア・ベターニアだ。神聖な光と神秘のベールに包まれたベターニアには、故郷バイーアの人々が最も崇めているという海の女神、イエマンジャーの姿がオーヴァーラップする。
⎯⎯「ブラジリアン・ミュージック| p53」より

 1965年、19才の時、病気で倒れたナラ・レオンの代役として、リオでロングラン中だったミュージカル『オピニオン』に抜擢されたことがきっかけで、同年ファースト・アルバムを録音。独自のソロキャリアを歩み始めました。このデビューは、兄カエターノのデビューよりも先行しています。

「ベターニアは常に自分が歌うレパートリーの選定に、細心の注意を払い続けている。そしてステージでの彼女は神々しい輝きを放つんだ、磁力のような。エディット・ピアフやジュデュ・ガーランドと同じで、決してステージから目が離せなくなる」⎯⎯⎯⎯ マリア・ベターニアの名づけ親でもある、兄カエターノの言葉だ。
⎯⎯ 同上より

 今日はマリア・ベターニアの表現力が際立っている曲の1つ「Olhos nos olhos(目と目を合わせて)」を紹介します。シコ・ブアルキ(Chico Buarque)の作品です。以下、曲解説としてはシコの話がメインになりますが続けます。

⎯⎯

 メロディーメーカー、作詞家として、素晴らしい才能を発揮してきたシコ・ブアルキは、そのキャリアを通じて、女性についての歌だけでなく、女性視点の歌を作り、女性のためにカタリリ、女性に声を与えるという、特別な才能を発揮してきました。

 他の作曲家で、例えばシコの尊敬したヴィニシウス・ヂ・モライスでさえも、女性の心の謎をシコよりも深く掘り下げ、シコの歌に登場する女性たちのようにその欲望や感情をうまく表現した作曲家はいませんでした。

 例えば、1966年にナラの依頼で作った「Com açúcar, com afeto」では、ボヘミアンな夫を愛し、待ち続ける従順な女性を表現し、衝撃的な名作「Atrás da porta」(1971年、フランシス・ハイミとの共作)では、痛みと諦念で絶望する女性を痛烈な表現で描き、エリス・レジーナが歌いました。

 シコ・ブアルキが書いたミュージカル『Calabar』の戦士バルバラは、アナ・ヂ・アムステルダムとの激しいロマンスの中での裏切りの称賛も、シコの詩を通して語られました。

「とうとう最後に生の唇の誘惑に屈して、2人の暗い井戸に飛び込みましょう」("Vamos ceder enfim à tentação / Das nossas bocas cruas / E mergulhar no poço escuro de nós duas." )

 「Mil perdões」のネルソン・ホドリゲスの劇中に出てきそうな主人公は、彼女の足元の男に皮肉を込めて言います。

「私の時間を数えてくれたあなたを許します /. 私の遅れを数えてくれたあなたを許します / あなたが泣くから許します / 私が笑いで泣くとき / 私はあなたを裏切ったことに関してあなたを許します」(“Te perdoo por contares minhas horas / Nas minhas demoras por aí / Te perdoo / Te perdoo porque choras / Quando eu choro de rir / Te perdoo por te trair." )

 「Folhetim」の危険で反抗的な女性はいいます:

「あなたが私を欲しがっているときに / 私はイエスとしか言わない女性のうちの一人です / 楽しい夜のくだらないこと / 映画館にバーに」(“Se acaso me quiseres / Sou dessas mulheres que só dizem sim / Por uma coisa à toa, uma noitada boa / Um cinema, um botequim.")

 また、裏切りと屈辱によって荒廃したリオ郊外の悲劇的な地区メデイアを描いた悲痛な演劇作品『Gota d'água』もあります

「私の心を放っておいてください/ 私の心は、これまでの悲しみの溜まった鍋です/そしてどんな不注意もしないでください/ それは水滴かもしれません」(“Deixa em paz meu coração / Ele é um pote até aqui de mágoa / E qualquer desatenção, faça não / Pode ser a gota d'água.")

 シコが作った女性が数多くいます。しかし、シコはこのように女性の魂の深奥に関して理解しているだけでなく、シコは、男性が女性から言われた時に最も感じるポイント、男性が女性の言葉や記憶で最も傷つくポイント、男性が憎しみや恨み、嘘や裏切りで最も傷つくポイントに触れてきます。

 シコが生み出した様々なキャラクターで、女性は代弁されていると感じていて、男性はシコが生み出した女性に苦しめられています。女性の視点で、愛の最良の側面と、愛の最低の側面について歌った歌が多い中で、1976年の「Olhos nos olhos(目と目を合わせて)」が最も際立っています。

 それはマリア・ベターニアの歌の表現によるところが大きく、「多くの男性が私を愛していた/あなたよりもはるかに多くの人が私を愛していた」人生を好転させ、変化していった捨てられた女性のメロドラマを深い恨みを込めて表現しています。

 挑戦的に、歌の主人公は祝福します。

「目を合わせて、あなたが何を言うのか確かめたい / 私がこれほど幸せなのを見てあなたが耐えられるのかを確かめたい」("Olhos nos olhos, quero ver o que você diz / Quero ver como suporta me ver tão feliz.")

 身に覚えのある男性の心にパンチしてくるような歌詞です。

※参考文献
「101 canções que tocaram o Brasil」 Nelson Motta など


6月17日「Estamos aí(私たちはここにいる)」

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Durval Ferreira

 6月17日はボサノヴァのごく初期から、レニー・アンドラーヂ(Leny Andrade)の伴奏をするなどして、ボサノヴァのギタリストとして活躍した、ギタリストで作曲家のドゥルヴァル・フェヘイラ(Durval Ferreira|1935年1月26日 - 2007年6月17日)の命日です。2007年の6月17日に、ガンが原因で他界しました。72才でした。今日で死後14年。

 70年代以降は、プロデューサーとして、エミリオ・サンチアゴ(Emilio Santiago)、サンドラ・ヂ・サー(Sandra de Sá)らの作品を制作しました。

 ソロアルバムを初めてリリースしたのが2004年。『Batida Diferente』というアルバムでした。

 他界したのは、リリースから3年後の2007年でした。本人は最初で最後のアルバムになるとわかっていたんでしょうか。

 ボサノヴァのクラシックとなった、「Estamos Aí」「Tristeza de Nós Dois」などといった曲の作者でもありました。今日は、ボサノヴァ賛歌のボサ名曲「Estamos Aí(私たちはここにいる)」を紹介。

Só se for agora, a bossa vai prosseguir
Todo mundo vai cantar
Nosso samba é demais
Bossa nova vai mostrar que pode arrasar
Se falar de sol, de amor, de mar e luar
 今だからこそ、ボサノヴァは続く
 みんなで歌おう
 私たちのサンバは素晴らしい
 ボサノヴァは注目されるということを示そう
 もし太陽のこと、愛のこと、海や月明かりのことを語るなら

E de gente que, cantando, vai
Gente que só tem na alma paz e amor
E pro mundo todo vai mostrar, então
Que a bossa nova cresce
Que a bossa nova vence
Que a nossa bossa vale
Estamos aí
 そして歌う人々は
 心の中に平和と愛しか持たない人々
 そして、全世界に向けて
 ボサノヴァが進化すること
 ボサノヴァが勝利すること
 私たちのボサノヴァに価値があることを示します
 私たちはここにいます

E pro mundo todo vai mostrar, então
Que a bossa nova cresce
Que a bossa nova vence
Que a nossa bossa vale
Estamos aí
 そして、全世界に向けて
 ボサノヴァが進化すること
 ボサノヴァが勝利すること
 私たちのボサノヴァに価値があることを示します
 私たちはここにいます

...

(「Estámos aí」作詞作曲:Durval Ferreira / Maurício Einhorn / Regina Werneck)


6月16日「Lembra de mim(私のことを思い出して)」

 6月16日は、稀代のメロディーメーカーで、歌手/ピアニストのイヴァン・リンス(Ivan Lins|1945年6月16日 - )の誕生日です。今日で76才です。

 つい、先月、最新リリースがありました。

 イヴァン・リンス、マルコス・ヴァーリ、ジョイス・モレーノの共作曲です。作詞はジョイス・モレーノ、作曲はイヴァン・リンスとマルコス・ヴァーリ。イヴァンがマルコスに、「僕らは一度も共作したことないね。一緒にやらない」と提案して、マルコスは快諾。女性の視点もあった方がいいとマルコスが提案して、ジョイス・モレーノにも声がかかりました。

 曲のテーマは、リオデジャネイロ(3人の出身都市)。リオについて歌いつつも、ブラジルについても歌っている。自分の愛する街/国が、今、酷い扱いを受けていることについて。

Minha bem amada / Casa que era minha / Quem te maltratou / Te fez tão sozinha / Diga
 私の愛する街よ / 以前、私のものだった家/ 誰があなたを傷つけるの / 誰があなたをこんなに孤独にしたの / ねえ

Musa abandonada / Por tudo que tinha / Quem vai te salvar / Das aves daninhas / Diga
 持っていた全てから見捨てられたミューズ(※ポルトガル語では「街|cidade」は女性名詞 / 誰が醜い鳥たちからあなたを救うのだろう / ねえ)

Quem me dera te proteger / Desses tantos perigos / Aquela que é mãe pra nós / E que nos criou / Com sua voz
 これらの多くの危険からあなたを守れたらいいのに / あれこそが私たちにとっての母 / その声でもって私たちを作った

Ó cidade amada / Minha patriazinha / Deixa eu te abraçar / Sonhar que ainda és minha / Minha
 愛された街 / 私の愛する国 / あなたを抱きしめさせて / あなたがまだ私のものだと夢見させて / 私の街だと

...

(「Casa Que Era Minha(以前、私のものだった家)」作詞作曲:Ivan Lins / Marcos Valle / Joyce Moreno)

 この企画も100曲以上を紹介してきました。さて、今日はイヴァン・リンスの誕生日。「イヴァン・リンスの人気曲って何だろう?」って参考にしたい時に、調べている主な方法が2つあります。

 1つは、Spotify の再生数です。イヴァン・リンスの「人気曲」はこのようになっています。

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 1番再生されているのが「Lembra de Mim」、2番目に再生されているのが「Vitoriosa」だということが分かります。単純な再生数のランキングではないのは、最近の再生数のような「勢い」が加味されているからだと思います。再生数では少ない新曲「Casa Que Era Minha」が8位に入ってきたりしています。

 もう1つ、ブラジル人がどの曲が好きなのかよくわかると思っているのが、「letras.mus.br」のサイトです。このサイトは歌詞が掲載されているサイトのうちの1つですが、アーティスト名で検索すると、そのアーティストでよくアクセスされている曲の順位がわかります。イヴァン・リンスの場合は、このようになっています。

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 Spotifyで1番再生されていた「Lembra de Mim」は3位で、2番目に再生されているのが「Vitoriosa」が1位になっています。ブラジル人にとっては、この2曲が1番愛されているのかなって判断ができそうです。
 今日は、「Lembra de mim」の方を紹介したいと思います。「Lembra de mim」は1995年に録音された曲で、大ヒットした連続TVドラマ「História de Amor(愛のストーリー)」に使用されました。

Lembra de mim
Dos beijos que escrevi
Nos muros a giz
Os mais bonitos
Continuam por lá
Documentando
Que alguém foi feliz
 私が壁に
 チョークで書いたキスで
 私のことを思い出してください
 最も美しいキスが
 そこでは続いています
 幸せだった誰かを
 描写し続けて

Lembra de mim
Nós dois nas ruas
Provocando os casais
Amando mais
Do que o amor é capaz
Perto daqui
Há tempos atrás
 私のことを思い出して
 街中で私たち2人は
 カップルをからかい
 愛が可能な以上に
 2人は愛し合って
 ずっと昔に
 このあたりで 

Lembra de mim
A gente sempre
Se casava ao luar
Depois jogava
Os nossos corpos no mar
Tão naufragados
E exaustos de amar
 私のことを思い出して
 私たちは何度も
 月明かりの中で結婚した
 そして、愛に疲れて
 難破した
 私たちの体を
 海に投げ入れた

Lembra de mim
Se existe um pouco
De prazer em sofrer
Querer te ver
Talvez eu fosse capaz
Perto daqui
Ou tarde demais
 私のことを思い出して
 もし少しでも
 苦しむ中に喜びを見い出せるなら
 あなたに会いたい
 この近くで
 多分私は耐えられるから
 それとも遅すぎるだろうか

Lembra de mim
 私のことを思い出して

...

(「Lembra de mim(私のことを思い出して)」作詞作曲:Ivan Lins)



6月15日「Atrás do Trio Elétrico(トリオ・エレトリコを追って)」

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手前右がDodô

 サルヴァドールのカーニヴァル装置「トリオ・エレトリコ」を発明したドドー・イ・オズマール(Dodô & Osmar)のドドーことアントニオ・アドルフォ・ナシメント(Antônio Adolfo Nascimento|1920年11月10日 - 1978年6月15日)の命日です。1978年の6月15日に64歳で亡くなった。1950年に最初のトリオ・エレトリコ(Trio Elétrico)を製作。同年、サルヴァドールのカーニヴァルのパレードをトリオ・エレトリコに乗って行うと、数年後にはサルヴァドールのカーニヴァルのスタイルとして定着しました。

 トリオ・エレトリコは徐々に巨大化し、今では、下記の写真のような巨大なスピーカー付のトレーラーが標準的なトリオ・エレトリコとなりました。有名歌手たちが上に乗り、周りにファンを従えながら街中を数時間歌いながら練り歩く、移動式ライヴが、トリオ・エレトリコのパレードのスタイルです。トレーラーの近くで歩くには、歌手のTシャツを買う必要があります。

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 先日配信が開始された新作ブラジル映画の『レッツ・カーニバル! (原題:Carnaval)』は、サルヴァドールのカーニヴァル期間を舞台にした映画でした。ストーリーはチープでしたが、サルヴァドールのカーニヴァルや、サルヴァドールの観光名所の綺麗な映像がふんだんに観れるので、オススメできます。トリオ・エレトリコのパレードの雰囲気もよくわかると思います。

 「トリオ・エレトリコ」の誕生を追ったドキュメンタリー映画『シェメ・ジェンチ(Chame Gente)』が、日本語字幕付きのDVDで販売されています。2010年に販売されたDVDで、Amazonでは、プレミア価格になっていましたが、大洋レコードさんでは、まだ販売されているようです。深く知りたい方はぜひこちらの映画をご覧ください!

 ドドー・イ・オズマールらの「トリオ・エレトリコ」のサウンドが、ブラジル全国に広がったのは、カエターノがトリオ・エレトリコについて歌った「Atrás do Trio Elétrico(トリオ・エレトリコを追って|1968年)」でした。

 カーニヴァルの終わった後の水曜日を「灰の水曜日」といいますが、1969年の灰の水曜日にカエターノ・ヴェローゾとジルベルト・ジルは、約2カ月の牢獄での生活を終えて釈放されました。
 カエターノが牢獄で過ごす中で、1969年のカーニヴァルで、最も演奏された曲の1つは「Atrás do Trio Elétrico」でした。シンプルなフレーヴォに、メロディーに絡む知的な歌詞が乗ります。フレーヴォで使われるブラスは使わず、伝説的ギタリストのラニー・ゴルヂン(Lanny Gordin)が、トリオ・エレトリコのギターハ・バイアーナのサウンドに限りなく近いギターの響きを奏でています。

 私の「Atrás do Trio Elétrico」がタブーを破ったのです。68年に作曲したこのフレーボは、69年のサルヴァドールのカルナヴァルでヒットして、そこからブラジル全土に広がりました。でも、私はこの奇跡を自分の目で見ることはできず、その時私は牢屋の中にいました。

 と、カエターノは「熱帯の真実」の中で書いています。「Atrás do Trio Elétrico」がヒットする前は、「トリオ・エレトリコ」は、サルヴァドールの中でだけ知られる存在でしたが、「Atrás do Trio Elétrico」を通じて、ブラジル中に知られるものになったのです。

Atrás do trio elétrico
Só não vai quem já morreu
Quem já botou pra rachar
Aprendeu, que é do outro lado
Do lado de lá do lado
Que é lá do lado de lá
 トリオ・エレトリコの後ろを
 ついて行かないのは死んでしまった人だけだ
 割って入ったことがある人は
 向こう側の向こうが
 向こう側の向こうで
 別の側だって知っている 

O sol é seu
O som é meu
Quero morrer
Quero morrer já
 太陽はあなたのもので
 この音は僕のもの
 このまま死んじゃいたい
 すぐ死んじゃいたい

O som é seu
O sol é meu
Quero viver
Quero viver lá
 この音はあなたのもので
 太陽は僕のもの
 生きたい
 生き続けたい

Nem quero saber se o diabo
Nasceu, foi na bahi ...
Foi na bahia
O trio elétrico
O sol rompeu
No meio-dia
No meio-dia
 悪魔がバイーアで生まれたかどうか
 知りたくない
 バイーアには
 トリオ・エレトリコ
 太陽が顔を出した
 正午に
 真昼間に

...

(「Atrás do Trio Elétrico(トリオ・エレトリコを追って)」作詞作曲:Caetano Veloso|1968年)


6月14日「Exaltação a Mangueira」

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 6月14日は、「マンゲイラの声」として50年以上カーニヴァルの第一線で歌い続けてきた男性歌手、ジャメラォン(Jamelão|1913年5月12日 - 2008年6月14日)の命日です。13年前、2008年6月14日に95才で亡くなりました。2004年の暮れから、入退院を繰り返すようになり、2007年のカーニヴァルからメイン歌手の座を後進に譲っていました。

 マンゲイラのカーニヴァル・パレードに、1949年から歌手として参加し、1952年に、シャンゴー・ダ・マンゲイラ(Xangô da Mangueira)を引き継いで、2006年までメイン・歌手を務めていました。

 歌手・作曲家として、ソロ作も数多く発表してきた。最初にSPレコードをリリースしたのは1949年でした。

 今日選んだ曲は、ジャメラォンが1955年に録音して歌い継がれてきたマンゲイラ賛歌「Exaltação a Mangueira(マンゲイラへの賛美)」です。サンバ好きならどこかで聞いたことがあるであろう名曲です。

Mangueira, teu cenário é uma beleza
que a natureza criou
O morro com seus barracões de zinco
quando amanhece que esplendor
 マンゲイラ、あなたの風景は美しい
 自然が創造した美しさ
 トタンのあばらやが並んだ丘
 夜明けにどんなに輝くだろうか

Todo mundo te conhece ao longe
pelo som de teus tamborins
e o rufar do teu tambor
chegou ô, ô, ô.
A mangueira chegou, ô, ô.
 離れていても皆があなたのことがわかる
 タンバリンの音や
 太鼓の響きで
 着いたよ、着いたよ
 マンゲイラが着いたよ

Mangueira teu passado de glória
está gravado na história
é verde e rosa a cor da tua bandeira
prá mostrar a esta gente
que o samba é lá em Mangueira
 マンゲイラ、あなたの輝かしい過去は
 歴史の中に記録されている
 緑とピンクはあなたの旗の色
 人々に
 サンバはマンゲイラにあると示すための旗

...

(「Exaltação a Mangueira」作詞作曲:Aloísio a. Da Costa)

(ラティーナ2021年6月)

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