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[2020.10]松田美緒|大西洋の真ん中のちいさな宝石、サンヴィセンテ島【特集:都市物語】

文●松田美緒

松田美緒|歌手
 世界中で音楽活動を重ねる、歌う旅人。20代の頃リスボンに暮らしファドを歌い、ブラジル録音の『アトランティカ』で2005年ビクターよりデビュー。ポルトガル語、スペイン語圏、クレオールの国々で現地のアーティスト達と活動を重ね、多くの作品を制作。近年、日本内外の忘れられた歌の発掘を始め、14年にCDブック『クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する』を発表。16、17年読売テレビ『NNNドキュメント』でその活動を追った番組2作放映。19年、大分の歌プロジェクトから生まれたアルバム『おおいたのうた』とブラジル日系移民の歌を集めた松田美緒・土取利行『月の夜のコロニア』を発表。20年より、映像チームと共にクオリティ高い生配信ライブシリーズ「Through the Window」をスタート。3回目の配信では、世界のアーティストとコロナ禍の今を共有するため、ウーゴ・ファトルーソやフロレンシア・ルイスの書き下ろし曲を歌った。時空を超えるその歌声には、彼女が旅した様々な土地の記憶が宿っている。

http://miomatsuda.com

ライブ配信 Through The Window
https://www.yoye.jp/through-the-window

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 眼下の碧い海に散らばる岩石がしだいに島の形になってくる。黄褐色の岩肌にへばりつく白い家々が大きくなって、懐かしい町の姿があらわれる。大西洋の真ん中のちいさなちいさな宝石、サンヴィセンテ島。クレオール語の呼び名は、”Soncent”。荒涼とした砂漠のようなこの島に降り立つ時、懐かしさで胸がざわついて、いてもたってもいられない。

 小さな管制塔から指示を出して飛行機を降ろしてくれるのは、親友のキゾだから安心だ。キゾは管制官で素晴らしいベーシスト。この飛行機で今日の仕事は終わりで、ゲートで待ってくれているかもしれない。そして夜はリブラリア(本屋兼ライブハウス)かプラッサ・トレス(ホテルの中庭)でBAUとライブをしているかも。BAUは伝統的な「モルナ」のギターを昔のような情感で弾ける最後の世代かもしれない。あのうっとりするような波のリズムで歌うとなんて心地いいことか。世界一こってりしたラム「グロッグ」をちびちびやりながら、今日はどこで過ごそうか。また「サイコー」を歌いながら店をハシゴするか。

 黄色い屋根のセザリア・エヴォラ空港は、初めて行った2004年にはそう呼ばれていなかった。セザリアはまだ健在で、病気で重い身体を引きずるように歩いている姿を見たことがある。99年、彼女のコンサートを留学中のカナダで聴いてから、モルナという音楽に出会った。モルナは、ポルトガル語では「暖かい」を意味する言葉。ギター、カヴァキーニョがリズムを刻み、クレオール語で愛や郷愁を歌う。モルナは船乗りたちの波のリズムから生まれた。アメリカ移民の心を歌う”Mar e Morada di Sodade“「海はソダーデの住処」という曲が胸に響いて、CDで覚えて歌うようになった。


 翌年、初めてリスボンに行った時、近所にセザリアの出身地カーボヴェルデの移民が集う酒場を見つけた。アル中のメントおばちゃんが切り盛りしていて、深夜、私がファドを何軒か歌った後に立ち寄ると、いつもいるギタリストに「マリオ、弾いてよ、ミオが『海はソダーデの住処』を歌うよ」とこんな感じで歌わされたものだ。そうすると、客たちがみんな歌う。ある時は泣きながら、海はソダーデの住処だと歌う。家族や友達から引き離すソダーデの住処だと。クレオール語の響きは優しく、私のリスボン生活はカーボヴェルデ移民の懐深い「モラベーザ」(ホスピタリティ)に助けられ、彼らの故郷への「ソダーデ(愛情、郷愁、望郷の念)」がいかに深いかを知った。

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